卒業パーティー⑤
わたくしの言葉に、王女は固まっている。
これは本当に彼女に理解してもらいたいと思って言ったことではない。今回だけで、真に反省するのは困難だろう。
だから周りにも釘を刺したのだ。つまり、王女と同じように自分をアピールした令嬢、その家族、ひいてはその国に。
あなた達の我儘のせいで、我がナトゥーラ王国の将来の重鎮達が不利益を被った。
その方々が将来、あなた達と友好な関係を作ろうと思うなよ、と。
ナトゥーラ王国は、魔術だけでなくその豊富な資源でも、注目を集めている。
大国では無いにせよ、友好関係が崩れれば痛手を食らうのは相手だ。だからこそ、ここまで大きな態度に出ているのだけれど。
わたくしの言葉、それを否定しないフレディ様。そして同じナトゥーラ王国の卒業生達の厳しい表情に、心当たりのある人たちは顔色を悪くした。
まあ普通に考えればわかることだと思うけれど。自分の欲に目が眩んだ結果だ。
「そんな……だって、わたくしは、美しいもの……。この美しさがあれば、誰だって……あり得ない。おかしいわ」
ブツブツ言っている王女は、だんだんと狂気が溢れてくる。
やはり、ダメか。これ以上は危険だ。
そう思った瞬間。
「お前が……お前がいなければ良いんだっ‼︎ そうすれば、フレディ様はわたくしのものよ‼︎ 消えろ、消えろおおおおお‼︎」
顔を歪めて、わたくしに襲いかかってくる。
けれどわたくしは慌てない。だって――
「ぎゃっ」
フレディ様が王女の足を引っ掛けて転ばせた。床に倒れた勢いはかなりのもので、痛そうな音が響く。
「衛兵‼︎ 次期王太子妃が狙われた! この不届き者を捕らえよ!」
フレディ様の言葉と共に、女性騎士が集まり王女を抑える。
その時、今まで黙っていた王女の父親が声を上げた。
「待ちたまえ! 我が娘に何をする! 戦争を望む気か‼︎」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう。衛兵! かの者は血縁者だ! 同じように我らを害する気かもしれん! 捕らえよ‼︎」
間髪入れず、陛下が声を上げる。
騎士が逃げる間も無く、国王を取り囲み抑えつける。
「なっ! 国賓にこんなことをして、ただで済むと思うのか!」
床に抑えつけられながらも、顔を上げて抗議する国王。
対する陛下は上にいるので、立場が如実に表れているかのようだった。
「ああ。そうだな。では国際裁判をして白黒つけようではないか。公平な判断で我々が間違っていると判断されたら、その時は謝罪しようではないか」
「くっ……」
悔しげに顔を歪ませるが、次の陛下の言葉で真っ青になった。
「しかし、そちらの過失が認められたら……どうなるか、わかっているな? 分かっていて、貴殿は娘のやりたいようにさせたのだろう? 自分の命すら賭けるとは、なんという親子愛だと感服しますよ!」
「ま、待ってくれ……違うんだ……」
「では、衛兵! 丁重に扱えよ。まだ他国の王族であるからな」
喚く声を無視して、衛兵は国王を引き摺っていった。
そして王女も。
「何よ! 離しなさいよ‼︎ 下賤のものが、軽々しく触れるんじゃ無いわよ! お前達なんてわたくしが王妃になれば不敬罪で全員処刑してやるわ!」
「まだそんな寝言を……」
「うるさいうるさい! フレディ様、分かってくださいますよね? 全てあなたのためですのに!」
「黙れ」
「え?」
ぽろりと溢してしまった本音に、王女は憎しみの籠った目でこちらを睨みつけてくる。
と思えば、フレディ様に媚を売るように甘ったるい声を上げた。
しかし、地を這うような声に、王女の表情は歪に固まる。
「私の愛するエッタを排除しようとした貴女を、どうして愛することが出来ると思う。もう視界に2度と入れたくない程だ」
「い、嫌だ、フレディ様ったら……そんな……冗談……」
「私が愛するのはこれまでもこれからも、ここにいるヘンリエッタ・スタンホープだけだ。貴女など、眼中にすら入らない。……それから何度も言わせるな。私の名を呼ぶな、耳が汚れる」
「ひっ」
