陛下との謁見です
「もう、へティったら。トミーをこう育てたのは貴女なのよ? もう少し信じなさいな」
「わたくしの想像しない方向に育ってしまったから不安なのですよ」
「それはへティの想像力が足りなかったわね。普通なら、初めて心を開いた相手に特別な感情を抱くのは当然のことだもの」
「わたくしは家族愛を育てるつもりだったのです」
「え? そうだったのですか? 僕、そんな雰囲気は最初、全く感じませんでしたよ」
トミーがキョトン顔でこちらをみている。先ほどとは違い、年相応の表情になったので内心ホッとする。
「え? ではトミーはどのように感じていたのです?」
「まあ確かに恋愛ではないのは確かでしたが……。なんというか、小動物を構うような感じですかね?」
「ええっ」
「もしかして姉上は庇護欲をそそられる存在に弱いのでは? 殿下を意識的に意識し始めたのも、そういう状態でしたよね?」
「そんなこと………………あるわ。ええ。そういえばトミーや殿下にキュンとする時って、大体そんな時が多かったわ」
なんということでしょう。この前自覚した母性と恋心の狭間か。
「まあ姉上の好みを知って行動したのに失恋しましたので、これだけでは足りなかったんですねぇ。殿下はメアリー嬢曰く、狼になる時もあるようですからそのギャップに落ちました?」
「うう……それ以上は許してちょうだい」
トミーに完全に熟知されている。自分が自覚していなかっただけに、複雑な気持ちだ。
と、その時。
「なんだとっ。殿下は狼になるのか⁉︎ 私の宝物が狼に喰われるのは許せない! 今からでも抗議を……」
「一番聞かれてはいけない人に聞かれてしまったわ」
狼に反応したらしいお父様が、怒りの形相になっている。
お母様が呆れたように言う。トミーは知らんぷりだ。狙ってないよね?
というよりこの前お父様は殿下との婚約を認めていましたよね? これが複雑な親心ですか?
「お父様、わたくしが殿下を選んだのですよ。むしろ狼の殿下を手懐けますから、安心してください」
「へティ……。日に日にアメリアに似ていくな。頼もしいよ」
「当然でしょう? わたくしの娘ですもの。さあ、そろそろ出発ですわ。行きましょう」
内心できるかはわからないけれど、と付け足しておく。赤裸々に言って、拗れるのは避けたい。
話が落ち着き、王城へ向けて出発する。
「お気をつけて、行ってきてください」
「姉上、殿下に嫌なことされたら、ちゃんと言ってくださいね」
「ええ。行ってきます」
2人に見送られ、馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
王城に着くと、なんと殿下が出迎えに来てくれた。
「殿下。わざわざ出迎えていただき、恐縮です」
「今回は我々王族の失態だ。これくらいは当然だ。流石に馬車で迎えに行くことは許されなかったから余計にね」
「ハハッ。しかしあの陛下が乱心されたと聞きましたぞ。あの陛下を怒らせるなんて、命知らずがいたものですな」
「ああ。今日は落ち着いていると思うから、安心してくれ。……ヘンリエッタ嬢、エスコートしよう。手を」
「ありがとうございます、殿下」
軽く話した後、フレディ様に手を添えながら、謁見の間へ向かう。フレディ様にエスコートされるから仕方ないのだけれど、お父様とお母様の前に歩くのは不思議な感じだ。
まあ、あまり気にすることではない。
謁見の間に続く扉の前に着くと、扉の前にいた騎士が開けてくれる。
この時点で、心臓が早鐘を打っている。じっとりと手に汗をかいているのがわかる。
フレディ様と手をつなぐ状態ではなくて良かった。汗をかいているのがバレなくて済む。
ゆっくりと謁見の間に入る。
中央の絨毯を進む。階段の先に、陛下と王妃様がいた。
緊張が最高潮に達する。今まで陛下と直接会話したことはない。王妃様もお茶会で挨拶はしたことあるが、その時と威厳が違う。
