逃しませんわ?
お兄様は傍目にもわかるくらいにダラダラと冷や汗をかいている。ついでに左右に目が動きまくっている。うん、全身で動揺を示してくれてありがとう。
けれども、これだけは許さない。
「お兄様? 何か弁明があるならお聞きしますわ? 聞くだけですけどね」
「い、いやぁ……やはり兄妹で絆を深めることは大事だろう?」
「まあ、わたくしとトミーはまだ絆が足りないとおっしゃるのですか?」
「いや、その……足りてる……と思うよ、うん」
「ではなぜこんな本を読んでいるのですか?」
「えっとぉ……その……」
根を上げるのが早すぎる。もしかしてお兄様も家族に対してはポンコツになるタイプ?
そんなところまでお父様に似ないで欲しい。
わたくしはパラパラと本を捲る。軽く中身を読んで音読することにした。
「その1。まずは相手に異性であることを認識させるべし。そのためには女性らしさ、男らしさを行動で見せつけていつもと違うということを知ってもらう」
「ちょ、へティ」
「その2。相手がこちらを意識し始めたら、今度は言動で特別に思っていることを遠回しに伝えるべし。ここでのポイントはあくまで‘’遠回しに‘’だ。直球だと相手が距離を取ろうとする恐れもあるので慎重にすべし」
「あの、へティ?」
「……最後は押し倒すべし。ここまでで嫌がられなければ、脈ありなので肉体関係を――」
「わああああああ‼︎ ストップ‼︎ 本当にストップ‼︎」
お兄様は耐えきれなくなったのか、わたくしの口を塞いできた。
思いっきり嫌悪感を示す目で睨みつけた。お兄様は言葉にならない呻き声を出しながら顔を覆う。
この状況でなければとても可愛らしくて良いのだが、残念ながらわたくしに楽しもうという気はない。時には推すことよりも大事なことがある。
「……途中までは良いでしょう。普通の駆け引きでも使えそうですしね。けれど最後は紳士淑女にあるまじき行為ですわ。そのことわかっておられますの?」
「いや、違うんだ。本当に違うんだ。書店を覗いていたら、その本が目に入ってしまって、気がついたら買ってしまっていたんだ。さっき読み始めたばかりで、僕もこんな内容だとは思わなくて」
いつもよりずっと早口で話すお兄様。
わたくしはこれみよがしにため息を吐く。
「これはお母様にご報告ですわね。お兄様には、こってり、たっぷりと絞られていただきましょう」
「へティ、それは」
「お父様はお兄様よりですものね。それよりもお母様に絞っていただいた方が良いですわ」
「へティ、本当にごめんって」
「そもそも、お兄様は他人の心配をしてる余裕がおありなのかしら?」
「た、他人だなんて」
「お兄様も17歳、いい加減婚約者がいても良いのにいらっしゃらないでしょう? 他人のことよりも自分のことを考えた方がよろしいのでは?」
「ぼ、ぼくはまだいい――」
「まあ! 来年学園を卒業し、いよいよ侯爵家次期当主として本格的な教育が始まるのでしょう? そもそも、他の家の方々は学園在籍中に決めることが殆どと聞きますわ。由緒正しきスタンホープ家の嫡男ともあろうかたが自分の責務から逃げるのですか?」
「そ、そんなことはない! 僕は家族の幸せを――」
「わたくしは、一言も、頼んで、いませんわ」
言い訳を続けるお兄様に言い放つ。わたくしの怒りが大きくなってきたのが分かったのだろう。お兄様の顔が青ざめてきた。
「トミーが頼んできたのかもしれませんが、わたくしが同じことを望んでいると決めつけつけるのはいかがかと思いますわ。わたくしからしたら不愉快以外の何者でもありません」
「へティ」
「家族のためと言いつつ、実際に考えているのはトミーのことだけ。まあ、貴族の子女など政略の道具以外使い道なんてありませんものね」
「あ……」
「お兄様はわたくしを道具としか考えていないのですね。残念ですわ」
そう言って顔を伏せた。