フレディ様の殺気とも言える鋭い視線を受けて、王女の表情に怯えの色が入る。
そして、フレディ様の周りに小さく火花が散った。
(これは……魔力暴走⁉︎ フレディ様ほどの方が⁉︎)
フレディ様は幼い頃から魔物討伐もしていたので、それ相応に魔術を磨いてきた。確かに魔力保有量は国トップレベルのはずだが、コントロールも呼吸するのと同じくらい当たり前のはずだ。
しかもフレディ様は火属性の方。大きな暴走を起こせば、このダンスホールも消し飛ぶかもしれない。
まだフレディ様も抑えてはいるのだろう。わたくし以外に気がついたものはいないくらいに、小さな火花だった。
今なら間に合う。
フレディ様に抱きついて、胸に顔を埋めた。
「フレディ様、わたくしを見てくださいませ。わたくしは無事ですわ。貴方様が守ってくれたおかげです」
「……ヘンリエッタ」
「エッタと呼んでくださいまし。愛しい貴方。貴方がそのような憎しみを持てば、わたくしの心は永遠に明けない夜のようですわ。愛しい貴方には笑顔でいて欲しいのです」
フレディ様は、泣きそうに表情を歪ませる。
わたくしを抱きしめる。いや、これは縋っているが正しい。初めてフレディ様を年相応の人間だと知った、あの時のようだ。
「エッタ……君がいなくなれば、それこそ僕の心は闇に沈んでしまう。どうか、僕の前からいなくならないでくれ」
「ええ。フレディ様。わたくしは貴方のそばにいますわ。例え、世界が敵に回ったとしても、貴方の隣にいますわ」
「ああ、エッタ……愛しているよ。僕も君を守るためなら、どんなことでもしてみせるよ」
フレディ様の魔力が落ち着いてきている。
わたくしも、笑顔を浮かべて応えた。
「フレディ様ったら。いけませんわ。平和的に解決いたしませんと。わたくしがしっかり見張っておかないといけませんわね」
「エッタには敵わないな。そんな君だから、僕をこんなに惹きつけて止まないんだ」
そう言って、頬にキスを落としてくる。優しい感触に、くすぐったさを覚えた。
「まあ、いけませんわ。こんなところで……」
「だって僕は隠さずにエッタしかいないと言っているのに、まだエッタを引きずり下ろそうとする輩がいるだろう? ちゃんと見せつけておかないと」
完全に落ち着いたのか、今度は色気を振りまくフレディ様。
いや、ちょっと手加減して欲しい。
温度差が凄いです。
「恥ずかしいですわ……」
「恥ずかしがるエッタも可愛いね」
「さっきまでと違いすぎます……」
「エッタが僕のために、愛を囁いてくれたと思うと嬉しくて」
「もう……仕方ありませんわね。今回だけですよ」
背伸びをして、フレディ様の額にキスをした。
顔が赤くなるけれど、目を逸らすことはしない。
フレディ様は今までで、一番甘い表情をした。ついでに色気も出血大サービスである。
「ウオッホン! フレディよ。ヘンリエッタ嬢を愛しているのはわかるが、場所を考えなさい」
その声にハッとして周りを見ると、見てはいけないものを見ているかのように、皆が視線を逸らしていた。
何人かは気絶している。主に令嬢が。
制止してきた陛下は、止めつつもにやにやしている。
フレディ様はケロッと応えた。
「ああ。失礼しました。あまりにも諦めの悪い方がいたもので、我慢をやめました」
チラと王女に視線を向けると、ブツブツ何か呟いている。
その表情は、魂が抜けたように覇気のないものだった。
抵抗することなく、連れられていく。
そして、王女寄りだった者たちも居心地の悪さに退出していく。
ちょっと、陛下に挨拶してから帰りなさい。まあ、今行ったら針の筵だから逃げたのだろうけど。
それでも、これでひと段落かと、息を吐いた。
「はっはっは! 王太子殿下は婚約者を誠に愛しているのですな! 本当にお似合いのお2人です!」
大きな声が響く。その声は、フレディ様を我が子のようにからかっていた国王だった。
拍手もしてくれている。それに釣られるようにして、周りの人も拍手をしてくれて、仕舞いにはダンスホールに響き渡るほどになった。
その中で、わたくしとフレディ様は、ゆっくりとお辞儀をした。
大きな目的は達成出来たのだ。




