イベントは少なめだったはずです
食事が終わり、お母様の部屋へ2人で一緒に行く。お兄様とトミーとはその場で解散になった。
部屋に入った途端、お母様は大笑いした。目に涙まで浮かべている。
「あははっ。本当に貴女って子は、最高だわ」
「え? それは純粋な褒め言葉ですか?」
お母様のことだから婉曲な嫌味だと言う可能性の方が高い。
けれど、お母様はそんなわたくしの反応さえ、ツボに入ってしまったようだ。ついにはお腹を抱えてしまう。
「当たり前じゃない。本当、予想外のことをするわ。ああ、わたくしの血が入っていると思うと、興奮するもの!」
なんて頬を染めながら言うものだから、わたくしもお母様が本当に喜んでいるのだと確信した。
しかし、なぜそんなにも興奮するのかはわからない。
「そんなに予想外でしたか?」
「ええ。けれど良いことだと思うわよ? 貴族の常識に当てはめたら、はしたないなんて言われるかもしれないけれど」
「それはそれで良くないのでは?」
常識はずれと言うことでは? それに貴族のルール、常識から外れると爪弾きされることだってある。
「あら。へティだってわかっててやったのでしょう?」
「まあそうですが。家族なら良いかと思いまして」
「そこよ。外では仮面を被っているのなら、自分の家では自由で良いと思うの。それこそ、法に触れなければ問題ないでしょう?」
「わたくしもそう思いました」
だからこそ、行動に移したのだけれど。
お母様はわたくしの返事に満足げだ。
「ええ。幸い、我が家の使用人は信頼できるものばかりだわ。そう言う姿を見せても、外に漏れることはないでしょう。と言うより、自分達しかその姿が見れないと喜ぶでしょうね」
「ああ、先ほどもなんとも言えない温かい目で見られていました。前までは家でも気を張っていましたが、使用人たちも素を見せていたら嬉しそうにもしていましたね」
あれは所謂“推しを見つめる目“だったのかもしれない。
お母様がそう言っているのなら、問題ないでしょう。本当は使用人の目があるのだから控えろと言われるかと思ったけれど。
多分、我が家は他と比べて使用人との距離が近いし。ディグビー公爵家の使用人はザ・仕事人って感じなのよね。
メアリー様のところはあまり接したことがないのでわからない。けれど男爵家という家格上、少数精鋭なんだろうな。
「ふふ。使用人は口が堅いけれど、きっとトミーはそれとなく殿下に自慢するでしょうね。殿下も区切りを重要視されているでしょうから、すぐにへティに触れられないのが残念だと思っているはずよ」
「ああ、だからトミーがずっとご機嫌だったんですね」
離れたがらないのも珍しいなと思っていたら、そう言うことか。
あれ、これ、わたくしに良くない方向へ行っているのでは。
「ふふっ。きっと解禁されたら殿下はへティにべったりじゃないかしら? へティもちゃんと覚悟しておかないとね」
「そういう意図ではなかったのに……」
いや、フレディ様のことだから、流石に人前では自重してくれると思う。お願い、してください。
「でもへティ。こう言う考えはできない?」
「なんでしょうか?」
「秘密の関係って燃えるでしょう?」
「!」
お母様の言葉に、大きく目を見開く。目から鱗が落ちたような心地だ。
秘密の関係か。なるほど。
「良い。良いですわ、お母様。こっそり周りに気がつかれないように手を振ったり、握ったり。ステップアップで誰もいないところでスキンシップもいいですわ」
「そうでしょう? どんどん燃え上がるわよ」
「ええ、すごく楽しそうです」
「ふふっ。頑張ってね、へティ。殿下に転がされる前に、転がすのよ」
「それはできるかわかりませんが、やってみます」
まあ最初は手を繋いだりとかかな。うん。
思わぬ収穫があり、その後はウキウキで部屋に戻った。
その日は食事前に考えていた、エマに寝付くまで手を繋いでもらうと言うことはなかった。
