フレディ様が可愛らしいですわ
「あー、先程の話だけれど」
「はい?」
「ヘンリエッタ……は本当に良いと思っているのか?」
先ほどの話とは卒業パーティでイチャラブを見せつけると言う話か。
「わたくしは構いませんわ。まずわたくしの心情としましては、羞恥心は堪えます」
「羞恥心は感じるのか……」
「当然ですわ。それから、フレディ様。わたくし達の間に割り込む隙などないと見せつけることが、相手の心を折るのに1番手っ取り早いと思いますの」
「それは否定しないが……」
とは言いつつ、フレディ様は乗り気にはならない。
普通に考えたら嫌だよねぇ。こういうの喜んでやる人は少数派な気がする。見る人たちも分かれるだろうし。フレディ様の気持ちも理解できる。
これは強制してやるものでもない。
「ですが、フレディ様。嫌であれば遠慮せず仰って下さい。今のはわたくしの考えを述べたまででございます。強制しようとは思っておりませんので、ご安心ください」
「……いや、先程も言った通り、嫌ではない。嫌ではないんだが……」
ここは言語化した方が良さそうだ。
フレディ様が話すまで待つことにする。
「……どうせなら人目を気にせず、2人きりがいいな、と思ってしまうんだ……。今はまだ、2人きりになれないから」
ぎゅううううううん。
思わず両手で胸を押さえる。
さながら雷に打たれたかのような衝撃を味わった。
心臓止まった? 鷲掴みにされた?
ええ? この人、こんなに可愛いこと言える人だったの?
「へ、ヘンリエッタ?」
「少しお待ちください。今、身のうちの衝動と闘ってますの」
「わ、わかった」
ああ、そんな顔しないでくださいまし。
頬を染めて困ったような表情なんて、食べてくださいと言わんばかりですわ。
いえ、フレディ様は殿方なので食べる側……ごほん。
落ち着くのよ、ヘンリエッタ。脳内がやましいことで埋め尽くされているわ。
わたくしは淑女。こんな煩悩に心乱されるわけにはいきませんわ。
何度か深呼吸をして、ようやく少し落ち着く。
まだまだ油断はできないけれど。少しでも追い討ちがあれば、コロッとやられてしまう。
「ふう……。お待たせいたしました」
「いや……」
「フレディ様のお気持ちは理解いたしました。それもいいと思いますわ」
「あ、ああ」
「では、卒業パーティは別の方法で諦めてもらうことにしましょうか」
「…………ああ」
「? どうかされましたか?」
なんだか元気がなくなったように感じる。
「いや……自分の勝手さに驚いたところだ。ヘンリエッタが引き下がったことに残念と感じている自分もいて、驚いている。すまない」
「……」
「ヘンリエッタ? ……やはり、怒っただろうか?」
「ゴフッ」
「⁉︎」
この人、魔性だ。
限界を超えた結果、吐血した。いや、こう言うので吐血って本当にあるのか。
ああ。堪えようと頬の内側を噛んだことが原因かもしれない。思いのほか強く噛んでしまったようだ。
かろうじて、口から溢れたものは手で受け止めた。部屋を汚すわけにはいかない。こんな、煩悩に塗れた結果、部屋を汚すなんて許さない。
「だ、大丈夫か⁉︎」
「だ、大丈夫ですわ。ええ。問題ありません」
「問題しかないだろう⁉︎ 待っててくれ。今、アルフィーを――」
「それには及びません。それより、フレディ様、もっとこちらへ」
ハンカチを取り出し、口元を拭う。堪えたのが溢れただけで、大きな出血ではなさそうだ。
手招きすると、フレディ様はすぐに寄ってくる。
警戒心のかけらもない、フレディ様。
「どうした? 何か――っ⁉︎」
「そのままじっとしていてくださいね」
もう我慢なんてできない。はしたないと言われようが、知るか。
欲望のままに、フレディ様の首に手を回して引っ付く。
一瞬、胸に顔を埋めさせようとしたけれど、最後の理性で堪えた。流石にそれはダメだ。
