思わぬ来客です
次の日は学園は休みだったので、パトリシア様とアンジェラ様と話す時間はまだまだある。
とはいえ、婚約者同士の交流も大切なので朝食後は別行動となった。
お兄様はパトリシア様と庭園でお茶を飲み、トミーはアンジェラ様を案内してるようだ。
少し寂しいのはあるが、もちろんそんな感情はおくびにも出さない。それに考えたらわたくしもフレディ様と交流を増やしたことで、自然とパトリシア様たちと交流する時間は減っているのだ。わたくしだけ、わがままを言うなんてあり得ないことである。
皆を邪魔しないようにしつつ、何をしようかなと考える。いつも通り筋トレも良いけれど、書庫で本でも読もうかしら。
考えていると、お母様に呼び止められた。
「へティ、久しぶりにアレキサンダーと3人でお茶をしない?」
「まあ。本当に久しぶりですわ。嬉しいです」
わたくしの多忙さも加わり、お父様とお母様と交流を持つことが難しくなっていた。
素直に嬉しい。きっと2人とも時間を捻出してくれたんだろう。
庭園は既にお兄様とパトリシア様が使っているので、室内だ。
部屋には既にお父様が座っていた。
「お父様、お忙しいところわたくしのために時間を作ってくださって、ありがとうございます」
「私もへティと話したかったんだ。こちらこそ、ありがとう。さあ座って」
ソファに座る。他愛ない話をしながらお茶をしていると、お父様が感嘆の息を漏らした。
「お父様? 急にどうされたのです?」
「いや、妃教育が始まってからどんどん所作が洗練されていくなと思ってね。本当に立派だよ」
「教育係の方が優秀だからですわ。それに王妃様とお茶をすることもあるので、余計ですわね。自分ではあまり分かりませんが、そう言っていただけて嬉しいですわ」
「ええ。本当に綺麗になったわ。少し悔しさも感じるくらいよ」
「まあ、お母様ったら。わたくしがお母様に追いつくなんて、まだまだあり得ませんわ」
「私からしたら2人ともとても綺麗だよ」
2人に褒められるのはとても嬉しい。もちろん2人とも高位貴族、侯爵と侯爵夫人として所作は言うまでもない。
親の欲目があったとしても、認められるようで嬉しいものだ。
「スタンホープ侯爵家の娘として、フレディ様の隣に立てるくらい相応しくあれるよう、これからも精進いたしますわ」
そんな風に話していると、トーマスが来客を告げる。
誰かと約束していたのか? けれでそれでわたくしとお茶をするのは、あまり考えづらい。
確かに、お茶を始めてからだいぶ時間は経っていることを考慮してもだ。
「ああ、来たか。入ってもらってくれ」
「はい」
トーマスが横にずれると、現れたのは見慣れた女性。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
そう言って、知っているときよりずっと綺麗なカーテシーをしてみせたのは、メアリー様だった。
「こちらこそ来てくれてありがとう」
「ふふっ。初めて会った時より所作が大分洗練されているわね。流石だわ。さあ、座って」
「失礼致します」
そしてわたくしの隣に座る。
目が合うと、悪戯っぽくメアリー様は笑った。
「驚きましたか? そう言う私も驚いているんですけれど」
「驚きましたわ。お母様ですわね?」
「御明察よ。だって、色々知った後だとメアリー嬢にも会いたくなるかと思って」
「それにしても、皆様行動が早すぎますわ」
基本的に相手にお伺いを立てて、了承もらって動き出す……。そして伝達手段は手紙。早馬で出しても、手間は計り知れない。
「ヘンリエッタ様がどれほど努力されているのか、ある程度はわかっているつもりです。それに今までのことを考えれば、このくらい当然ですよ」
「メアリー様……ふふ、嬉しいですわ」
本当にわたくしは周りの人に恵まれている。
幸せだ。心からそう思った。
◇◇◇
その後お昼まで談笑した。
昼食の時間だけれど、お菓子を食べながら長く話してしまったのであまりお腹は空いていない。メアリー様も同じようだ。
なのでつまみやすいサンドイッチが用意されることになった。
キリがいいので、お兄様とトミー達とも合流する。
4人とも、メアリー様がいたことに驚いていた。
それでもパトリシア様もアンジェラ様も嬉しそうにしていた。
サンドイッチを摘んだ後は、今度は女子同士の交流だ。
お兄様とトミーは快く許可をしてくれた。本当にわたくしを中心に考えてくれているようで、申し訳ないやら嬉しいやらだ。
場所を変える。流石にお茶は入らないので、庭園を散策することにした。
「メアリー様とアンジェラ様はどこかで交流はありましたの?」
気になって聞く。交流がないにしては、2人とも短時間に打ち解けていたものだから。
2人とも、首を横に振った。
「いいえ。ただ、なんというか……雰囲気でしょうか? とても安心できます」
「キャンベル男爵令嬢とは直接関わりはありませんが、やはり噂だったり、3人でやりとりしている姿は見ますもの。それで勝手に親近感が出ているのかもしれません」
そうなのか? わかるようなわからないような?
