スキンシップ不足なんです!
お兄様はわたくしから距離を取ろうとしている。きっと彼の中で嫌な予感が急速に膨れ上がってるに違いない。
まあ、このまま手を引く気なんて、さらさらないのだけれど。
「……ダメ、ですか? お兄様」
「へティ、小さい頃は許されたけれど、僕たちはもうすぐ大人になる。兄弟とはいえ、男女なのだからそこの節度は大事だと思うんだ」
「わたくしも最近まで思っていたのです。けれど、お兄様もトミーも周りの人たちが皆、成長していることを実感した時に言いようのない寂しさが込み上げてきましたわ」
「あ、ああ。まあ、そう言うこともあるよね」
お兄様、そこは心を鬼にして反対しないと、こちらの思う壺ですわよ。
「色々考えた結果、やはりスキンシップは大事だなと言う結論になりましたの。ほら、挨拶でキスすることもあるではありませんか。それに比べたら、ハグなんて軽いでしょう?」
「いや、それは」
「お兄様は、わたくしのこの寂しさを埋めてくれませんの?」
「へティ、頼むから言葉を選んでくれ。後、へティはすごく魅力的なんだ。いくら兄弟といえど、あまりそういう表情をするんじゃない」
「まあ、どのような表情ですか?」
「ぐ」
お兄様、やはり女性の扱いはまだまだですね。実の妹すら躱せないようであれば、婚約者を見つけるときに苦労しますよ。
何せ由緒正しき、スタンホープ侯爵家の次期当主なのですから。そして物腰柔らかな紳士と来れば、引くて数多ですのに。
ご自分の価値をわかってらっしゃらない。
そしてお兄様がこの状況を打開しようと、思考を巡らせたその隙を逃すなんてこともしない。
お兄様に素早く近づき、その胸に飛び込んだ。
「ちょ、へティ!」
驚いた声を出したけれど、反射なのかしっかりわたくしを支えるように腰に腕を回すお兄様。
あら、意外とそういったことは自然とできるのね。
内心は感心しつつ、無邪気な風を装ってお兄様を見上げる。
「あら、口では色々言いつつ、しっかり抱き止めて下さるんですね!」
「へティ、流石にわかるぞ。その表情は楽しんでいるな」
「いいえ。しっかり受け止めてくれたので、喜んでいるのですわ。お兄様、結構がっちりというか、鍛えていますでしょう? 良い筋肉をしていらっしゃいます。わたくしも頑張らなくては」
「いや、へティ。それ以上魅力的になったら、本当に傾国の魔女になるからやめてくれ。後、そろそろ離れて欲しい」
む。そんなことをいうか。
反論と言わんばかりに、さらに体を密着させる。
「そんな……お兄様、わたくしと一緒にいるのが嫌なのですか?」
「ちょ、さらにくっつかないで、色々当たってる。絶対わかってやってるだろう⁉︎ へティは昔からそういうところがあったから!」
「そう言うのなら、わたくしの腰にまわした腕を外したらいかがですか?」
今でもお兄様の腕はわたくしの腰に回っている。
多分、そこまで意識が回っていないのだろう。指摘すれば、ものすごい勢いで腕が離れた。
なんの無実を証明したいのか、両手を上げて降参のポーズだ。
お兄様は言葉にならない言葉を発している。その様子を見て、気の毒になり流石にそろそろ離れようとした時。
後ろから何かに包まれる。そのまま前に押されて、離れようとしたお兄様にまたくっつく形になってしまう。
わたくしの腰の辺りに、お兄様と反対方向から腕が伸びている。その腕はわたくしを通り越して、お兄様に届いていた。
この空間には使用人を除けば3人しかいない。と言うことは。
「では、兄上。僕もハグすれば問題ないですよね。男女2人きりという訳ではないのですから」
やはりトミーだった。愛らしい顔とは反対に、わたくしを包み込んでしまうくらいには体が大きくなっている。
お兄様やフレディ様よりはまだ未発達だけれど、鍛えていないわけではないとわかる。
「いや、トミー。それ、君が言えないセリフ第1位だと思う」
「それは少し前の僕でしょう。今は兄弟、家族の触れ合いですよ」
そう言いながら、トミーはわたくしに体重をかけてくる。当然、サンドイッチ状態で体を支えるなんて高等技術ができるわけもないので、お兄様に体重をかけることになる。
苦しいけれど、これはこれで幸せな空間なのでは? だって男性の(主にお兄様)筋肉を堪能しているし、後良い匂いがする。
お兄様とトミー、香水をつけているわけではないのに、この爽やかで安心する香りは一体……?
