卒業パーティー③
ダンスホールに降りると、皆思い思いに楽しんでいるようだ。
主役である卒業生達は、最後の学生の思い出作りに勤しんでいる。
今回巻き込まれた形になってしまい、申し訳ないけれど、とりあえず楽しんでいるようで良かった。
ホッとしていると、人混みの中に見慣れた姿もちらほら確認できる。
彼らも楽しんでいるらしい。
ちなみに、ある程度事が進むまで関わらないようにしている。
単純にその方が相手が尻尾を出しやすいと思ったので。
今回卒業生のお株を奪ってしまったのだ。今回限りで、相手には諦めて貰わなければならない。
なので2人でまずは喉を潤すために飲み物を取りに行く。
デビュタントを迎えたので飲酒は可能だ。しかしこれからのことを考えると、とても飲酒する気は起きない。
なので葡萄ジュースを飲む。コッテリしてたら逆に喉が渇いてしまうかと思ったけれど、あっさりしていて飲みやすい。
「美味しいですわ」
「そうだね。あんなに会話したら喉が渇いてしまうから、沁みるようだ」
「ところで、偶然を装って葡萄ジュースを掛けてくると踏んでいるのですが」
「ならば離れようか。さすがに僕が選んだドレスを汚されたら手が出てしまいそうだ」
「それは我慢してくださいませ。逆に思い通りにならなくて、煽れそうですわ」
テンプレかと笑いそうになるけれど、フレディ様の機嫌が損なわれる方が怖い。
グラスを置いて、サッと、それでも優雅さを忘れずに移動する。視界の端に先ほどの王女が見えたので、こちらの予想通りだったようだ。
「行動が予想通りなあたり、やはり幼いですわね」
「全く、自分の影響力を考えてほしいよ」
めずらしい。フレディ様、少し苛立っているわ。
「落ち着いてくださいませ。誰が聞いてるか分かりませんわ。変わらず取り巻きもいるようですし、油断していたら足元を掬われる可能性だってあります」
「むしろ平静なエッタに驚いているよ」
「あら、わたくしの周りにいない方ですもの。ある意味勉強になりますわ」
「そう思えるのがすごいよ」
まあ、よく言うじゃないですか。
それにしても。
「先ほどは気になりませんでしたが、あの方がお召しになっているドレス。とてもキラキラしいですわね。特にシャンデリアの下に行くと眩しいですわ」
「ああ。こちらとしては良い対比になったかもしれない。シンプルなドレスをより際立たせて着こなすエッタは、皆の注目を集めているから」
「まあ、眩しすぎると見えづらいところはあると思いますが……。とりあえずわたくしもキラキラするドレスもいいと思いましたが、並ぶと皆様に迷惑になりそうでしたから良かったです」
「というより彼方は招かれている側なのだから、少しは控えめにしておいた方が好印象だったと思うが」
「……フレディ様、もしかしてあの方がそんなに好ましいのですか?」
「は? そんなわけ――」
「では、わたくしだけを見てくださいませ」
雑談のつもりが、フレディ様がだんだん不機嫌になってきたのをみて話題を変えることにした。
イラつくくらいなら、最低限しか視界に収めなければいい。
それで周りに気取られる訳にもいかないし、逆にフレディ様を煽る言い方をする。こちらを見た瞬間を逃さずに、頬を両手で挟んで視線を固定させた。
フレディ様は一瞬黙り、次いでわたくしの両手に手を重ねる。
こちらを見つめる表情は、先ほどの苛立ちはどこへ行ったのやら蕩けそうに甘い。
周りで微かに歓声が聞こえたほどだ。
「すまない。そうだな、一応僕とエッタの婚約発表も目的にあるんだ。あまり相手に集中する訳には行かないね」
「ええ。わかっていただけて何よりですわ」
「さて、プランAとプランBどちらで行こうか。本来ならBで行きたいところだけれど……」
「……お相手が痺れを切らしそうですわね」
「せっかくエッタに夢中になろうとしたのに」
「集中と夢中は違いますわ。集中するべきですわ」
「エッタは手厳しいなぁ」
そんな会話をとても近い距離でしている。もちろんまだ触れ合ったままだ。
