2人の関係性は…
そしていわゆるお姫様抱っこの状態のまま、お兄様達がいた部屋から隣の部屋へ移動した。
ここは以前にもお兄様に案内された場所だ。
そのままソファに降ろされる。少し乱暴に、されど痛みはない。
「ふ、フレディ様?」
「さて、ここは2人きりだ。隣にアルフィー達がいるけれど、また声は聞こえないようにしてくれているだろう」
そう口調は穏やかに言う。けれど隠し切れないオーラが体から漏れ出ている。
あとわたくしは座っていて、フレディ様が立っているせいか見下ろされているのが怖い。その瞳が獲物を見つけた獣のようにギラついているから尚更。
パトリシア様にしたように、フレディ様がわたくしの頬に手を滑らせる。
「ねぇ、エッタ? 僕がいながら、なぜパトリシア嬢にあんなことしたんだ? エッタが欲求不満ならいくらでも付き合ったのに」
「えっと……メアリー様とダニエル様が気がついたら、良い仲になっていたのに気がつけなかったのが悔しかったのですわ。さらにメアリー様がディグビー公爵家に養女になると決まっていたのも悔しくて……。ほとんど八つ当たりですわ」
「八つ当たりであんなことするのか?」
「だって……ちょっと、フレディ様、近いですわ」
「パトリシア嬢にはこれ以上に近づいていたじゃないか」
そう言いながらフレディ様は、片膝をソファに乗せる。
わたくしは少しでも距離を取ろうと、反対側に逃げようとする。けれど、バランスを崩してソファに倒れ込んでしまった。
その上にのしかかるフレディ様。
「こ、この体勢はっ」
「エッタがパトリシア嬢としたのとほとんど変わらないよ?」
「いえ、これは逃げ場がありませんわ。一応パトリシア様は逃げ場がありましたもの」
「パトリシア嬢のような淑女がその状態で逃げられるわけないだろう? エッタは逃げるのが上手いから逃げられないようにしているのだけれど」
「ひゃっ」
こめかみにキスを落とされる。柔らかいその感触に、一気に顔に熱が集まる。
背筋がゾワゾワする。
「ははっ。可愛い」
「んっ……耳元で喋らないでくださいませっ」
「自分でやるのは良いのにやられると途端に、可愛い反応になるのはわざとかい?」
うわずる声をなんとか抑えつつ抗議しても、フレディ様は離れない。
確かに言われていることはわかるけれど、コントロールしているわけではないので知りようもない。
「これは、いくらなんでも、婚約者でもやりすぎ、ですわっ」
「じゃあエッタは、僕がどんな気持ちであのやりとりを見たと思う?」
問いかけられても、答える余裕なんて消し飛んでいる。
わたくしは鼻先が触れるか触れないか、で止まっていたけれどもう鼻先が触れている。
そして今だにフレディ様の“エッタ”呼びになれない。
なぜなら、滅多に呼ばないからだ。2人きりになっても、基本的に“ヘンリエッタ”呼び。
フレディ様の感情の琴線に触れるとエッタと呼ぶのだけれど、回数が少ない上に、こう言う風にいつもと違う状況のときが多いのでいつまで経っても慣れない。
どころか、“エッタ”と呼ばれると、体が熱くなってしまう。恥ずかしい。
「全く……だんまりは狡いんじゃないか?」
「思考を奪っているのはどなたですかっ」
「……そうか、ちなみにこれがトミーだったらどうするんだ?」
「もちろん、悪い子はお尻ペンペンですわ」
「ふっ……そうか。それは及第点かな」
少し距離ができる。しかし、以前不埒な距離感である。
それだけでも余裕が出来た。自然と逸らしていた視線をフレディ様に合わせる。
先ほどのギラつきは、少し抑えられた。とはいえ、まだ消えてはいないけれど。
「エッタは僕を“男”として見てくれていると言うことで良いのかな」
「そうでなければ、この状態を許しませんわ。ついでに好んでいるからこそ、余裕が無くなっているのです」
「は…………」
わたくしの言葉に、フレディ様は呆気に取られたようにポカンとする。
