センチメンタルな気分です
そして邸に帰宅する。部屋に戻り、制服から着替える。楽な、けれど上等の布を使ったシンプルなワンピースだ。
腰の辺りまで伸びた髪をそっと撫でる。アリスブルーの髪色はお父様似、ウェーブの髪質はお母様似。自慢の髪だ。
そして引き出しからトミーから貰った髪飾りを取り出した。翡翠色のガラスが揺れる。
指で髪飾りの輪郭をなぞりながら、物思いに耽る。
(当たり前だけれど、日々皆変化している。未来に向かって進んでいる。一抹の寂しさを感じるのは、どうしてかしら……)
悪いことではないはずだ。だってわたくしたちは努力したうえで変化しているのだから。
それでもこの言いようのない感情。センチメンタルな気分に浸る。
気持ちを切り替えるように、髪飾りを机に置き両手で頬を勢いよく叩く。
そしてトミーから貰った髪飾りで乱雑に髪を纏めて、気合を入れる。
脚を大きく開き、腰に手を当ててゆっくり落とす。下がりきったところで数秒堪え、ゆっくり腰を上げる。
ワイドスクワットだ。これがかなりきついのだ。
「3…………4…………5…………」
雑念を払うように腰を落とし、お尻と内腿の筋肉の感覚に集中する。
段々効いてる部分が重くなってくる。
「さん、じゅうっ……く、まだっまだ」
ここだ。限界と感じてからさらに5回。もう脚がプルプルしている。
けれど負けない。
「うっ、あああああ」
雄叫び(声量は最小限)なんとか35回やりきって、大きく深呼吸する。
今度は床に膝をつき、両肘をつく。膝を伸ばし体が一直線になるように意識する。
お腹に力を入れて、その体勢をキープ。
プランクだ。地味な見た目に反して、とてもきつい。
ワイドスクワットしたことも相待って、汗がじんわりと額に滲む。
秒数を数える。
「20……21……22」
1分耐える。たった1分なのに、何倍にも感じるのが不思議だ。耐え切り、力を抜く。
立ち上がり、再びワイドスクワット。終われば、プランク。それを3セット。かなりきつい。
終わる頃には、呼吸がすっかり上がりきっていた。
汗が頬を伝う。夏の盛りは過ぎたけれど、まだ暑い日が続いているのもあり、汗が止まらなくなった。
タオルで吹き出た汗をぬぐいながら、最後に大きく深呼吸して呼吸が落ち着く。
やはり筋トレはいい。余計な雑念を振り払うことができた。そして強制的に思考を変えたことで、センチメンタルな気分も和らぐ。
(そうね。筋トレと同じように、築き上げてきた時間は裏切らないわ。そう、わたくしたちの肩書きが変わったとしても、積み上げた信頼、友情は変わらないわ)
やはり筋トレ。筋トレは全てを解決する。身体と一種に心も鍛える事ができる。
身体も引き締まって綺麗に見えるし、淑女に大切な姿勢の綺麗さにも影響する。
素晴らしい。
1人頷いていると。
「お嬢様、どうぞ。汗もかいたのでしょう? 水分を取ってくださいね」
「まあ、ありがとう。気がきくわね、エマ」
「当然です」
終わったタイミングでエマが冷たい水分を用意してくれる。
多分、筋トレの途中からこちらの様子を確認して、水分を用意してくれたのだと思う。
他の家はよく知らないけれど、わたくしは基本的に返事がなくても入室していいと伝えている。
もちろんそれはエマ限定なのだけれど。専属侍女で濃密な時間を過ごしているので、信頼関係も築けている。
さらにエマは気遣いの天才というのも、入室を気軽にしている理由でもある。
わたくしの返事がない時は、大体において集中していて聞こえない時だ。そっと様子を伺って、わたくしが欲しいものをくれる。
将来はとても良いお嫁さんになるに違いない。だからこそ、エマの相手はそれに見合った相手でなければ。
わたくしに協力できることは、なんでもしたい。最も、本人はわたくしに一生を捧げようとしてくれているので、今は出番がない。
