悪い子には罰ですわよ?
「ヘンリエッタ嬢はさすがだな。将来は外交でも強くなりそうだ」
「そう言っていただけて嬉しいですわ」
「さあ、周りを見てみろ、フレディ。周りの臣下達はどんな表情をしている?」
「う……」
皆一様に心配そうな表情で、フレディ様を見つめている。
その視線に気がついたフレディ様は、気まずそうにしている。
ここでお兄様が口を開いた。
「発言よろしいでしょうか?」
「構わぬ」
「ありがとうございます。王太子殿下。昨日の殿下は鬼気迫るものがありました。私如きが言うことではありませんが、少しお休みになられた方がいいかと。王太子殿下のおかげで、情報はかなり集まっていますし」
「ほれ、臣下に言われるなどまだまだ未熟であるな。ということで、ヘンリエッタ嬢。後は頼んだぞ」
「承知いたしました。フレディ様、行きましょう」
陛下から許可をもらい、フレディ様を引っ張って――いや、引きずっていく。
会議室から出ると、衛兵の方が客室に案内してくれる。
この辺りも陛下のお膳立てだ。
フレディ様をソファに座らせる。その隣に腰掛けて、手を取った。
フレディ様は気まずげに、視線を逸らしている。
「もう、そんな表情をするのなら、もう少し考えて行動してくださいませ」
「……エッタは知らないから、言えるんだ。パーティーの後、エッタの評判が瞬く間に広がっていったんだよ。焦るのも仕方ないと思わないか?」
そんなことを言いながら、上目遣いをしてくるフレディ様。
どこで覚えた、それ。……わたくしですね。
「そんな、あざとい表情をしてもダメですわ。というかフレディ様のその表情は、あざとさを通り越して計算しか感じません」
「おかしいな。エッタにこの表情をされると押し切られるのに」
「フレディ様の性格を考えますと、計算していることが分かるからではないですかね?」
どちらにせよ、今の一言で計算していたことが明確になったけれど。
「フレディ様、結構体はきついのでしょう? わたくしに無理するなと言っておいて、自分が無理をしていては皆は着いてきませんわ」
「う……いや、最後に王女がエッタを傷つけようとしたから、必ず僕が引導を渡そうと思って」
「結局あの場で、フレディ様は別の方向から引導を渡していますわ」
連行される前の王女は、フレディ様に突き放された後は放心状態だった。
恋心は叩きのめしたと思う。
……多分。またお花畑が復活して、再アタックしようものなら逆に尊敬する。
そうなれば、完全に距離を取るのだろうけれど。
今はそんな話はいい。それよりも強制的にでも休ませよう。臣下が心配するほどに疲弊しているんだから。
そう判断して、油断しているフレディ様の頭を掴む。
不敬とか今は関係ない。
そのままわたくしの方に倒れ込ませた。頭はわたくしの太腿の上。膝枕だ。
「え、エッタ? これは?」
「あら、休まない悪い子にはお仕置きですわ。とにかく寝てください。魔力暴走しかけて、徹夜でお仕事されるなんて化け物ですか?」
「ひどいな……。それよりご褒美な気がしてきた」
「このまま床に落としても良いのですよ?」
「冗談だって……エッタは……容赦ないな……」
「フレディ様が正反対のことをしているからでしょう? わたくしがいなくなったら嫌だと泣いておられたのに、自分の体を大事にしないなんてこれからフレディ様の説得力が無くなりますわ」
「いや……つかれて……なかったんだよ…………。なんか……今やらないとって……」
「それこそ、興奮状態にあったのですわ。その時は良くとも、後でしっぺ返しを喰らいますわよ」」
「そう…………だよね……。えった……良い匂い………………」
そこで完全に意識を手放したようだ。
規則正しい寝息が聞こえる。
「……眠気で本能が優先されたのでしょうが……だいぶ危ない発言ですわ……いえ、わたくしも同じようなこと口に出したことあるので、同罪ですわね」
まあ、ここにはわたくししかいないし良いか。
「ゆっくり休んでください。良い夢を」
そう言って、そっと頭を撫でた。
◇◇◇
結局あの後、フレディ様は目を覚まさなかった。
体験した身からいうと、魔力を回復させようと体は休息を求める。寝たら最後、満足するまで目覚めないのだ。