今気がついたけれど、2人ともお互い家名呼びだ。わたくしとは魔物襲撃事件で名前呼びをしていたからだろうし、パトリシア様はその前から少し交流があったらしい。(義姉妹にもなるのだから家名で呼ぶのは距離があるということなのだろう)
ほとんど薄い関係にはなるだろうけれど(義理の義理?)ここは、距離を縮めたい。わたくしにはある思惑もあることだし。
「そうなのですね。確かにお2人とも家名で呼び合ってますものね」
一瞬、余計に首を突っ込みそうになってしまったのをかろうじて堪える。
わたくしから提案するのは、2人の気持ちに寄り添っていない。下手したら、亀裂を入れかねない。
そこに触れることは許されるだろうと、聞いてみた。
2人はお互いに顔を見合わせている。
「……えっと、そうですわね。もうすぐディグビー公爵家の養女となられるのですよね。それなのにずっとキャンベル男爵令嬢ではおかしいですわね」
「い、いえ。まだ書類上はキャンベル男爵家なので」
「そ、そうですわね。えっと、それでは…………」
なんということでしょう。困らせてしまいました。こうなるのは予想外ですわ。
……流石に口を挟んでも良いでしょうか? いえ、誰に聞いているか分かりませんが。
その時パトリシア様から視線を感じた。その視線を受け、声を上げた。
「お2人が嫌でなければ、お名前で呼んだ方がわかりやすいのでは?」
「! そ、その、良いのでしょうか?」
意外にもアンジェラ様は遠慮がちだ。メアリー様に目を向けると、ぎこちなく頷いている。
「わ、私なんかで良ければ、お友達に……なってほしいです」
「こ、光栄ですわ。……どうかアンジェラと呼んでください。メアリー様とお呼びしても?」
「っ嬉しいです」
なんだかかわいいな。初々しいやりとりだ。うん、2人とも反応を見るに、恥ずかしがっていただけと判断して良さそう。
ここからハードルは高いけれど、言ってみよう。
「ねぇ、皆様せっかく義理とはいえ家族になれるのですから、これを機に愛称などで呼びましょう?」
「「え」」
「確かにそうですわね。わたくしもへティと呼んでみたかったのです」
驚く2人と、反対にパトリシア様は乗り気だ。よし、良い調子だ。
「嬉しいですわ! パトリシア様はなんと呼べば? パッと思いついたのはパティですわね!」
「構いませんわ。……愛称似てますのね」
「本当ですわね! お2人もぜひ呼んでいただきたいですわ!」
「は、はい。私はメアリーのままで良いです。その、ポリーが一般的ですが、恥ずかしくて」
メアリー様も乗り気になってくれたらしい。そのままがいいならそれを尊重しよう。
「わかりましたわ。アンジェラ様はいかがです? この状態では言いづらいでしょうけれど、本心を聞きたいですわ」
「わ、私も嬉しいですわ。……アンジーと呼んでください」
蚊の鳴くような声で、指先をいじりながら言う。可愛い。
「皆様、嬉しいですわ。わたくしのわがままに付き合ってくださり、ありがとうございます。改めて、これからもよろしくおねがいしますわ」
「こちらこそ、ですわ。へティ」
もじもじしている、メアリーとアンジーの代わりに、パティが微笑みながら応えてくれた。
その後、2人も改めて呼んでくれて、とても嬉しかった。