2人の間に隙間があるなんて許さないと主張するが如く、ぴったりとくっついた。
フレディ様の方が上背があるので、自然と踵が浮く。重心もフレディ様に遠慮なくかけた。
「ななななななんっ⁉︎」
「静かにしてください。お兄様に聞こえたらどうするのですか」
「いやっ⁉︎ だって、これ、なあっ」
驚きのあまり、言葉にならないらしい。関係あるか。
しかし、フレディ様って女性慣れしているかと思っていたけれど、そうでもないのかしら。
お兄様は支えるようにわたくしの腰に手を回していたけれど、フレディ様は手が彷徨っている。
まあ、寄りかかればいいので、気にせず堪能することにした。
仕方ないのだ。だって、こんな、普段はとても頼り甲斐のあるお方がこんな可愛らしい姿を見せたら、そりゃあ母性がくすぐられるに決まっている。
母性と恋心は違うということも言われそうだけれど、わたくしはどちらも大差ないと思っている。根底にあるのは、好意なので。
守らないと、と思わされてしまった。
そんな思いの結果がこれなのだけれど。
包容力のある女性ってことで。
わたくしは誰に言い訳しているのかしら。
「フレディ様は2人きりでイチャイチャしたいのですよね? どうでしょうか? これは望みが叶ったと思うのですが」
「そ、それはっ! そうだが、心の準備がっ」
「心の準備なんてしていたら、いつまで経ってもできませんわ。こういったことは出来ない理由を探してしまいますもの」
「っいつも僕を避けていた人とは思えないな!」
あら、その言葉は逆効果ですわ。
「まあ。フレディ様がわたくしを落としたのに何を仰いますか。この状況を望んでいたのでしょう?」
下から見上げるようにフレディ様を見つめる。殿方は皆、上目遣いに弱いことは知っている。
家族ですら、似たような反応だったし。
前世でもあったはず。まあ、女性には不評なんですが。ここにはわたくし以外の女性はいないので、問題ないのです。
そしてフレディ様も例外に漏れず、顔をさらに赤くする。
ついでに顔を背けている。うぶだなぁ。
ここでわたくしの心にある疑問が浮かび上がった。
「フレディ様、この程度で赤くされるなんて、ハニートラップにすぐ引っかかりそうで怖いのですが」
「何言ってるんだ! ヘンリエッタ以外にこうなるわけないだろう!」
沸騰しそうに赤くなりながら、ようやくまともな言葉を喋った。
その言葉に心底驚く。そんな、物語でもクサいセリフを言う人がいるのか。
「ええ……? そんな一途な人って世界に存在できるんです? 絶滅しているのではないのですか?」
「すごい偏見を持っていないか? ああ、それが今まで僕を避けていた根底か」
「少し違う気もしますわ」
浮気していたのかあいつは? もう本性分かってから逃げることしか頭になかったからわからない。知りようもないし、そもそも知ろうとも思わない。
「それにしても、僕の言葉に照れの一つも見せないなんて、本当にそう思っているんだな」
「言われればその通りですわね。驚きしかありませんもの」
「これはなかなか難しい。それよりヘンリエッタ」
「はい?」
「そろそろ離れてくれないだろうか」
「え? なぜです?」
「そこでなぜと聞かないでくれ……」
体勢が辛いのかと思ったけれど、足はしっかりしている。
「それにしてもわたくしがこんなにアピールしているのに、腰に手を回してもくれませんのね。魅力が足りないでしょうか? これでも触り心地のいい身体だと思うのですが」
「なあっ⁉︎」
そう、いまだにフレディ様の手は宙に浮いている。流石にさみしい。
「ヘンリエッタの身体が魅力的だから触らないようにしているんだ!」
「ええ?」
「触ったら、もう離れられなくなるから自重しているんだ! 頼むから僕の理性が切れるまでに離れてくれ……」
あまりにも悲壮感漂う感じで言われてしまったので、離れることにした。




