文句を言わせていただきます
ディグビー公爵家に向かう馬車の中。なんとなく気まずい空気が流れている。いや、わたくしが発してしまっている。
お母様はもちろん気がついていて、楽しげに笑っている。思わず不満が漏れるのは許してほしい。
「お母様……流石にお父様とイチャつくのならわたくしたちがいない時にしてください。特にトミーはまだ10歳ですよ」
「うふふ、ごめんなさいね。わたくしもそのつもりは無かったのだけれど」
「あんな口説き文句言っておいてですか。あれでお父様がさらにポンコツになってしまったではありませんか」
「まあ、お父上に向かって酷い言い草ね。さすがわたくしの子だわ」
「そこで自慢げにされましても」
確かに美男美女のイチャイチャシーンというのは良いものだ。こちらも幸せになれる。だが、しかし、それは他人だからだ。家族、しかも親のいちゃつきシーンなんていくら美男美女でも重い。気まずい。
いくら家族を目の保養にしてきたわたくしでもなんだろう、共感性羞恥というやつか。とにかく恥ずかしかった。
「でもへティはよく家族に恋するような眼差しを送っているから問題ないと思っていたわ」
「恋する眼差し……あれは‘’尊い‘’という感情です。確かに似ているかもしれませんが、全く違うものですわ。そもそも家族愛はあれど恋愛感情を家族に持ちませんもの」
思わず前世で使われていた言葉が出てしまう。一瞬ヤバいかと思ったが、お母様は気にしていないようだった。
「あら、そうなのね。てっきり……には……だと思ったのだけれど」
「なんですか?」
「いいえ」
お母様はにっこり笑う。うん、聞くなですか、そうですか。
もはやお母様に呆れの表情を隠さない。そんなわたくしを見て、お母様はさらにころころと笑う。
「ふふ……ごめんなさいね。けれど、へティ。幾つになっても恋に落ちれるものだわ」
急にそんなことを言うので驚いてしまった。
「お父様とお母様も恋愛結婚でしたっけ」
「完全に恋愛のみということではないけれどね。アレキサンダーからのアプローチは凄かったわよ。おかげでなんとも思っていなかったのに結婚することになったのだもの」
「そして今はお互いにゾッコンと言うことですね」
「そう言うことになるのかしら。先ほどもうっかり落ちてしまったもの」
「お互いに落ちていましたね」
そういえば恋の持続力は3年ほどだと言う。それ以上にお互いを愛し合えているのは3年以内にまた恋をしているからだと。なるほど、お母様たちは恋に何回も落ちていると言うことか。
「確かにそれは素晴らしいことですね。お母様にはお父様の欠点も愛しく思えるのですか?」
「欠点……客観的に見ると先ほどのアレキサンダーの対応はまさに落第点よねぇ。それすらもわたくしには愛しく思えてしまうのだからそう言うことなのでしょうね」
「わたくしには流石に自重してほしいですわ」
「ええ、へティに対してはあれは流石に暴走しすぎね。後でちゃんと釘を刺しておきます。きっとそのうち避けられますよといえば少しは大人しくなるでしょう」
ここでそこまでしなくてもと思ってしまうあたり、わたくしも大概なファザコンな気がする。そして、その心情もお母様は見透かしているようだ。
「ふふ、1回キツく言っておけば、少しは考えるようになるわよ。元々は優秀なのだから。家族愛がだいぶ重いけれどね」
そこでお母様は一旦息を吐く。
「愛には色んな種類があるわね。家族、友人、そして異性。どれにでも愛は存在していて、けれどそれはひとつひとつ違う。何がどう違うのか明確な説明ができなくても、本能でわたくしたちは愛に違いを感じている」
深い話だ。確かにその通り。愛することはどう言うことか、誰かを愛するにはどうしたらいいのか、明確な説明ができる人なんてほとんどいないだろう。
けれど本能でわたくしたちはわかっている。どんな境遇だろうと、愛を求め、誰かを愛したいと言うのは自然の摂理だ。
お母様はこちらを見つめている。わたくしは居心地が悪くなり、外を眺める。
(愛が必ずしも異性に抱くものではない。わたくしは……そんな愛なんていらない)




