喧嘩両成敗ですわ
暫く沈黙が続く。公爵夫人は口を開いたり、閉じたりを繰り返している。わたくしもただ夫人の言葉を待った。
しかし。
(さっ流石に沈黙が長いっ! どうしよう、何か言うべき? いや、やっぱり待つべきじゃ……。うう、どうしよう)
そんな時、お母様が口を開いた。
「公爵夫人。そんなに深く考えなくてよろしいのでは? 他でもないわたくしの娘が言ってるんですもの」
「…………しかし」
そう言われても夫人は左下に視線をやったままだ。
そんな夫人にお母様はため息をついた。
夫人は唇を噛んで、息を吐いた。
「わかりました。今回はスタンホープ嬢の意志を尊重しますわ」
「ありがとうございます」
良かった。わたくしはいつのまにか詰めていた息を吐き出した。
「ではパトリシア様にお会いしてもよろしいでしょうか?」
「……構いません」
そういうと、侍女を呼んで案内をするよう言った。侍女もどこかホッとした表情を浮かべ、案内をしてくれる。
お母様と夫人は残るようだ。わたくしは第一関門が突破されて心の中で喜んだ。
公爵邸と侯爵邸はやはり違いがある。そもそも広さが違う。我が家も広いと思っていたけれど、公爵邸は一回り以上違うんじゃなかろうか。
そんなことを思いながら侍女についていく。やがてある扉の前で止まった。
「ここがパトリシアお嬢様のお部屋でございます」
「ありがとうございます。わたくしがノックしてもいいのでしょうか」
そういうと侍女は首を横に振り、ノックした。
「お嬢様、お客さまがお見えです」
少し待つと、そっと扉が開いた。パトリシア様は暗い表情をしていたが、こちらを確認して驚いたようだ。
「貴女は……」
「お茶会ぶりですね。少しお話をしたいのですけどいいでしょうか? もちろん、公爵夫人から許可は貰っております」
にっこり笑って言うと、少し迷った後、パトリシア様は部屋に招き入れてくれた。
ソファに座るように促されたが、その前に言わなくては。
「パトリシア様、この前は申し訳ありませんでした。わたくしのせいで罰も受けてしまって……わたくしは呑気に生活してましたし」
「……いえ、わたくしが悪いのです。感情的になってしまったのですから」
「いいえ、わたくしは納得しておりませんの」
そう言うとパトリシア様は顔を上げた。そのまま近づき、両手でパトリシア様の手を包み込んだ。
ビクリと震えたが振り払われることはない。
「だって、パトリシア様はわたくしのために注意してくれたんですもの。わたくしにはまだ侯爵家令嬢としての所作が身についておりませんでした。それを指摘して、どうして責められなくてはいけないんでしょうか。むしろ、責められるのはわたくしの方ですわ」
「……」
「確かにパトリシア様の最初の言動はキツイものでしたわ。けれどわたくしにはわかりました。貴女の優しさが」
「……貴女のためではありません」
再び顔を下げるパトリシア様。
「わたくしはあの時……貴女を責めるために言ったのです。あのお茶会がただの親睦を深めるためではないのはご存知でしょう? 殿下の婚約者候補として有力なのはわたくしと……貴女。だから蹴落とそうとしたのです。お母様にはそれがやってはいけないことだと……」
「まあ、パトリシア様はわたくしに喧嘩を売ったのですね」
パトリシア様は顔を上げる。不安そうな表情。瞳が左右に動いている。
「では、わたくしも喧嘩を買ったので喧嘩両成敗ですわね」
笑って言うと、目を見開いた。ニコニコ笑っていると、力を抜いて気が抜けたように言った。
「令嬢が喧嘩を売るだの買うだの品がありませんわ」
その言葉にわたくしは声を上げて笑う。パトリシア様も、ふっと息を吐くように笑った。




