休息は大事です
気がつくと邸のベッドで寝ていた。部屋は暗く、今は真夜中らしい。
(あら? わたくしは確か、学園に居たはず。どうして自分の部屋にいるのかしら?)
久しぶりにちゃんと寝たおかげか、体は幾分すっきりしている。しかし、頭は中々働かず、ぼんやりと今日のことを思い出していた。
(わたくし……そう、気がついたら周りが色々変わっていて、ショックだったのよね。パトリシア様に八つ当たりして……。今思えば、とても淑女のする事ではなかったわ。あの時は寝不足も相まって、完全に理性が働いていなかったわね)
明日パトリシア様に会ったらどんなことを言われるだろうか。最悪口を聞いてもらえないかも知れない。
わたくしが暴走したせいなので、抗議をするなんて許されない。
(あれだ。前世であった、土下座をすれば許されるかしら。会った瞬間に地べたと一体になる感じの……そうスライディング土下座って言われていたわね。そうすればまだ……)
段々と自分のしたことを思い出し、ため息が出る。
最早後悔なんて生ぬるい。穴を掘ってそこに埋まりたい。
(フレディ様にも、ご迷惑をお掛けしてしまったわ。恐らくフレディ様に眼を覆われてから記憶がないから、そこで寝てしまったのね。ここまで運んだのはお兄様でしょう。きっと寝こけているわたくしを皆様みているでしょうから、恥ずかしいわ)
涎が垂れていなかっただろうか。涎を垂らしていたところを見られていた日には世界を終わらせたい。
再び大きくため息を吐く。いつもなら、ここで羞恥のあまり叫びたいところではあるけれど、真夜中にそんなことをすれば事件を疑われてしまう。
それも避けたい。侯爵令嬢としての矜持と、家族に迷惑をかけたくないという思いがわたくしを留まらせる。
多分、寝たおかげで理性も戻ってきていることも幸いだ。
とりあえず、お水が飲みたい。お腹も空いているけれど、今は水分が優先だ。お水を飲めば、空腹感も和らぐはず。シェフも寝ているだろうし、勝手にキッチンに行くことは辞めておこう。
そう思って、いつも水差しが置いてある棚を見る。しかし、今日に限ってお水は置いていなかった。
「珍しいわ。いつもエマが用意してくれているのに」
しかし無いものは仕方ない。水くらいなら良いだろうと立ち上がって取りに行くことにする。
扉を開ければ、間接照明で昼間より暗い廊下だ。そして目の前に人がいたことに驚き、悲鳴をあげそうになる。が、寸でのところで口を押さえられたのでことなきを得た。
しっかり見れば、寝巻き姿のお母様が立っていた。
「起きたようね」
「お、お母様……っ。なぜ」
「とりあえず、お腹空いているでしょう? 食事はあるから中に入りましょう。廊下は声が響くわ」
「は、はい」
混乱したまま、お母様の言うとおり部屋に逆戻りする。照明をつけると、お母様がワゴンを押して入ってきた。
混乱している間にお母様はお水を用意して、クローシュを開ける。中にはパン粥が入っていた。出来てから然程時間が経っていないらしく、ほこほこと湯気をたてている。優しい匂いに、お腹の虫が鳴ってしまう。
「どうぞ。先に食べてから、お話ししましょう」
「あ、ありがとうございます」
疑問は山のように湧いてくるけれど、目の前のパン粥がとても美味しそうで先に食べることにした。
食べ始めればもう止めることは出来ず、夢中で食べ進める。自分が思っていたよりお腹が空いていたんだな。
あっという間に食べ終わり、ふうと息を吐いた。
「ご馳走様でした」
「良い食べっぷりだったわね」
「ところで今は何時ですか?」
「日付が変わって少ししたくらいよ」
「そんなに寝ていたのですか……」
「ええ。けれど、最近のへティは根を詰め過ぎていたから仕方ないわ。隈も少し薄くなったわね」
「その、お母様はずっと待ってくれていたのですか?」
「いいえ。少し前からよ。アレキサンダーを手伝っていたの。そろそろ目が覚めるかしらと思って用意したのよ」
「え? このパン粥はお母様が?」
