お兄様??
「姉上、お帰りなさい」
「ただいま、トミー」
トミーはわたくしのアリスブルーの髪を掬い、キスを落とす。わたくしは敢えて、何も反応しない。
「勉強は順調なのかしら?」
「はい、他の課題もクリアしているので問題はないかと思います」
「そう、わたくしも負けていられないわね。では勉強してくるわ」
そう言って、トミーから離れる。一瞬何か言いたげにしたが、笑顔に切り替えて見送ってくれた。
あれからトミーもアピールはしてくるけれど、踏み込んでは来なくなった。お母様に聞いてみたけれど笑顔ではぐらかされてしまう。
ちなみにお父様も気になるようで、探りを入れてこようとするがその前にお母様が良い笑顔で止めてくれている。その時お父様が若干怯えていたのでなんだか申し訳ない気持ちになってしまうが、お母様は気にしなくていいとフォローをしてくれた。
そのこと以外では特に気にせずコミュニケーションが取れているので、大丈夫だと思う。
書庫に向かうと、お兄様がいた。お兄様はさりげなく持っていた本を後ろに隠す。
なんだろう、怪しさしかない。
「ごきげんよう、お兄様。なんの本を読んでらしたの?」
「やあ、へティ。これはへティのようなレディには刺激が強い本なんだよ」
そう言いながらもお兄様の目線は左上に向いている。
……分かりやすすぎて、もはやため息を吐きたい。
「そうなのですか。……本当に?」
「あ、ああ本当だよ。だからへティ、もう少し離れてくれないかな?」
わたくしはお兄様に寄りかからんばかりに近づき、角度を意識しながらお兄様を見上げる。その瞬間、うめき声と共にお兄様がさらに仰反る。
「まあ、お兄様はわたくしが近くにいるのはお嫌なのですか?」
「そんなわけないだろう? ただ、今は近すぎるんじゃないかな?」
「兄妹であれば普通ですよ? 愛情表現でスキンシップを取ることは普通のことでしょう」
「うん、そうだね。スキンシップは大切だ」
「でしょう? それにお兄様最近体が引き締まっておられますもの。ちょっと触らせてもらってもよろしいでしょう?」
「は⁉︎ 何言って……。ちょ、へティ⁉︎」
両手で本を後ろ手に隠しているため、ろくな抵抗が出来ない。それを逆手にとってそっと胸板に手を当てる。
蠱惑的な表情を作りながら、その手を撫でるように上に滑らせ襟元のボタンに手をかけた。
(さあ、どこまで我慢できるかしら?)
思わず嗜虐心が顔を覗かせて、ボタンをついに一つ外す。ゆっくりと、見せつけるようにふたつ目のボタンに手をかけると。
「っ‼︎ へティ、ストップ‼︎」
ついに耐えきれなくなったお兄様がわたくしの手を掴む。それと共にバサッと落ちる音が。
お兄様の顔は今にも沸騰しそうだ。わたくしはニヤリと笑う。
「ようやく観念してくれましたわね?」
「っやりすぎだっ。いい加減にしないと怒るぞ」
「まあ、お兄様があからさまな嘘をつくからではなくて?」
「うっ……。こ、こんな……将来が恐ろしいよ。傾国の美女になる」
「わたくし、誰彼かまわずこんなことはしないのですけれど」
「ああ、へティ。その言葉は逆効果だから。本当に、本っ当にダメだから」
もはや語彙力が無くなっている。ついに手を離してしゃがみ込んでしまった。
わたくしはその先に視線を滑らせて、本を確認する。気づかれないように本を拾う。
「侯爵家次期当主なのですから、ハニートラップも退けられるようになりませんと。妹にこの体たらくでは不安ですわ」
「いや、へティがおかしいからね? もう体つきは立派な女性……何言わせるんだ!」
「ええ、鍛錬を頑張っていますもの。成果が出て嬉しいですわ。お兄様もこんな本を読む前に、女性への対応の仕方を学んでは?」
その言葉にやばいという顔で汗を流すお兄様。わたくしの手には。
『義理の姉弟の距離の縮め方』
なんともツッコミどころ満載な本があった。




