休憩は大事ですわ
わたくしはあれから、生活に余裕を持つように心がけた。
休憩をこまめに挟んだり、睡眠はきちんと取るようにした。そうすることでいかに今までが詰め込みすぎていたか、実感として理解出来た。
本当に妃教育の効率も上がったし、何より周りが見えるようになった。
今日も妃教育を終えて、邸に帰ってきたところだ。フレディ様に声をかけたかったけれど、忙しそうにしていたので一言カードに書いて渡すようにお城の人に頼んでおいた。
また忘れないうちにと、今日学んだことを復習する。それも1時間程度で切り上げるようにしている。
元々集中力はある方なので、1時間はあっという間に過ぎてしまう。それだけ、妃教育の内容が濃いというのもあるけれど。
「そういえば、この世界の言語ってこのナトゥーラ王国の言語が公用語になっているのね。確かにこの国は、豊富な資源や発展具合から一目置かれているとはいえ、もっと大国もあるのに不思議だわ。……もしかして、乙女ゲームの世界というご都合主義の副産物だったりして」
そんな風に余計なことを考えられるくらいには、余裕がある。そしてそんな風に関連づけて覚えられるようになるのだから、忘れにくくもなる。
正に一石二鳥だ。
そして集中すること1時間。
扉がノックされる。エマがワゴンを押しながら入ってきた。つまり休憩時間だ。
「お嬢様、お時間です」
「いつもありがとう。1時間って早いわね」
「以前のお嬢様を考えたら短いですね。けれどこのくらいがいいと思います」
「……ええ。色々な人に言われたから、身に染みたわ」
「それだけお嬢様が愛されているからですよ」
エマは慣れた手つきでお茶を淹れる。豊かな香りが部屋を満たすのに、大きく深呼吸した。
「はぁ……いい香り。こんなに香りを立たせられるのは凄いわ」
「お褒めに預かり光栄です。コツを掴めば割と出来ますが、そのコツを掴むのに皆苦労しているのです」
「そうよね。皆努力家だわ」
「侯爵家の皆様がとても良くしてくださいますから。私たちも誠心誠意お仕えしたいのです」
「ふふっ。ありがとう」
エマを座らせ、一緒に休憩する。最初は拒絶されたけれどあの手この手で懐柔した。
最終的にお父様に許可書を書いてもらい突きつけたときは、エマはドン引きしていた。ある意味当然の反応だけれど、流石にショックを受けたものだ。
「最近はお兄様もトミーも忙しそうにしているわね。やはり卒業パーティーが近づいているからかしら?」
「そうですね。お嬢様はお2人とお話しする機会は無いのですか?」
「それが聞いてもはぐらかされるのよ。……それでも予想は出来るわ」
「予想ですか?」
エマは驚いたように言う。
けれどわたくしはこの予想が的外れではないだろうと直感で確信していた。
「ええ。だってお兄様もトミーも、このパーティーの言わば主催者の分類だわ。その主催者が、パーティーに出席しないなんてあり得ないでしょう? そしてパーティーに出席するなら、何が必要だと思う?」
「……パートナーですね」
「ええ。きっとパートナーを探しているか、口説いているかのどちらかだと思うの。そう思うと、安易に聞けないじゃない」
「確かにそうですね。アルフィー様はそう言ったことを聞かれるのは苦手でしょうし、トミー様は違った場合に傷を抉りそうです」
「そうでしょう? 2人が言うまで聞かないでおこうと思うの。メアリー様の件はわたくしが気が付かなかったのが悔しかったけれど、今回は違うから気持ち的にも大丈夫だし」
「お嬢様が大丈夫であれば、よろしいと思います」
「ありがとう。エマに相談して良かったわ」
「ええ? 相談でしたか?」
「そうよ。第3者の意見って貴重でしょう? 自分の考えが的外れだったら空回りしてしまうもの」
悩み事を聞いてもらってスッキリするのと同じことだ。
「それはわかりますが……私ごときの意見だなんて」
「あら。邸で誰より長くわたくしのそばにいるのに、随分な過小評価だわ」
