練習ですわ
そんなことを考えるも、今は隙を見せるわけには行かない。何せここにはこの国で最も貴ぶべきお方の一人がいるのだから。
短く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
「それで、王妃様がわたくしをお呼びしてくださった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。その為に貴女とフレディを呼んだのだもの。先ほどヘンリエッタ嬢は、フレディの意志も尊重したいと言ったわね?」
「はい」
わたくしが返事をすると、王妃様はフレディ様に視線を送る。
フレディ様は一瞬怯んだように見えたけれど、真っ直ぐにこちらをみた。
「ヘンリエッタ嬢、先ほどは情けない姿を見せてしまった。しかし、私も頑張ろうと思う」
「では……」
「ああ。ここで躊躇してヘンリエッタ嬢との婚約が無くなるなんて最悪な事態は避けたい。共に頑張ろう」
「もちろんですわ、殿下」
「ふう。ここで躊躇えばどうしようかと思っていたけれど、良かったわ」
王妃様は息を吐いて言う。その様子は安心したというより、見極めていたようにも見える。
なんだか恐ろしい想像が頭をよぎったけれど、結果大丈夫だったので気にしないことにする。
世の中には知らない方がいいこともあるからね! うん!
「それでは、フレディ。ここで実際にやってみなさい」
「……は、はい」
ここでやってみる。つまり実践の練習ね。
ふむ。お父様とお母様に相談したけれど、あまり参考にしづらかったわ。
なにせわたくしが何かするということではなかったし。けれどここは上品に見えて、尚且つ相手の入る隙を空けてはいけない。
王妃様が直々に指導してくれると言うことなのだろうか。イチャつきのやり方を? あ、言葉だけみたらとんでもない事態だわ。深く考えるのはやめましょう。羞恥心で何も出来なくなりそう。
躊躇しているフレディ様の手を取る。ピクリとフレディ様の手が震えた。
くい、と少し手を引っ張り立つように促す。抵抗することなく立ち上がるフレディ様。
そのカーマインの瞳を見つめる。
少し甘く聞こえるように高めの声を意識する。あくまで上品に。
表情も柔らかく目を細めて、微かな微笑みを作る。少し眼を潤ませるように、瞬きはしない。
「フレディ様。わたくし、貴方様の婚約者に選ばれてとても光栄ですわ」
「え、と」
「貴方様の心の内に入ることを許していただき、光栄ですわ。これ以上の幸せはございませんの」
「へ、ヘンリエッタ……」
良い感じ。少し目が潤んできた。ゆっくり瞬きをする。
フレディ様の顔は真っ赤だ。
その頬に握っていない方の手を添える。
「貴方様にわたくしの全てを捧げますわ。貴方様の障害となるものは、わたくしが全てを使って排除して差し上げます。ええ、全てを捧げますから、貴方様の心に住むのはわたくししか許しませんわ」
そっと背伸びをして、耳元で囁く。ヒールでよりバランスが取りづらいけれど、体重を少しフレディ様に預ければ問題ない。
最初はこんなものかしらと思いながら、ゆっくり離れる。しかしフレディ様の反応がイマイチだった。もしかして気に食わなかったかなと、考えているとフレディ様が倒れた。
ええっ⁉︎
「ふ、フレディさま⁉︎」
「なんて子なのかしら。これはフレディが渋った理由も納得ね」
王妃様が何かを呟くが、倒れてしまったフレディ様に気を取られていて、気がつかなかった。
護衛の人が殿下の様子を伺う。どうやら気絶しているだけ……少し強請ると目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまない」
フレディ様は椅子に座り、冷たい水を頼んでいた。
侍女が持ってきた水を一息に飲んでいる。
侍女と目が合うと、その顔は沸騰しそうなくらいに真っ赤だ。そして慌てたように去っていった。
よく見れば護衛も顔を染めて、目を逸らしている。
ふとエマの言葉が頭をよぎった。
(……もしかして、わたくしやりすぎてしまったかしら)
たまに言われていた。
王妃様がため息を溢す。
「これは……ヘンリエッタ嬢、貴女が動くのは最終手段だわ。でないとパーティー会場がとんでもないことになるもの」
「も、申し訳ございません」
「いいえ。とても素晴らしい手腕だったわ。一瞬、ええ、一瞬そう言う方なのかと疑ってしまうほどに見事だったわ」
それは褒められているのでしょうか。
きっとハニートラップの工作員とか娼婦とか思っていますね?
