卒業パーティ②
遅刻しました
すいません
「友好的だとは伺っておりましたが、ここまで友好的でしたのね」
「向こうは学生時代から陛下と交流があったらしい。その息子である私にもきにかけてくれるのだから、嬉しいものだよ」
「後で有名な観光地を教えてくださいね」
「もちろんだよ。エッタが希望する場所だったら、どこでも行こう」
友好的な国であれば、観光も肩肘を張ることなく楽しむことが出来そうだ。
そしてフレディ様は暗にあの国でなくても、わたくしの希望するところで良いと言ってくれている。実際どうするかはさておき、その気持ちが嬉しかった。
そして何度か挨拶を繰り返した後、その人達はやってきた。
(きたわね……。今回一番自分の娘を推していた国。ご令嬢は……やっぱり一番視線が鋭かった方だわ)
あらかじめ頭に入れていた情報と、今得た情報を繋ぎ合わせる。
陛下達にまず挨拶をする。この挨拶はさすが王族の娘といったところで、とても綺麗だった。
ただ、顔を上げる一瞬にこちらに視線を向け、嘲りの色を浮かべたのは台無しだけれど。
そもそもわたくしの隣にフレディ様がいるのに、そういうことをしてバレないと思っているのか。
そしてその王女の父親――国王が、陛下に言った。
「いやぁ。まさか王太子殿下に婚約者がいたとは。全く知りませんでしたよ」
「ははっ。我が息子が初恋を拗らせていましてね。我が国では公然の秘密ではあったのですよ」
騙しやがったな的なニュアンスで文句を言う相手に、陛下は飄々とそちらの情報不足じゃと言い返す。
一瞬表情を無くした相手。しかし瞬時に笑顔へ切り替えた。
「ははっ。まさかナトゥーラ王国は私情で王妃を極めようとしているとは意外でしたな」
「私情だけではないですよ。彼女は素晴らしいご令嬢です。家柄、教養、マナー……全てにおいて、王妃となるのに相応しい器なのですから」
陛下に褒められるのは嬉しい。嬉しいが、目の前で繰り広げられる舌戦に引いてしまう。
ここでわたくしを過大評価するのは得策ではないので、恐らく本心だと思う。
それにしても、結構好戦的なのだな。こうも遠回しにとはいえ、文句を言ってくるのだから。
普通は友好関係を築きたかったら、下手に喧嘩を売るべきではない。
余程我が子が可愛いのか。
あるいは……我が国を下に見ているか。
どちらにしても、この国とは政治的に見て友好関係は築けないだろう。
陛下も先ほどより視線が冷たい。青い瞳と相まって、ブリザードが吹いているようだ。
「ほう、それはそれは。随分と評価が高いようで。是非とも我が娘と友人になっていただきたいものだ。ほら、挨拶なさい」
こちらの返答も聞かずに、王女は挨拶をする。
うん、まあ予想はしてた。自分の思うように動かしたいから、相手に思考の余地を与えないで話を進める。
よくある手だ。
「ご機嫌麗しゅうございますわ。フレディ王太子殿下。父がお世話になっております」
これまた形だけ優雅なカーテシー。
しかし、わたくしの名前は呼ばない。この招かれている場で凄いな。もはや尊敬するわ。
「随分幼い王女なことだ。それとも、目や耳に何かしら問題があるのだろうか」
「なっ」
あからさまなフレディ様の言葉に、王女はサッと顔を朱に染める。
「先ほども陛下が宣言した通り、婚約発表も兼ねさせてもらった。それは聞いていたのだろうか」
「も、もちろんですわ。しかし――」
「では君は既に準王族である、ヘンリエッタを侮辱しているのだね。理解していて、その対応とは」
「それはっ」
「とても残念だよ」
今度は顔を青くする。うん、普通こうなるのはわかると思うんだけれど。
「失礼しました、王太子殿下。娘は緊張しているようです」
「謝るべきは私ではないだろう? 一国の王がそんなこともわからないのかい?」
