義弟が出来ました
勉強、マナー、ダンス。やることは沢山ある。が、わたくしはまだ8歳。前世と比べるとペースは早いと思うが、やることは難しいわけではない。
それも前世の27年分の経験もあるからだろう。記憶がはっきりしていなくても体が覚えている感じだ。
家庭教師からの評判も上々だ。最初の頃は加減を間違えたのか周りは驚いていたけど、徐々にそんな表情も見なくなった。
そんな生活が続いて半年くらい経った頃、お父様にサロンに呼ばれた。
お父様はスタンホープ家当主として日々忙しく過ごしている。サロンで会うことなんてあまりない。
不思議に思いながら向かうとお兄様が先に来ていた。
「お兄様も呼ばれたのですね。何か聞いていますか?」
「いや、特に何も。ただ、父上も母上も最近忙しそうにしていた。何か関係あるのかもな」
2人で紅茶を飲みながら待つ。
そして10分くらい経った頃、2人がやってきた。
――知らない子を連れて。――
「待たせたね。今日は大切な話があって呼んだんだ」
そう言って、男の子を前に促す。
「今日からスタンホープ家の一員となるトミーだ」
「「へ?」」
突然の報告にわたくしとお兄様は揃って声を上げてしまった。紳士淑女の教育を受けているのにまだまだだ。
お兄様も気まずそうに視線を逸らした。
「あなた、そんないきなり言っては驚くでしょう」
「いや、先に結論を言うべきかと思って」
それはそうだが、予想外すぎて驚いてしまった。
男の子――トミー――に目を向けると目が合う。すると怯えたように俯いてしまった。
「トミーはな、スタンホープ家の分家の子だ。遠くではあるが親戚だな。魔力保有量が多いんだ。その家はそこまで魔力保有量が多いわけではなかったからいろいろ考えてうちでコントロールを含めて学んだ方がいいと言うことで養子にすることにしたんだ」
「そうなんですね……」
お兄様も、私も何をいえばいいのかわからない。怯えているようなのもあって戸惑ってしまう。
「いきなり仲良くなるのは難しいのはわかるが、少しずつお互いを知ってほしい。そしてこれだけは知っていて欲しい。私とアメリアは決してお前たちが嫌いだからトミーを養子にもらったわけではない。変わらず愛している。その中にトミーも入ると言うことだ」
その言葉はストンとわたくしの胸に落ちた。2人とも私たちを愛している。トミーは家族になるのだ。
お兄様と見合い、頷く。そして椅子から降りてトミーの元へ行く。
「僕はアルフィーだ。義兄になる。困ったことがあったらなんでも聞いてほしい。これからよろしく、トミー」
「わたくしはヘンリエッタです。義弟ができるなんて嬉しいわ。よろしくね、トミー」
にっこり笑って、挨拶をした。おずおずとトミーはこちらを見てやがて小さな声で言ってくれた。
「これから……よろしくお願いします」
◇◇◇
トミーも家族に加わった。まだまだ感覚がわからなくて戸惑ってしまうことも多い。
お父様もお母様も変わらないように見えるが、トミー自身が気後れしているらしくぎこちない空気が流れてしまう。
わたくしもお兄様もトミーに話しかけるけど、俯いてくぐもったような声で話しているし何より会話が続かない。
トミーの返事が一言二言で終わってしまうからだ。
新しい環境に戸惑っていて緊張していると言われればそうだけど、それにしたってちょっと距離がありすぎる気がする。
初対面で会話する人だってもう少し歩み寄ろうとすると思う。
せっかく家族になったのだから良好な関係を築きたい。そう思った私はお兄様に相談することにした。
「トミーと仲良くなるにはどうしたらいいんでしょう? 距離の詰め方も難しいです」
「そうだな。こちらから歩み寄ってもその分離れてしまうような気がする。どうも怯えているように僕には見えるんだ」
「わたくしもです。あの、お兄様はどうしてトミーが養子になったのかご存知ですか? 侯爵家の跡取りとしてお兄様は問題ないように思います。基本的に貴族の養子は跡取りがいなかったりが多いんですよね?」
「僕も詳しいことは知らないんだ。確かに養子に関してはその通りだな。と言うことは何か理由があるんだと思う。例えば向こうの家で問題があったとか。トミーの態度を見る限り、その可能性もあると思っている」
「ではお父様に聞いてみましょう。初対面では教えてくれませんでしたが、今の状況では知る必要があると思います」
「ああ、その方がいいな」
お兄様は執事を呼んで、お父様に時間を作ってもらうように頼んだ。お父様は忙しい。簡単な話ならまだしも相談事になると、時間を作ってもらう方がいい。執事はお辞儀をして立ち去る。何か打ち解けられるようになれればいいと思った。
しばらくして執事が戻ってくる。なんと今から来てほしいとのことだそうだ。ありがたいので、すぐにお兄様と向かう。
執務室に着いて、入室の許可が入る。お父様は書類に目を通していた。
「すまないね。少しだけ待っていてくれ」
「大丈夫です、父上」
お兄様とソファに座る。サラサラと羽根ペンが走る音がした後、お父様がこちらにやってきた。
「待たせたね」
「いえ、急なことなのに時間を作ってくださってありがとうございます」
「いや、私も話したいと思っていたからね。むしろお前たちが来てくれて助かった」
そして一息吐いて、お父様は話してくれた。
「トミーが分家の子で、膨大な魔力がある所までは話したね。あえてあの時は話さなかった。あの子の魔力保有量はこの国トップレベルだ。お前たちも魔力保有量が豊富だが、正直その比ではない。鍛錬によっても魔力保有量は変わってくるが、幼い頃から潤沢なのは珍しい。歓迎すべきことではあるが、コントロールが出来ず、暴発してしまうことも珍しくない。トミーの家は、両親がそこまで魔力が強い家系ではない。だから、両親ではコントロールの方法が噛み合わなくてね。どうしたら良いのかと相談してくれたんだ」
そこまで言って悲しそうに眉を寄せた。
「……トミーの両親は愛情をもっていた。それは間違いない。だが、どうすれば良いか分からなくて、距離を取ってしまったんだ。私にトミーの相談する時も辛そうな顔をしていた。そして、自分たちが不甲斐ないせいでトミーを傷つけてしまったとも」
魔力保有量に関しては多少なりとも血筋が関係している。そもそもこのナトゥーラ王国の貴族は遡ると王家と血が繋がっている。それが薄いものだとしても、魔力は受け継がれる。とは言っても必ずしも血筋が全てではない。時折、先祖返りのように魔力が強い者が生まれる。その逆もまた然り。昔はそのことで迫害も多かったという。だが、今は適切な対応がとられるようになっている。それも王族の献身の賜物だ。ここ暫くは安定した治世が続いている。
それでも、制度が充実したとしても、人の心までは制度でコントロール出来ない。家族は戸惑い、迷う。そしてそのことで一番の被害を受けるのはその者自身。
家族の気持ちも、トミーの気持ちも両方が辛いものであることが想像できて、何とも言えない気持ちになる。
「今は難しいことではあるが、トミーには心を開いてもらいたい。家族なのだから。それには同年代である二人の協力が不可欠だ。どうか、力を貸してほしい」
真剣な表情でお父様はお願いしてきた。




