お母様に付き合ってもらってます
馬車に乗り込んで動き出した後、わたくしは耐えられずに横になる。
お兄様とトミーは見て見ぬ振りだ。ありがたい。
「はああああ。疲れました。なぜこんなことになったのでしょう」
「お疲れ様、へティ」
「お兄様がいなければどうなっていたか……。本当にありがとうございます」
「可愛い妹のためならこのくらいはね」
そうは言えど、言い方を間違えれば不敬罪と取られてもおかしくない。さすがお兄様。
「わたくしやっぱりこれから欠席しようかしら」
「まあ、難しいだろうね」
「はあああああ」
ぐでんと力を抜く。というかもう指一本動かしたくない。
「それこそへティが婚約者を作ってしまえば、流石に殿下も過度に干渉して来ないんじゃないかい?」
「仮面婚約者ですか? それは相手に失礼と言うものです」
「仮面と言わず、へティなら本気で愛してくれる人がいるはずだよ?」
「わたくしの意見は変わりませんわ。お父様の命令なら嫁ぎますが、好きにして良いなら結婚する気はありません。魔術師になって努めを果たしますわ」
含みを感じるお兄様の言い分をバッサリ切る。もちろんそれ以上の意味を含めて。
一角からの空気が変わったが、その後は誰も口を開かなかった。
◇◇◇
「あらあら、そんなことがねえ」
次の日。お母様に誘われて、情報収集という名の愚痴に付き合ってもらっている。
お母様は思案するように顎に指を当てる。
「まあへティは器量良しだもの。見つかれば目が離せなくなるわよねぇ」
「パトリシア様の方が魅力的ですわ」
「どっちも魅力的よ。華の美しさなんて比べるものでも無いでしょう。強いて言えば後は好みになるのかしら?」
「全く望んでいないです」
一応離れたところに居て話す内容は聞こえないとはいえ、侍女や執事も控えているので姿勢は昨日のように崩すことはしない。
いくら信頼している者達でも口に門は立てられないので、見た目だけは取り繕う必要がある。
しかし、荒れた心情を隠し通すことは難しく、昨日から周りに気を遣われていて少し居た堪れない。
「絶対に途中までは、殿下はわたくしなんて眼中になかったはずです。目立たないように、パトリシア様を立てていたのに」
「そうねぇ。他の人からの話でもパトリシア嬢の評価は高いもの。それをさらに立てるのだから普通は目立たないと思う……もしかしてパトリシア嬢といたからじゃないかしら?」
「は」
「今でこそパトリシア嬢は付き合いやすくなったけれど、前まではそうではなかったもの。聡い者、殿下とかね、変わったきっかけがへティだと気がつくこともあるんじゃないのかしら」
「そんな‼︎」
思わず悲壮な声をあげてしまう。だって今までやってきたことが逆効果の可能性が出てきたのならショックだ。
それにこれは声を大にして言いたい。
「パトリシア様は元からお優しいですわ! 変われたのもパトリシア様の努力あってこそ! わたくしがきっかけだったとしても、それはパトリシア様の功績ですわ‼︎」
他人を変える事なんて出来ない。仮にその人がわたくし自身と関わって変わったのならば、その人自身が意識して変わろうとした努力がないと、そもそも変われない。
それをわたくしのおかげなどどいう輩が(候補は殿下)いたとしたら一言言わないと気が済まない。
「落ち着きなさいな。そうと決まったわけではないでしょう。そもそもあの場では、基本的に殿下は平等に対応する必要があるはずです。それこそ、へティより殿下が上手だったと思うのが自然の流れです」
そう言われて、腑に落ちる。確かにそうだ。
殿下は前世の記憶があるわたくしよりも濃い人生を送っている可能性が高い。前世の記憶に未だ抜けがあるわたくしは人生経験豊富とは言えない。
それに比べて、生まれた時から上に立つものとして教育を受けている殿下はわたくしより色んなことを経験しているはず。
「そうですわね。取り乱して申し訳ありません」
お母様はわたくしの返事に満足げに微笑んだ。




