鬼ごっこの時間です
「うええ!?」
トミーは逃げる。わたくし達は追いかける。
少し遠くで見守っていた侍女達もびっくりしている。
何人かわたくし達を止めようとしていたようだが、お母様がそれを止めてくれている。
侯爵家の庭は広い。子供が追いかけっこするには最適だ。
「トミー! 待ってー!」
「ははは! トミー! 意外と脚が速いな!」
「はあっ……はあっ……へきゃ⁉︎」
「まあ! お兄様! トミーが可愛らしい声を上げましたわ!」
「うん、ヘティ。その言い方は語弊があるからやめようか」
ヘンリエッタになってから追いかける側になったことなんてない(逃げる側にはなったことあるけど)楽しくなってしまい笑いが止まらない。
普段走っていないせいで息は上がるが、楽しさが上回り気にならなくなる。
わたくしは割と全力だが、お兄様は体格の差もあるのか手加減しているようだ。
トミーも体力がないようで、フラフラし始めている。そろそろ止めようかと思ったところでトミーは近くの茂みに身を隠した。どうやら隠れてやり過ごそうと思ったのだろうが、いかんせん隠れた瞬間が見えてしまっている。
「あら、今度はかくれんぼだそうですよ。見つけなくてはいけませんね!」
「良いだろう。トミー! どこだー⁉︎」
敢えて身を隠した茂みから離れたところを探し始める。そしてお兄様と挟み撃ちにするように隠れたところへ向かったのだが、覗き込むと既にいない。
「あら? ここに隠れたはずですが……」
その時、後ろの方でガサガサッと音がした。振り向くと茂みが揺れている。目は離していなかったと思うがいつ移動を始めたのか。
「そっちですね! あら?」
近づくがいない。お兄様も探しているようだが、見当たらないようだ。
なんとトミーはかくれんぼが得意らしい。完全に見失ってしまった。
「今回はトミーの勝ちだな。まさか撒かれるとは思わなかったよ」
お兄様は肩をすくめながら言う。侯爵家の敷地内から出るには塀を越えなければいけないので、そこは心配ないだろう。今回はここで諦めた方が良さそうだ。
「そうですね。念のためお母様にも伝えて探してもらったほうがいいでしょうか」
「そうだな、行こう」
お母様のところへ報告する。護衛の人たちが探しに行ってくれるようだ。なんだか申し訳ないが、わたくし達よりは捜索が得意であろうから任せよう。
「あらあら、まさかトミーが逃げ切るなんてねぇ」
「ある程度したら終わらせるつもりだったのに、まさか撒かれるとは思いませんでした」
「ふふ、悔しそうね、アル」
「…………」
お兄様はプイとそっぽを向いてしまう。少し唇も尖っているので思ったより悔しかったようだ。
「まあ、お兄様のそんな顔が見られるなんてトミーに感謝ですね」
「……次は見失わない」
「アル、弟なのだからあまり追い詰めないようにしなさいね」
お母様が宥める様に言う。
お兄様はなんでも卒なくこなすという印象が強い。もちろん、相応の努力があってのものであるけれど。
「お、お兄様? 大丈夫ですか?」
悪いことに走ることはないと思うけれど、心配になって思わず聞いてしまう。いや、この聞き方は何に対してなのか明瞭ではないのだけどなんと言えば良いのか分からなかった。
「ああ、大丈夫だよ」
淡々と答えるお兄様に余計に不安が募る。あわあわしていると、お母様がクスリと笑った。
「アルは一人になりたいようね。それじゃあへティはわたくしと一緒にお茶しましょうか」
「で、でもお母様」
お母様はパチンとウインクをしてみせる。え、可愛い。
思わずそんな感想が漏れる。そのままお母様は屋敷の中へ入って行った。
わたくしも後を追う。お兄様は、こちらに手を振って見送ってくれた。