「と、トミー、せめてこちらに体重をかけるのをやめてくれ」
「兄上が逃げそうなので」
「いや、へティっ。へティが潰れるから!」
「大丈夫ですよ。呼吸ができるように確保していますし。それに姉上を見てください。幸せそうですよ。ねぇ、姉上?」
「ええ。これは良いですわね。いい匂いですわ」
「だからへティ、言葉を選んで……もう僕には手に負えない……。父上、母上、はやく来てください……」
そう、諦めたお兄様。ついでに力を抜いてしまったらしい。
後ろに倒れ込みそうになる。流石にそれは危ない。
「お兄様っ。踏ん張ってくださいっ」
「も、もう、無理」
「うわあー」
わたくしも踏ん張ることが出来ずに、お兄様に完全に寄りかかる。と言うよりトミーに押された気がする。いや、絶対そうだ。だって棒読みの悲鳴あげたし。
そして3人揃って、床に倒れ込んでしまった。もちろん、一番下はお兄様である。
お兄様は完全に被害者ではあるが、兄としての意地なのか、責任なのか、しっかりわたくしたちを抱え込んで倒れた。
お兄様、マヂ紳士。
あら、こんな言葉どこで覚えたのかしら。
おかげで全く痛くない。トミーが乗っているので重いけれど。
「うっ……」
「お、お兄様、大丈夫ですか?」
流石に心配になって聞く。
「し、下が絨毯だから、痛みはないよ……。ただ、流石に重いっ……退いてくれ」
「えー僕、もう少しこのままが良いです」
「トミィぃぃぃぃ」
わたくしはトミーに乗っかられているので、身動きが取れない。けれどトミーは動く気がないようだ。
これ、もしかしなくてもわたくしのせい? けれどトミー、あきらかに楽しんでいる。
だった、背中で小刻みに震えているのが伝わってくるもの。絶対に笑いを堪えている。
お兄様からは表情が見えるのだろう。悲痛な声をあげている。
「それじゃあ僕が下になりましょうか?」
「それは許さない。兄として」
「お兄様、矛盾していること言ってるの、わかります?」
久しぶりにそんなブラコン発言聞いた。
トミーの言葉の後に間を置かず、いや食い気味で否定している。
「それじゃあ兄上、もう少し頑張ってくださいね。それか力ずくで退かしてください」
「そんな、へティとトミーにそんなこと出来ない。うう……」
「お兄様、そこは心を鬼にしないと痛い目を見ます……いえ、既に見てますね」
「2人が幸せならいいよ。僕は下敷きになる」
「ええ……」
「良かったですね、姉上」
「良かったのかしら? お兄様の将来が心配だわ」
「大丈夫ですよ、多分」
その言葉と同時に、頭を撫でられる感覚がする。
お兄様が先ほどとは変わり、優しい表情でわたくしの頭を撫でている。
え、この短時間でどうしました?
「確かに人の体温は心地いいね。重いけれど、幸せな重みだ」
「お兄様……」
「ええ、いいですね。それになんだか眠くなってきましたね。このまま寝ます?」
「トミー、幸せな重みだと言ったけれど、これでは僕は寝れない」
「そう言う話ではないです。床で寝ないでください」
思わず突っ込むと、2人にわたくしが言うことではないと言うふうに笑われた。
その通りだけれども。
笑い続ける2人に釣られて笑う。
3人で笑っていると、お父様とお母様がやって来た。
流石にこの状況には驚いたらしく、珍しくポカンとした2人の表情にさらに笑いが込み上げてしまった。