わたくしのように変わることも十分に考えられるので、その時は頑張りたいと思っている。
閑話休題。
「お嬢様、これ以上魅力的になってどうする気ですか」
「あら、筋トレは日々の継続が大事なのよ。どうしても学園などでやる時間が限られてしまうけれど、そもそも筋トレってストレス発散になるの」
「それは答えなのになっています? それにとても辛そうな顔をされていましたが」
「見た目だけの作用ではないという話よ。確かにやっている時はとても辛いわ。けれど終わるとスッキリするし、何より段々できること増えるのが明確にわかるの。理想の身体に変わっている過程も、モチベーションが上がるわ」
「そうなのですか……」
「興味ある?」
「流石にそこまで力説されると、気にはなりますね」
「それじゃあエマもやりましょうよ。一緒にやる相手がいると、わたくしも助かるわ。どうしてもサボってしまうこともあるし」
エマは少し悩んで、了承してくれた。
仲間ができて嬉しい。以前にお母様に勧めて一緒にやったけれど、お母様はギブアップしてしまったし。
早速やろうというと、エマは驚いた。
「え。今ですか? この格好では流石に……」
「あ、そうよね。汗をかいたら、仕事に響くものね。わたくしの服を貸してあげるわ。身長は大きく変わらないのだし」
「そんな、お嬢様のものを借りるなんて」
「こういうのは思い立ったが吉日。勢いが大事なのよ。わたくしたちの秘密にすればいいでしょう?」
「ですが……」
「では、命令です」
「は、はい」
わたくしの勢いに、目を白黒させながら押し付けた服を受け取るエマ。動きやすいと言えど、ゆったりしたワンピースである。
この世界にスポーツウェアと言われるものはない。
エマが着替えたところで、まずは簡単な(キツくないとは言っていない)筋トレを始める。
最初は普通のスクワットだ。やはり、下半身の筋肉を鍛えることが、効率の良い道ではある。
「こ、これ、思ったよりきついですっ」
「けれどフォームは合っているわ。そのままあと3回、頑張って!」
「うああああっ」
わたくしと同じように、最後は叫び声を上げながらエマはやり切った。
「はあっ」
「すごいわ、エマ。よく頑張ったわ」
「けれどお嬢様はこれの倍はやってますよね……」
「それは経験の差よ。続ければエマだって、同じようにできるようになるわ」
「……次をお願いします」
「! ええっ」
そして30分後。
エマは意外にもしっかり食らいついてきた。負けず嫌いなのかもしれない。
「今日はここまでにしましょう。今度はストレッチをしましょう。ちゃんと伸ばしておかないと、後で筋肉痛になるわ」
「筋肉痛ですか?」
「ええ。明日くらいには、階段も辛いくらいの痛みが出る事があるの。エマはお仕事があるし、念入りに伸ばしておかないと」
「時折、お嬢様が変な動きをしていたのは」
「ええ、筋肉痛よ。確かに痛いけれど、頑張った証とも取れちゃって嬉しいのよねえ」
「……えっと」
エマが少し引いている。仕方ないだろう、痛い思いをする事が嬉しいと言っているようなものだから。
「けれど筋肉痛が必ずしも必要なことではないわ。だからストレッチして、しっかりご飯を食べてちょうだい」
「食事、ですか?」
「ええ。そうすると筋肉の回復も早いし、痛みも軽減するわ」
「わ、わかりました」
エマも水分をとりながら、ポツリと言った。
「お嬢様、騎士団で筋トレを教えても良いのでは?」
「確かに、引き締まった殿方の身体を見れるのは良いかもしれないわね」
「そうではありません。あと、殿下が不憫なのでやめてあげてください」
「あらうっかり」
けれどフレディ様は結構良い身体してたんだよなぁ。
エスコートで触れた腕とか、固かったし。
結局、フレディ様とあまり話せていないな、とふと思った。
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