不穏な空気が近づいているのが、肌で分かった。ある意味分かるくらいに、殺気じみたオーラを出せるって凄いかもしれない
「先ほどは失礼いたしました。よろしければ、少しお話ししませんこと?」
そう言うならその不機嫌オーラを隠しなさい。
あと喧騒で騒がしいはずなのに、歯軋りが聞こえるのはさすがに気のせいだろうか。
この様子ではプランAで進みそうだ。
一応、そう一応、お相手の外聞を考慮して、目立たないところで相手を追い詰めるところだった。
さすがに一国の王女。一つの失敗ですら、引き摺り下ろされる可能性も出てくるのだ。
今回は恋心の暴走で済まそうということも、話し合っていた。
けれど、相手の出方次第だ。あまりにもこちらを見下すようであれば、こちらの矜持のためにも厳しい対応を取らざるを得ない。
「お話しですか?」
とりあえず、鸚鵡返しに繰り返す。
「ええ。先ほどは緊張してしまって……。よろしければ、落ち着けるところでお話ししたいのです」
わぁ。すごい棒読み。一応演技しているつもりなのかな。
「落ち着けるところですか……。ではバルコニーに行きますか? フレディ様、いかがですか?」
「そうだな。バルコニーなら周りの目も気にならないだろう」
探るように、けれど怪しまれないように慎重に言葉を選ぶ。
「いいえ、客室が空いているでしょう? それに、ぜひスタンホープ侯爵令嬢と2人きりで話したいですわ」
その瞬間、表情に嗜虐的なものが一瞬浮かんだ。
それに扇子を握っている手が白い。なんなら少し震えている。そのくらい力を入れているのだろう。
これは確実にわたくしを罠に嵌めるつもりね。
もちろんこう言うパターンが予想の一つにあった。わざと着いて行っても良いのだけれど、それはフレディ様に全力で止められた。
いやフレディ様だけでなく、陛下も王妃様も反対した。
理由は、相手を精神的に叩きのめしたいだけで、犯罪をされたら国際問題になる。
最悪戦争だ。
なのであからさまな罠に引っかかりに行くことはしない。
さすがにそこまでしないだろうという話になったけれど、悪い意味で予想以上のことをしてきてしまった。
「それはダメだ。今日は私たちのデビュタントでもあるんだ。ヘンリエッタが私から離れるなんて耐えられないよ」
「まあ……フレディ様、嬉しいですわ」
敢えて王女を視線から外し、2人で見つめ合う。
フレディ様もわたくしも、背景に花が舞いそうなほど甘い表情になる。
ミシッと音が聞こえた。扇子、壊れそうだな。
「く……。ではわたくしと1曲踊ってくださらない?」
普通、提案逆の方が良いのでは?
フレディ様は先ほど雰囲気はどこへやら、無表情を相手の王女に向ける。
「言ったでしょう? 私は何年もかけてようやくヘンリエッタを手に入れたんです。片時も離れたくないので、お断りします」
「なっ……わたくしとのダンスを断ることがどう言うことかお分かりですの?」
明確な脅しだ。自分とのダンスを断れば、彼方の王の機嫌を損ねて政治にも影響があるぞ、と。
……もしかしたら、自分はこんなに素晴らしい女なのに、断るのかと言う意味もありそう。いや、今までの流れから、こちらの可能性の方が高そう。
「先ほどの件。ヘンリエッタが謝罪を受け入れたので、私は何も言いませんでした。しかし私の大切なヘンリエッタを侮辱したことは、見て見ぬ振りは出来ません。ここで引いてくだされば、忘れてあげなくもないですよ」
「っ」
それに対して、わたくしを馬鹿にしておきながら、寝言言ってんじゃねぇと一蹴するフレディ様。
ここまで言われても、まだ何かするつもりであれば逆に尊敬するわ。想い人でもあるフレディ様にここまで明確に拒絶されているのに。
もはや意地になっているのかもしれないけれど、引き際を見極めないことで取り返しがつかなくなるのだから。
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