無理をしたフレディ様は、もしかしたら明日まで目が覚めないかもしれない。
しばらくして、王妃様が様子を見にきた。
「ようやく寝たのね。さすがヘンリエッタだわ」
「恐れ入ります。この状態で申し訳ないのですが、足が痺れ始めてしまっていますの。エリザベス様、フレディ様をベッドに移したほうがよろしいかと存じます」
「ヘンリエッタが動けなくなったら大変だものね。ふふ、きっと目が覚めたら悔しがりそうだわ」
そう言いながら護衛騎士を呼んで、フレディ様を運んでいった。
王妃様はウインクしながら、悪戯っぽく言う。
「何なら添い寝してあげても良いのよ?」
「父と兄が暴れそうなのでやめておきますわ。それに目が覚めた時にわたくしがいない方が、罰になると思いませんか?」
「あら、そうね。フレディったら、わたくしや陛下の言うことを聞かなかったのだから。罰は必要ね」
「フレディ様……」
思わず遠い目になってしまう。それを嬉しいとは思えない。
大事にしたいが故に暴走すれば、最悪あの国王と同じだ。
「大丈夫よ。フレディはそこまで愚かではないわ。愛が重いけれど、一線は超えないわ」
「それなら良いのですが……いえ、良くない気がします」
「うふふ。わたくしとしては嬉しいのよ。それに本当に暴走しそうになったら、陛下が力づくで止めるわ」
「陛下も魔術の扱いに長けておられますものね」
「王族に生まれると、他の者達より魔術は長けているわね」
「それこそ、魔術を授かることになったのは、ナトゥーラ王家の直系ですものね」
「ええ。けれど陛下は拳で止めるわね」
「意外です。いえ、魔術も危ないとは思いますが、肉体派なのですか?」
「そう言うことになるかしらね」
なにそのギャップ。常に冷静沈着なイメージの陛下にそんな一面があるとは。
ちょっと見てみたい。
「さあ、そろそろ会議も一旦休憩に入ると思うわ。戻りましょう」
「はい」
会議室に戻ると、皆がなぜか驚いた表情でこちらを見る。
対する陛下やお父様達は、頷いている。なにがあったの?
「うむ。やはりヘンリエッタ嬢は優秀だな。あんなに頑固だったフレディを休ませてくるとは」
「当然です」
陛下とお父様達は満足げにそんなことを言っていて。
「すごい……あんなに進言しても、止まらなかったのに」
「あの完全無欠が故に下手に口出しすることすら憚られる、王太子殿下を制御できるなんて……」
お兄様と同年代の方々は、そんなことを言っていた。
それで視線の意味を理解する。
悪いことではないと思うし、良いかな。王妃様も満足そうだし。
「フレディ王太子殿下は、お休みになられておりますわ。婚約者として、代わりに出来ることをしますのでよろしくお願いいたします」
「まあ、……ヘンリエッタは今日の目的は果たしたのですし、帰っても大丈夫よ。なんなら帰ったほうがフレディにダメージが大きそうだし」
最後の言葉は小声でわたくしにだけに聞こえた。
王妃様、容赦ないですね。
けれどそれも有効だと思う。何せ罰になるから。
とはいえ、わたくしも当事者の1人としてなにもしないのもいかがなものか。
いえ、どう言ったことが話し合われているか、わたくしはほとんど知らないわ。
この状態だと引っ掻き回してしまうことも考えられるわ。
「お父様、わたくしはどうしたら良いでしょうか? 今の状態では、足手まといになることも考えられます。ここは帰った方が良いのでしょうか?」
わたくし1人で判断することではないと思い、お父様に判断を仰ぐ。
お父様は難しい顔をした後、笑って言った。
「へティであれば、足手まといにはならないだろう。情報もその場で取捨選択出来ると思う。しかし、ここには次期当主のアルフィーもいる。もろもろみたら、帰った方がいいだろう」
それはスタンホープ侯爵家が贔屓されていると言う誤解を防ぐためということですね。
「承知いたしました。当主の判断に従いますわ。では、陛下。御前失礼いたします。ありがとうございました」
「うむ。しかし侯爵よ。これからヘンリエッタ嬢の知識も必要になるかもしれん。帰ったら情報は渡しておくように」
「御意」
「では、気をつけて帰りなさい」
「はい、失礼いたします」
そうしてわたくしだけ、王城を後にした。




