【幕間】公爵夫人と侯爵夫人
――一方その頃。
アメリアと公爵夫人は向かい合っていた。
アメリアは公爵夫人がまだパトリシアの謹慎を解いてよかったのか迷っているようだ。
「はあ……。貴女は相変わらず頭が硬いですわね。それに、子供のやったことでしょう? 成長の機会として、大目に見てもよろしいと思いますわよ?」
「……貴女が柔らかすぎるのよ」
「では言い方を変えましょうか。そんなに抑圧していてはパトリシア嬢は追い詰められてしまいますわよ?」
その言葉に夫人は顔を上げる。お母様を睨みつけるその表情はどこか恐怖を抱いているようにも見えた。
「貴女はいいわよ! 昔からなんでも出来て、常に人に囲まれていて。私は血の滲むような努力をしても貴女に追いつけない! せめてあの子にはそんな思いはしてほしくないの! だからあの子にも相応の努力を――」
「それはパトリシア嬢が望んでいることでしょうか?」
夫人は押し黙る。瞼が痙攣している。分かっているのだ。本人だって。
「いいえ、わたくしたちは貴族ですもの。特にあなた方は公爵家。上に立つものとして、時に自身を犠牲にしなければなりませんわね」
「……」
「けれど、過度な期待は本人にとって重荷ですわ。自分でも重荷だと気がつかない。それを背負い続けて、ある時潰されてしまうのです」
アメリアから見た夫人はとにかくまっすぐで、責任感の塊だった。学園にいた頃もそうだ。ただ突き進む。休憩もしないままに。
それは一見すれば素晴らしいことなのかもしれない。けれど、生きている限り全力で動けばいつか体力が切れてしまう。心もそう。
目に見えないから、‘’まだ自分は大丈夫‘’と思い自分を追い詰める。そして、気がついた時には動けないくらいに疲れ切ってしまうのだ。
どこかで力を抜くことを覚えなければ、人間は生きていけない。
「じゃあ……どうすればいいの……」
今にも泣きそうな震えた声。アメリアは言葉の続きを待つ。
「パティは頑張っている。ええ、とても頑張っているわ。王妃になるために、殿下のお隣に立ちたいと努力しているの。だから教育だってマナーだって最高の環境を用意したの。なのに……なのに、貴女の娘はパティ以上に……」
「本当にそう思います?」
「え?」
「本当にパトリシア嬢はヘンリエッタより全て劣っていると考えているのですか? 何もかも負けているのですか? そう思うことはパトリシア嬢への最大の侮辱なのでは?」
「あ……」
人間の性だ。相手と比べてできないところを見てしまう。育った環境、本人の個性などそれによって得手不得手が出るのは当然のこと。なのに自分のこととなると、どうして欠点ばかり見てしまうのだろう。
どうして人間は自分自身に優しくできないのだろうか。もっと自分を愛してほしい。愛する人の欠点も魅力に感じることができるのなら、それを自分自身にもしてほしい。
それが出来たら、きっと世界はもっと素晴らしいものになる。
「少なくともへティは、パトリシア嬢の美点を見つけていましたわ。だから今日、お友達になるためにここに来たのです。貴女だって、本当は期待していたのでは?」
「……そう、ね」
夫人はソファに体を預け、脱力した。きっとパトリシアのヘンリエッタに見せた表情と似通っていると、同時に見れたものは思うだろう。もっとも、同時に見たものはいないのだが。
「パティは……私によく似ているわ。顔だけじゃなく、考え方や行動が。……だから、どうしても自分と重ね合わせてしまうの。私はあの子を見ているつもりで、過去の私を見ていたのね」
「それに気がつけたのなら、貴女は変われますわ」
夫人は安堵したように微笑う。
「……本当に貴女たちも似ていますね。きっとパティもヘンリエッタ嬢に振り回されることでしょう」
「あら、当然でしょう? わたくしたちは‘’押してダメならさらに押せ‘’がモットーですもの」
「……侯爵夫人ともあろう方がずいぶん俗物な言葉を使いますのね」
親子で似たやりとり。それを知る由もなく、空気は暖かくなっていった。