「……やっぱり余裕のあるお嬢様は怖いですね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
そんな頬を染めて言われたら、褒め言葉にしか聞こえない。
とその時、扉がノックされた。入ってきたのはトーマスだった。
珍しい。基本的にお父様の補佐をしているので、直接関わることは多くないのに。
「休憩中失礼致します。こちら、殿下からのお届け物です」
「まあ、わざわざありがとう」
殿下から? だからトーマスが持ってきたのか。間違っても新人に任せるわけにはいかないから。そう思いながら、渡されたのはメッセージカード。
『見送りに行けなくて済まなかったね。エッタからのカードを貰ってとても嬉しかったよ。ありがとう。また学園で会おう』
「まあ……」
書かれていたことに、胸がジーンとする。
わたくしがやりたくてやったことだけれど、こんな風に返してもらえることがとても嬉しかった。
「お嬢様は愛し、愛されておられますな」
「このカードだけでも、殿下の思いが伝わってきますね」
トーマスとエマが頷きながら、こちらを優しい目で見ている。
確かに忙しい時にカードを用意して書いて届けさせるのは、正直手間だ。わたくしも返事は期待していなかった。
それでも時間を作ってくれた。時間から察するに、わたくしのカードが届けられてすぐに書いてくれたのだろう。
それがわかるから、より嬉しいのだ。
「ふふっ。こうなるともっと頑張ろうって思えますわ。一旦休憩は終わりにして、続きをやりますわ」
「おや、しかしそろそろディナーの時間ですぞ」
「お気持ちはわかりますが、ここでやり始めると止まらなくなるのでは?」
2人に突っ込まれてしまい、思わずむっとなってしまう。
「むぅ。せっかく気合が入ったのに」
「ですがそういうお嬢様を放置しますと、夜更けまでやるのが目に見えてますので」
「そうですな。お嬢様の美点ではありますが、我々も旦那様に言われてしまいますゆえ」
「むむむ……。はあ、仕方ないわ。元々今日復習したいことはおわったのだし」
なんだろう、立場が逆転している気がするけれど、もう気にしない。
そもそもわたくしを気遣っているのだ。それを突っぱねるのも気持ち悪い。
諦めて、今日は休むことにした。
◇◇◇
妃教育と並行して、学園での授業ももちろんある。
それも手を抜くつもりはない。なぜなら、フレディ様の隣に立つなら必要なことだと考えているからだ。
そもそもフレディ様は王太子教育と並行して、前回のテストで2位だったのだ。最早どう言うこと? と言いたくなる。
そしてなぜ今そんな風に考えているか。それは2回目のテストがあるからだ。イベントごとはないけれど、学び舎なのでテストは免除されない。
前回同様、パトリシア様とメアリー様と3人で勉強しているけれど……どうも2人は勉強に身が入らないようだ。
「お2人とも、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか?」
「え? あ、いいえ。そんなことはありませんわ」
「わ、私も大丈夫です」
「それにしては集中出来ていないようですが……」
ウロウロ視線を彷徨わせているし、何かあることは確定だな。
じっと2人を見つめると、メアリー様が観念したように口を開いた。
「いえ……その、ヘンリエッタ様は逆になぜ集中出来ているのでしょう」
「はい?」
え? そんなに変わったことあったっけ?
首を傾げていると、パトリシア様が代わりに解説してくれる。
「メアリー様は、婚約者、しかも想いが通じ合っている状態でしっかり集中できることがすごいと言っているのですわ」
「ああ、そう言うことですね」
そうか、メアリー様はこの前、ダニエル様と婚約するために動いてるって話だったものね。
つまり、この浮き足立つ気持ちが勉強の邪魔をしていると言うことか。
そう思いながら、口を開いた。