きっとわたくしたちが緊張しないように配慮してくださっていたのかもしれない。
フレディ様が離れて、わたくしはお父様とお母様の後ろに移動する。
少し離れたのが残念とか思っていません。心細いとか思ってませんとも。
お父様とお母様が臣下の礼をするのと同時に、わたくしも礼をとる。
「スタンホープ侯爵家、アレキサンダー、並びにアメリア、娘のヘンリエッタ。陛下の招集に馳せ参じました」
「ご苦労。楽にして良い」
「ありがとうございます」
許可を出されたので、すっと体を戻す。
陛下は金髪に青い瞳。王妃はダークレッドの髪にカーマインの瞳。
フレディ様は色合いは王妃様の血を濃く受け継いだようだけれど、顔の造形は陛下にそっくりだ。
フレディ様も年齢を重ねるとこんなふうになるのかしら。
「さて侯爵よ、もう話は伝わっておるだろう。私が不甲斐ないばかりに苦労をかけるな」
「いいえ。めっそうもございません。陛下にはこの国のため、我々の想像もつかぬ努力をされていることでしょう。陛下の障害となるものを排除することが我々臣下の役目でございます」
邸ではなんだかんだ家族贔屓をしていたお父様だけれど、流石にここでは臣下らしい態度をとっている。
「そうは言うが、その息女が了承しなければ侯爵は抗議したであろう?」
「それはもちろんでございます。私にとって、娘の幸せが何よりの望みですから」
前言撤回。陛下のまえで何を言ってらっしゃるんだ!
普通に敵に回すこと言ってますよね⁉︎
内心とてもヒヤヒヤした。いつもなら確実に言葉が出ていた。しかし、勝手に発言することは不敬になるのでかろうじて堪える。
しかし、そんなお父様にも、陛下は笑い飛ばした。
「はっはっは。あいかわらずだな。……さて、ヘンリエッタ嬢。其方にも迷惑をかける。せっかく愚息が射止めたばかりだというのに、こんなことに巻き込んでしまうとはな」
急に話しかけられて、一気に緊張が全身を駆け巡る。
しかし、そんなわたくしの内心を出さないように、今までの淑女教育を総動員する。
「とんでもないことでございます。元はと言えば、わたくしが逃げ回っていただけのこと。殿下には諦めないで下さって感謝しているのです」
「うふふ。フレディからはあなたの事をよく聞いたわ。どんどんムキになっていくフレディがとても面白かったの」
「母上」
「あら、本当のことでしょう? わたくしもヘンリエッタ嬢には感謝しているのです。それまで政情で伴侶を選ぼうとしていたフレディが、初めて恋した相手ですもの」
「母上っ私にも羞恥心という物があるんですよ!」
フレディ様の顔は真っ赤だ。
王妃様、なんだかお母様と同じ空気を感じる。
先ほどの威厳のあるお姿は、いい意味で消え去った。フレディ様とのやりとりを見ていると、とても親しみやすいお人柄だ。
「王妃、その話は先に進めなくなる。また後にしてくれないか」
「あら、失礼いたしました」
陛下とのやりとりも何処か温かい。日常茶飯事であるらしい。
「さて、一応最初から説明しようか。ことの発端は、近隣国での会合だ。出ていたのは私と宰相だ。途中までは問題なく進んでいたのだがな。会合が一区切りついた頃だった。フレディの話になってな。ああ、途中までは自分達や他国の王子、王女を褒める流れだったのだ。それで油断してしまった」
「気がついたら、フレディのお嫁さんは誰かという話になっていたのですって」
「は、はあ」
自分達の子供たちの自慢会? 平和だ。平和すぎる。確かに今は戦争などは起きていないけれど、あまりにも平和だ。ご近所さん同士の井戸端会議じゃなんだから。
「そこで陛下もちゃんと婚約者は内定していると言えば良かったのに。空気に飲まれてしまったのですから、どうしようもありませんわね。宰相も、そういう時のサポートでしょう? 何をなさっていたのかしら?」
そう王妃様が視線を送る先には、少し顔色を悪くした男性が立っていた。




