誰か助けてください!
少し遅れて会場に戻ると、お兄様とパトリシア様が心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「へティ、大丈夫だったかい? 怪我はしていないかい?」
「はい、大丈夫ですわ。お兄様達も、グラスが割れたりしたとのことですけれどもお怪我はないですか?」
「僕たちも大丈夫だよ。殿下がすぐに対応してくださったからね」
見れば色々指示を出している殿下が見えた。こう見ると13歳にはみえないし、そもそも上に立つ者としてのオーラが凄い。
「殿下が中心で動いてくださっているのなら安心ですわね」
その後、改めて怪我人がいないことを確認して今回はお開きになった。
殿下はまだやることがあるそうなので挨拶は省略して良いとのことで、パトリシア様と別れ、お兄様とトミーと馬車へ向かう。
その時。
「ヘンリエッタ嬢!」
呼びかけられた声に振り向くと、殿下がいた。
え、なぜにわたくしだけを呼び止めたの?
周りにもまだ人がいるのでそう言うことはやめて頂きたい。
心の中で不敬のオンパレードを考えているわたくしに近づいてきて、殿下は言った。
「先ほどはすまなかった。いくら緊急事態とはいえ、君を置いて行ってしまうなんて」
やめてえええええ!!
それ、そこだけ聞いたら絶対誤解されるやつ!!
頭をフル回転させる。
「いいえ、有事の際に大勢の方々のことを考えるのは当然のことですわ。トミーもいましたし、お気になさらないでください」
よし、これでわたくしが特別だという誤解を解く言い方に持ってこれたかな。トミーは一瞬しかいなかったけれど、この言い方なら3人でいたと思ってくれるはず。
と思ったが、殿下の方が上手だった。
「いや、レディを置いて行ってしまうなんて紳士として失格だよ。この埋め合わせは必ずさせて欲しい」
流れるような動作で手の甲にキスを落とされる。避ける暇なんてなかった。
ご令嬢達の声にならない悲鳴が聞こえた。
わたくしは思考停止に陥りそうなのを必死に踏ん張る。ここで流されたら本当にまずい。
「殿下は責任感がお強いのですね。たまたま同じ空間にいた1人にまで気を配る細やかさ。為政者の鏡ですわ」
もはやたまたまを強調したのは許してほしい。周りにも聞こえるようにしないと今の状態ではわたくしが不利だ。
誰か助けて!! この空気を誰か変えてええええ!!
「我が妹にそこまで気にかけてもらえるとは本当に嬉しい限りです」
その言葉に振り返ると、お兄様が頼もしい表情でこちらを見ている。目が合うと、微かに頷いてくれた。
「しかしながら、妹は殿下にそこまで御心を砕いていただくことになると、心労をかけてしまったと後で後悔してしまうことでしょう。殿下には健やかでいてもらいたいと我がスタンホープ家は願っております。今回も何も助力することが出来ず、不甲斐なく思っております故、殿下にこれ以上の心労をかけるわけにはいきません」
一瞬静寂が流れる。しかし、殿下はふっと笑うと立ち上がった。
「スタンホープ家には代々よく支えられているよ。今回だって怪我人の確認などを率先してしてくれたそうじゃないか。感謝している」
「もったいないお言葉でございます」
「また会おう。気をつけて帰るように」
「はい」
そう言って殿下は立ち去っていった。まだ視線を感じるが、先ほどよりもずっと弱い。
だんだんと帰っていく人たちもいた。
わたくし達はすぐに動かない。いや、わたくしが動けない。
しかし、ある程度人が掃けたところで、お兄様が言う。
「それじゃあ帰ろうか」
「はい、姉上、お手をどうぞ」
「ありがとう、トミー……」
まだ立ち直ってはいないが、トミーにエスコートされながら馬車へ向かう。
この数十分で今日1日分のエネルギーを使ったような感じがして、ため息をついた。