「それから、フレディ。こんなにヘンリエッタ嬢が素晴らしい手腕を見せてくれたのに、何も出来ずに失神するなんてあまりにも情けないわ。今までならどんなハニートラップも流していたのに……本当に拗らせているわね」
「……」
フレディ様はハニートラップをかけられたことがあるのか。
ああ、だから偶に派手な動きも出来たのかもしれない。あの“あーん事件”が良い例か。
わたくしもやるよりやられる方が羞恥心が強くなるし、気持ちはわかるかもしれない。
「とりあえず、ヘンリエッタ嬢」
「は、はい!」
「今のでハッキリしたわ。貴女は受け身でいるべきね。フレディに頑張ってもらのが最善手よ」
「はい……」
ここでなぜと聞くほど愚かではない。
まあそりゃあ? 見せつけるためにということでやりましたからね。
それにしても、そんなに刺激が強かったかしら。
フレディ様もやる時はやるからどっちも危険な気がする。実際に皆気絶していたし。
「ふふふ。これからフレディには特訓を受けてもらわないといけないわ」
そう笑う王妃様は、悪どい表情を浮かべていた。
フレディ様の顔色は少し悪くなっている。大丈夫かしら。
「それでは王妃様、わたくしもその特訓に参加させて頂けないでしょうか?」
「へ、ヘンリエッタ」
「あら、いいのかしら?」
「どちらにしても、お互いで練習した方がアドリブも鍛えられると思います。それに……」
チラリ、とフレディ様をみる。
「フレディ様が他の女性と練習するのは嫉妬してしまいすわ」
「ふふっ。そう、分かったわ。そうしましょう」
「ありがとうございます。フレディ様、お願いしますわ」
「……」
「……フレディ様?」
無言のフレディ様に声をかける。
しかし無反応なので、目の前で手のひらを振ろうとした時。
再びフレディ様は倒れた。
「きゃあっフレディ様⁉︎」
「これは先が思いやられるわ……。いくら片思いが長かったとはいえ、相手が好意を示したらキャパオーバーになるなんて」
あわあわしている間に、フレディ様は護衛に連れて行かれた。流石に2回も倒れたので、侍医に診せるのだろう。
残ったのはわたくしと王妃様。
「まあフレディは大丈夫でしょう。ヘンリエッタ嬢、幻滅していないかしら?」
一瞬何のことかと思ったけれど、倒れたことを仰っているのか。
「まさか。もしや殿下は体調がすぐれないのではないのでしょうか?」
「あれは違うわね」
「しかし、以前の殿下は……」
「あら、フレディに何かされたの?」
「えっと、まあ」
思いっきり口を滑らしてしまったが、これはフレディ様にとって一番の羞恥ではないだろうか。普通に親に恋愛関係のことって聞かれたくないよね。
特に今の年齢では。
やってしまった。
「ふふっ、そう。ではそんなに気にしなくてもいいのかもしれないわね。それにしても、ヘンリエッタ嬢は強引なことされて嫌ではなかったの?」
「当時は被食者のような気分になりましたわ。しかし、今思えば、嫌ではなかったのです。気づくのが遅かったですが、殿下が辛抱強く待ってくださったおかげで今のわたくしがいます」
「まあ。そうなのね。良かったわ。それに別に取り繕わなくても良いのよ。先ほどは名前で呼び合っていたのに」
「え、っと。あれは」
途中から完全に頭から抜けていたわ。
焦るわたくしを王妃様は笑いながら見ていた。
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