その瞳にもうギラつきはなく、オーラも霧散した。
さらに顔を赤くする。
「はあぁ……そうだよね。エッタはそう言う女性だった。本当に、僕の想像の上を行く」
「お褒めに預かり光栄ですわ……?」
フレディ様の余裕が無くなったのと入れ替わるように、わたくしに余裕が出来る。
けれど、今度は完全に体重をかけられてしまい、動けなくなった。
「く、苦しいですわ……」
「エッタはずるい。僕だけの人でいて欲しいのに、すぐに他の人の心を掴んでしまう」
甘えるように、肩口に頭を擦り付けてくる。髪の毛が頭を振る度に頬を掠めて擽ったい。
「エッタの言い分だと、パトリシア嬢もまんざらではなさそうだな。……やっぱりずるい」
「まあそうですが……今のはわたくしの場合はと言うお話ですわ。パトリシア様では違うこともあるでしょう」
流石にここまで来れば、先ほどの様子の理由も理解できる。
「フレディ様は嫉妬されたのですね……」
「当然だろう」
「パトリシア様は女性なのですが」
「関係ない。あんなエッタは僕だけが独占したい。しかも今までより大胆だったじゃないか。初めてではないのが許せない」
「感情重すぎませんか?」
「当然だ。何年片思いしてきたと思っているんだ」
「……申し訳ありません」
全面的にわたくしが元凶ですね。
けれど甘えてくるフレディ様が可愛いのでいいか。
まだスリスリしてくるフレディ様の頭を撫でる。
以前はこういう触れ合いは避けていたけれど、もう発表を待つだけで、陛下にも書類上も婚約者として認められている。
そういう事情もあり、2人きりになることも許されるようになった。それもフレディ様とわたくしの素行のお陰もある。つまり、2人きりになっても問題は起こさないだろうと判断されているのだ。
それは正解だった。フレディ様は引っ付いては来るけれど、一線は超えてこない。こめかみへのキスも、挨拶ですることもあるのでセーフだ。
そう、度を越さないスキンシップは許されているのだ。それも卒業パーティーでより自然にイチャラブを見せつけるためだと、王妃様が熱弁していた。
なのである程度は王妃様にわたくし達の動きが漏れている。恥ずかしいという感情は、彼方へ投げ飛ばした。
閑話休題。
頭を撫で始めたら、フレディ様がよりスリスリしてきた。まるで犬を撫でているかのよう。
あの子達、撫でてほしいとアピールがすごく可愛いもの。狼も犬科なので大差無いか。実質フレディ様は犬ね。
可愛い。
「……エッタは僕をどうしたいんだ」
「それはわたくしのセリフでもあるのですが」
「それもそうか」
お互いにお互いの理性を試すようなことをすることもある。
もちろん本当に危なくなったら、自然と離れるのだ。冷静に見ると、少し面白い。
似た者同士なのだ。自分が優位になって、相手を翻弄したいというのが根底にあるのだ。
結局攻守は直ぐに交代することが殆どなので、今の所五分五分だ。
「フレディ様は、他の方のお話を聞きますの?」
「まあ、周りの状況を把握することも大事だと口すっぱく言われているからね。けれど、僕と同じくらいなんて考えては行けないよ。年数が違うんだ」
「承知しております。しかし感情は厄介なもので、悔しいんですの」
「エッタでもそう言う風になるんだな」
「わたくしを皆様優秀と言いますが、そう見せているだけですもの」
「そう周りに違和感なく見せている時点で、ハリボテではない実力だ」
「……とりあえず、わたくしに教えてくれなかったフレディ様を恨みますわ」
褒めてくれるのは純粋に嬉しいけれど、複雑な気持ちが邪魔をしてしまう。
悔し紛れに言うと、フレディ様は笑って言った。
「仕方ないだろう。そんなに目の下にクマまで出来ていれば、優先順位が下がると言うものだ。……少し寝るといい」
そう言って起き上がり、ソファから降りる。眼を覆うように手を置かれれば、その温かさに直ぐにいしきは落ちてしまった。




