イチャラブの方法は?
離れた後、フレディ様は深呼吸を繰り返している。
その様子をなんとなく眺めながら、先ほどのことを思い出していた。
(フレディ様があんなに取り乱していたのは初めてだわ……。魔物襲撃事件の時より取り乱されていたかもしれない)
こちらも欲望のままに動いていたけれど、改めて冷静になるとすごい大胆に行動したなと思う。
これは自分のためにも、胸にフレディ様を埋めようとしたのを留めたのは英断だった。
なぜなら、段々と自分の行動を思い返して恥ずかしさが込み上げてきたからだ。
(これは……っ。思い返せば返すほど、恥ずかしいわ。その場の勢いも大事なのね。しかもあれは第3者……パトリシア様がいたら間違いなく雷が落ちていたわ。それほどまでに、侯爵令嬢としても相応しくなかったかも……)
「…………ッタ?」
(そう考えると、イチャラブもやるにしてももう少しやり方を変えないとダメね。これはむしろ我々が笑いものになる可能性もあるもの)
「ヘンリ……。聞こえて……」
思考に集中したいのに、なんだかうるさく感じる。
「ヘンリエッタ!」
「は、はい!」
肩を叩かれて、ようやく我に帰る。そうだ。フレディ様と一緒にいるんだった。
「申し訳ありません」
「いや、具合が悪いとかではないんだよな?」
「はい。考え事をしていたもので」
「なるほど。途中顔を赤くしたと思ったら、すぐに真面目な表情に戻ったのはそんな理由か」
「あら、そんなに百面相しておりましたか?」
それも問題だ。あまり人前で表情をコロコロ変えるべきではないのに。
「僕はヘンリエッタの素の表情が見れて嬉しかったよ」
「……」
ふにゃりと言う効果音が似合うほど、気の抜けた笑顔を浮かべたフレディ様。
おかしい。気が抜けているのに、色気を感じた。なぜだ。
そして衝動的にまた触れようとした自分をなんとか抑え込もうと、胸をグッと押さえた。
何度も握りしめたので、制服に皺が寄ってしまった。後で綺麗にしてもらうようにお願いしないと。
「フレディ様、やはりイチャラブを人前でするのは良くありませんね」
「え? どうしたんだ、急に」
「そんな表情のフレディ様を見た瞬間に、国が傾きますわ」
「それ、他の人が聞いても同じだろうけれど、僕のセリフだからね」
「フレディ様はご自身の魅力を分かっておりませんわ!」
「ヘンリエッタにだけは言われたくないなぁ。僕だって見せるところは選んでいるんだよ?」
「わたくしだって選んでいますわ! ちゃんと自分が魅力的に見える角度なども計算してますもの!」
「あれ全て素でやっていたらもう天才だと思う。いや、ヘンリエッタの場合、たまに不意打ちでやるだろう。夏休みの時、侍女にも言われていたじゃないか」
「た、確かにそうですが……」
エマにもう少し周りに及ぼす影響を考えた方がいいと言われたな。
と、髪が一房掬われる。
「……うん、やはり、その表情を見るのは僕だけがいいな」
暴力だ。イケメンの暴力だ。これは攻撃力が高すぎる。
今度はキラキラ王子様オーラ全開で微笑まれた。目が潰れそう。
後どんな表情をしていたのだ。
「ふふふふふれでぃさまも計算しているでしょう⁉︎」
「当然だろう? やられっぱなしも性に合わないからね」
やっぱり一筋縄ではいかない! これが王族か!