「ふふっ。流石に違うわ。いえ、作ろうとしたら止められて、シェフにお願いしたのよ。シェフって意外と遅くまで残っているものだから」
「そうなのですね。お母様も遅くまでお疲れ様でした」
「ありがとう」
この時間まで? とも思ったけれど、基本的にお父様もお母様も多忙だ。夜更かしすることもあるだろう。
タイミングがバッチリなので、誤魔化しているとも考えられるけれど、そこまで追求するのは無粋だと思う。
「わたくし、学園からお兄様が運んでくださったのでしょうか? 皆様にも色々ご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ないですわ」
「ふふっ。確かに学園から寝ているへティが運ばれてきた時には驚いたわ。けれどさらに驚いたのは、アルではなく殿下が運んでおられたのよ」
「え?」
「アルは少し遅れて帰ってきたの。きっと寝ているへティの顔を、殿下は独り占めしたかったのでしょうね」
「え、ええ?」
頭が理解することを拒んでいる。
そんなわたくしにお構いなしに、お母様は楽しげに言う。
「そうそう。殿下がこちらの都合で振り回しているのに努力しているへティには感謝しているそうよ。パトリシア嬢もメアリー嬢も疲れすぎているみたいだから、心配だとも言っていたと殿下から聞いたわ」
まさか、本当に?
あんな奇行に走ったわたくしを咎めることなく、心配してくれたと?
聖女なの?
「そんな……わたくしのせいで、皆様にご迷惑をお掛けしたのに……」
「それが許されるくらいには努力していると認めてくれたのでしょう。もちろん明日学園に行ったら謝罪しなさい」
「はい」
それはそうだ。人伝に聞いただけで、本人達の口から聞いていない。ならばちゃんとけじめはつけなくては。
「王妃様も褒めていらっしゃたわよ。結構外交のこととか詰め気味でやっているのに、教師からの評判が良いと」
そういえばお母様はパーティーの為に度々登城しているんだった。普通なら1人の侯爵夫人が任せられる事では無いらしい。
けれどそこはお母様の能力を買って、色々王妃様が相談しているらしい。
「光栄ですわ。しかしパーティーまでに、頭にきちんと入れ込んで置かなければなりませんもの。まだまだですわ」
「確かに失敗は許されないというプレッシャーがあるでしょうね。けれどもう少し肩の力を抜かないと、効率よく覚えられないわよ?」
「そうでしょうか?」
「ええ。婚約者としての余裕も見せつけてあげないといけないもの。何より、必死になることは大事だけれど、適度に休憩を挟むほうがより質の良いものになるのよ」
そういえば前世でも“ポモドーロテクニック”なんてものがあったな。確か25分の作業時間と5分の休憩を繰り返すものだった。
中々妃教育やら何やらで、きっちりその時間をとることは難しいことかも知れないけれど、一理ある。
「確かにお母様の言うとおりですわ。邸に帰ってからも遅くまで復習などをしていましたし、詰めすぎていたのかも知れません」
「そうね。王妃様も気にしていらっしゃたわ。わたくしに『しっかり休ませなさい』なんて言うのよ?」
「そ、それは申し訳ありません」
「ふふっ。確かに妃教育は生半可なものではないと聞くわ。けれど昔よりは余裕を持つように、教育者側も変わってきているのよ。焦りすぎないことね」
「はい」
昔はそれこそ今のわたくし以上に詰め込まれていたと言うのだから驚きだ。
一部は淑女教育に組み込むことで、妃教育を優しくしているらしい。内内で、妃候補(高位貴族)の令嬢にはそう言う風にするとなったということだ。
勿論内容は、淑女教育としても問題ない。王家のことは王妃教育になってからなので。
「さあ、お腹が膨れたらまた寝なさいな。明日は放課後に登城するのでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
またベッドに潜ると、お腹が満たされたこともあり、直ぐに眠ってしまった。
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