「っ! 失礼しました……婚約者殿」
「名前を先ほど発表しただろう? まさかもう忘れたのかい?」
「スタンホープ……侯爵令嬢……我が娘の無礼、お許しください」
フレディ様、容赦がないわ。ここまでされて、さすがに分が悪いと感じたのか、謝罪してきた。
しかし、それならば表情も作っておきましょうよ。わたくしだって心からもらえることなんて、はなから期待していないのだから。
そんな不本意だみたいな前面に押し出して。王族がこの対応とは、程度が知れるわね。
「……貴国では、子の不始末は全て親が責任を取るのでしょうか?」
「は?」
質問の意図が理解できなかったのか、口を開けてこちらを見る。
「わたくし、ご本人からの謝罪でなければ認めませんわ。親からの謝罪だけで本人は心から反省致しますでしょうか? 仮にデビュタントを迎えた年頃なのでしょう? いつまでも親に守られていては、他国に嫁ぐなんて夢のまた夢でしてよ」
「っこの……」
わたくしの煽りに、2人は怒りに顔を赤くする。さっきから面白いな。何度顔色変えるんだろう。
言い返そうとして、しかしフレディ様の冷たい視線に気がついたのか、口を閉ざす。
「…………無礼をお許しくださいませ、スタンホープ侯爵令嬢」
「謝罪を受け入れますわ」
もう少し追い詰めても良いかな、とも考えたけれど一旦ここで手打ちにする。
この後も挨拶する人がいるからね。
陛下達も一旦満足したようだ。
睨みつけながら去っていった。これはまた一波乱あるな。
「全く。我々がいてこの対応とは。余程の命知らずだな」
「ええ。これは今日の結果によっては制裁を加える必要がありますわ。ヘンリエッタ、立派だったわ」
「大丈夫かい?」
王族3人に心配の眼差しを送られる。
わたくしは微笑んで言った。
「この程度、何もないに等しいですわ。それにしても、かの王は昔からあんな感じなのでしょうか?」
「いいや、もう少し利口だったはずだ。……娘を溺愛するが故、あのような態度なのだろう」
「確か、他は王子だったはずよ。遅れて生まれた末っ子だから余計でしょうね」
「そういうことですか」
ため息を吐きたくなる。どこのテンプレ悪役令嬢だ。いや、悪役王女か。
甘やかされた結果、あのように育ったのだろう。メアリー様曰く、わたくしもそんな感じだったらしいから、甘やかしは良くないなと再認識した。
話しているうちに、次の国賓がやってくる。
この国も便乗していたはず。身近に歳の釣り合う令嬢がいないけれど、裏で協力関係にあるはずだ。
同じような挨拶を受けたあと、先ほどの話をしてきた。
「先ほどは何かあったのでしょうか?」
「いや、何もないですよ」
「そうですか……。かの王女は本当に王太子殿下をお慕いしていたようですから、ショックだったのでしょう」
王女を庇う発言は、多分そちらが不利になっていると勘づいているからか。
こちらに少しでも罪悪感を植え付けたいのか、チラッと見てきた。
なので微笑んで言った。
「あら、そうなのですね。しかし、その様を相手に悟られるようでは、やはりまだ幼い方のようですわね」
「そうだな。こんな誰の目があるかもわからないところで、自分の感情を表に出すとは。それがどんな不利をもたらすか、理解できていないのだな」
全く動じないうえに、フレディ様も同意しては不味いと思ったのか、そそくさと退散していった。
ため息を心の中で吐いた。
その後も似たような者が何人かいた。フレディ様は人気者だな。
そんな場違いな感想が出てくるくらいには多かった。
「さて、挨拶は大体終わったな。2人は下で楽しむといい」
「ええ。そして、見せつけてあげなさい」
陛下と王妃様に言われて、フレディ様と頷き合う。
むしろ本番はここからなのだ。
気合を入れ直した。