なんて動揺していると、フレディ様が急に真面目な顔つきになった。
それだけでも胸が高鳴る。くそう。何してもこちらを乱してくるなんて。
「まあ、僕たちはそういった計算も出来るんだ。それならある程度は人に見せつけることは可能かもしれないね」
言われた言葉を咀嚼する。
乱されすぎて、判断力が落ちてしまった。
「……確かにそうですわね。わざとらしくなく、かつ見苦しくない演技をすることは可能ですね」
「演技なのかい?」
「相手に見せつけるのですから、演技でしょう? 心の内は関係ないかと思います」
「そういうところ、さっぱりしているね」
「普段も仮面を被ることを望まれているのですから、たいして変わりありませんもの。さっぱりと言うよりは視点の変換ではないでしょうか」
「多角的な視点で判断するのも、難しいことだろう? それが出来ているヘンリエッタは優秀だよ」
「フレディ様にほめられると嬉しいですわ」
誰よりも努力をして、上に立つものとして背筋を伸ばしている方に褒められれば、モチベーションも上がるというものだ。
「まあこれは陛下とも話し合いをした方が良さそうだ。僕が見る限り、強行されて大分苛立っていたから。冷静な時に話し合いをしたいよね」
「そうですわね。それにしても陛下も感情をしっかり出すのですね」
「人前ではやらないよ。王妃と僕の前だけだ」
「ふふっ。陛下の謁見は父と母も呼ばれますわよね?」
「もちろんだ。侯爵が暴走しないことを祈る」
「わたくしがなんとかしますわ。いいえ、その前に母が抑えてくれそうですが」
「頼もしいよ。きっと後日報せが届く。待っててくれ」
「はい」
「それじゃあ、今日は帰ろうか」
「ええ。お兄様も落ち着いたでしょうか」
そう言って、2人で生徒会室に戻る扉を開けると。
目の前に水があった。
魔術で生成された水が、膜のように扉の部分を覆っていたのだ。
「こ、これは……」
「アルフィーだな。少し魔力を流せば気がつくだろう」
そういうとフレディ様は、水の膜に手を触れた。
一瞬間があって、膜が霧散した。
お兄様が立ち上がってこちらにやってくる。
「気がつかず申し訳ありません。もうよろしいのですか?」
「ああ。気をつかわせてしまったようでこちらこそすまない」
「お兄様、なぜこんなことを?」
フレディ様はお兄様の意図が分かっているようだけれど、わたくしはよくわからなかった。
「こうしておけば、音が外に漏れることがないだろうと思って。水は音を遮断するからさ」
「ああ、そう言うことでしたのね。ありがとうございます。それにしても、長時間魔術を展開出来るなんてすごいですわ」
「ハハッ。ありがとう。頑張って勉強している甲斐があるよ」
「ええ。以前でしたら、聞き耳を立てていたでしょうし、そちらも我慢できるようになったのですね」
「いや、あれはトミーとだったから出来たことで、流石に……って、ヘティ!」
「そうか。アルフィーはトミーの味方かな?」
フレディ様が黒いオーラを出して、野暮なことを言ったことを悟る。
(お兄様、これは申し訳ないことをしたわ。けれどフレディ様も本気で怒っているわけではない。強いていえば揶揄って楽しんでいるようね。後でお兄様にお詫びしましょう)
「殿下、そんな意地悪を言わないでください」
「ここはおべっかでも私の味方と言うべきでは?」
「そうしたら殿下はトミーに言うでしょう? 邸でトミーに詰め寄られるのが目に見えてます」
「そう言うのが既に答えていると思わないか?」
「いいえ。私の言葉で言っていないので、殿下の想像と言うことになります」
「言うようになったな」
「いえいえ。殿下にはまだまだ敵いませんとも」
……意外とお兄様も受け流しているわ。いえ、本気になったフレディ様からは逃げられないでしょうけれど、お遊びの延長だからね。
「殿下。お兄様はわたくしたちのことを考えたのです。大目に見てくださいませんか?」
「……ヘンリエッタ嬢が言うなら仕方ない」
「殿下の寛大な心に感謝いたします」
わたくしの言葉に、フレディ様は揶揄うのをやめた。
慇懃に頭を下げるお兄様。
「私たちはもう帰れるが、アルフィーはどうだい?」
「私もこれで帰れます。元々期限はもう少し先なので」
「では帰ろうか。色々感謝する。またヘンリエッタ嬢のことで迷惑をかけるが、よろしく頼む」
「スタンホープ侯爵家として、最大限協力しますよ」
そして皆で生徒会室を後にした。