興奮して寝れそうになかったので、寝れるように色々してくれたからである。そのおかげで気がついたら朝だった。
エマもすごい。どうやったのか記憶がないくらいにすんなり寝れた。あんなに興奮してたのに。
おかげでしっかり眠れたし、今日も頑張ろう。
◇◇◇
学園はこの後半年くらいは、大きなイベントは特にない。
それも卒業パーティに向けた準備があるかららしい。そんな何ヶ月も準備することがあるのか、と思うけれどやることが多くて大変らしい。
まず、このパーティは気楽なパーティではない。
一つ、卒業生のデビュタントを兼ねているということ。そのため、家族や卒業生だけの参加ではない。
招待客はこの国の基本全貴族。それから近隣の国からも呼び集めるらしい。すごく豪華になると言うことで準備が大変なのだ。
二つ、これは自分達の将来の有用性を誇示するためにも、基本的に学生、特に生徒会が中心になって準備をするのだ。
成人して大人の仲間入りという大切な場面ではあるけれど、いきなり大きな仕事を振っていないか? とは思ってしまう。
この国だけならまだしも、近隣からも来賓が来るなんて下手をしたら外交問題になってもおかしくない。最終的に陛下が最終チェックをするらしいけれど、怖くないですか? そのプレッシャーは計り知れないと思うのですが。
しかも一応この学園、平民もいるのだけれど。少人数とはいえ、彼らのことを疎かにするのもいかがのものか。デビュタントって、貴族の子息子女が中心となるものなのに。
それにドレスを用意するお金を工面するのも大変だろうと思っていたら、希望を出せば学園側がドレスを用意してくれるらしい。これは既製品なので、デザインが同じものになる。
実はこれは下位貴族の人たちにとっても救済措置になる。爵位はあるけれど、場合によっては爵位を持たない商人よりお金がないという貴族も珍しくないのだ。
もちろん、婚約者がいるもの、それに準ずる付き合いをしている人は平民でも用意しなくても大丈夫らしいけれど。そんな人は一握りだと思う。
なんというか、一応平等を謳っていても貴族社会の縮図だなと思ったものだ。
それも考えれば普通のことなのだけれど。平等は学園にいる間だけ。卒業すれば、爵位を重視した貴族社会が待っている。
だからこそ、平民や下位貴族にとってはパイプ作りという意図もあるのだろう。いろいろ考えられている。
平等の陰に隠れた、実力社会といったところか。それも少しニュアンスが違うけれど、大体そんな認識で間違っていないと思う。
ただ、これは在校生は基本的に参加資格はない。それは納得する。何せこの国だけの話だけではないから、大人と認められてない者は参加するわけにはいかない。
しかし、せっかくなので在校生も卒業生にお祝いをしたいという意見が多かったので、学園生だけの卒業パーティも開かれるそうだ。
こちらは在校生が中心になって、計画を立てる。そろそろ、実行委員メンバーが選ばれる頃だ。結構このメンバー、競争率が高いらしい。確かに、卒業生と繋がりを持てる最後のチャンスだと考えると当然かもしれない。
こちらはかなり気楽なパーティだ。前者と違い、ドレスアップはしない。制服での参加がルールだ。これも平等の名の下、ドレスが用意できない人たちへの配慮だ。
制服でワイワイ音楽に合わせて踊ったり、食事を立食式で食べたりするらしい。想像するととても楽しそうだ。
年によって少しずつ変わっているけれど、基本的な形は決まっているということだ。
わたくしは実行委員に立候補する気はなかったので、勉強やらなんやらに集中して過ごそうと思っていた。お兄様には家で盛大にパーティをするつもりだったので、それで十分だと思っていたのだ。プレゼントもそろそろ考えないとななんて、ぼんやりと思っていた。
しかし、今年は違うのだと知ることになった。




