特別を強調しましょう
「トミー殿とは家でたくさん話してください。学園では噂の原因になりますし」
「はい。道は違えど、大切な家族ですしそうしますわ」
「それでは話を戻しましょう。買い物ですね。髪飾りはわたくしも良い案だと思いますわ」
「彼女の好みを私はあまり知らないのですが、どうしたら良いのでしょうか?」
パトリシア様が話題を戻し、ダニエル様は少し不安そうだ。
わたくしも考える。
「そうですね。実際に見ながら好みを予想するというのも手ではありますが、メアリー様が全力で遠慮するのが見えますわ」
「わたくしもですわ。メアリー様は何かを貰うというのが苦手という印象があります」
「そうですよね。どうすれば良いのか……」
「……強引な手でもよろしいのでしたら、ありますわ」
「教えてください」
わたくしの言葉に、間髪入れずに乞うダニエル様。その素直な姿勢、素晴らしいです。
「簡単ですわ。“自分がやりたいからやっている。メアリー嬢は、俺の自己満足に付き合ってくれないのか“といえば良いのです」
「そこ、一人称を変える必要がありますの?」
「ええ。ダニエル様は学園でも、素を見せることはないでしょう?」
「あまり仲良くない人に巣を見せて弱みになってはいけませんから」
「貴族社会は大変ですわね。ふふ、わたくしたちには心を開いてくれているのですね」
「……」
無言になり、メガネを押し上げるダニエル様。メガネキャラってどうして気まずかったりするときに、メガネを押し上げるのだろう。
「良いですか、ダニエル様。少しの工夫で、想いを伝えることも出来ますわ。それは駆け引きという分類になるので、大前提として素直に気持ちを伝えることに勝るものはありません」
「はい」
「駆け引きの一つが“素“を見せるということです。分かりやすいのが、先程から話している一人称ですわね。ダニエル様の素の一人称は“俺“でしょう? それを見せると、自分は特別扱いされているという特別感を感じることが出来ます。それが良いのです。特別というのは、人間にとって何よりも変え難い感情です」
「な、なるほど?」
「ダニエル様、想像してください。メアリー様が、貴方にだけ見せる表情を。恋する乙女が見せる表情。ほんのり目元を染め、潤んだ瞳で見つめられる想像をしてください」
あまり納得がいっていないというか、いまいち理解出来ていないダニエル様に促す。
「……」
しばらく目を閉じ、わたくしのいう通りに想像するダニエル様。
と、赤い物がダニエル様の顔についている。慌てて口元を押さえるダニエル様。
とても驚いた表情をしている。ちなみにパトリシア様がドン引きしているのが確認できた。
いや、これは。
「……鼻血を出すくらいです。想像でそれなのです。お分かりでしょう? 自分のためだけの、特別感を感じる優越感を」
「あ、ああ。本当に。ちょっと待ってほしい」
「まさかそこまで初心だとは思いませんでしたわ。待ってください、ハンカチを出しますわ」
「ヘンリエッタ様は何故、平常心でいられるのですか……」
パトリシア様の引いた言葉に、ダニエル様にハンカチを渡しながら答える。
「想像力が豊かなのは素晴らしいではありませんか。この場面だけを切り取ると確かに変態っぽくはなりますが、魔術の才もあるダニエル様が想像力があるのは当然のことかと」
「……言いたいことは分かりますが、理解してはいけない気がしますわ」
「わ、私は別に魔術の才などありませんよ」
「ダニエル様、今はそれは良いですから、鼻血を止めてください。下を向いて、鼻の硬い所のすぐ下を押さえるのです」
「はい」
わたくしがピシャリというと、大人しく鼻血を止めることに専念するダニエル様。素直でよろしい。
「それにしてもダニエル様ほど見た目が整っていますと、鼻血を出してもマイナスになりませんのね」
「いえ、マイナスですわ」
「イケメンのそういう姿に興奮しません? それこそ、その姿を見れたのは自分だけという優越感にもなりますし」
「わたくしにはレベルの高いお話ですわ」
「あら、残念です」
わたくしとパトリシア様が好き勝手言っている間、ダニエル様はとても不満そうな顔をしていた。
けれど鼻血が止まらないらしく、文句は出てこない。本当に素直だな。
「話が脱線してしまいましたわ。先ほど言いました案は、メアリー様には効くと思います。ただ問題は、ダニエル様がきちんと伝えられるかになりますわ。けれど、数日前にメアリー様に、同じようなことを言って見事にデートの約束を取り付けたので、問題ないと思います」
「う、うぬ」
鼻を抑えているせいで話辛いのか、くぐもった声で返事をする。
パトリシア様も頷いている。
「そうですね。メアリー様は、いえ。ああ言われたら、断る方が失礼になると大抵の方は理解しますわ」
「分かりました。お2人とも、今日はありがとうございます。おかげでなんとかなりそうです」
鼻血は止まったらしい。ハンカチを鼻から離して、様子を見る。うん、垂れてこないし、大丈夫そう。
「いいえ。わたくしもダニエル様には心配をかけたでしょう? テストの発表の日、わたくしを案じてくれていましたし」
「あれは、誰でもそうでしょう。あんなに動揺したヘンリエッタ嬢を見たことがありませんでしたし」
「ふふ、だから、これでおあいこですわ。これからも友人として、持ちつ持たれつの関係でいましょう?」
「そうですね。パトリシア嬢も何かあれば、力になります」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますわ。……さあ、時間ですわね。メアリー様を迎えに行きましょうか」
「そうしましょう。ダニエル様は?」
「この後、殿下に詳細がわかったら教えてくれと言われているので、殿下のところに行きます」
「分かりました。では、また明日」
「はい、また明日」
そして成功を祈り、ダニエル様と別れた。
◇◇◇
メアリー様は、ちょうど教室に戻ってきたようだ。
「あれ、お2人とも待っててくれたんですか?」
「もちろんですわ。大変でしたわね」
「お疲れ様でした、メアリー様」
パトリシア様と共に、労いの言葉をかける。
「えへへ、驚きました。けれど先生のお手伝いなんて、新鮮な体験だったので良かったです」
邪気のない笑顔が眩しい。浄化パワーありそう。光属性の魔術でも放ってます?
「良かったですわ。それでは帰りましょうか」
「はい! ……ヘンリエッタ様? どうしました?」
「大丈夫ですわ。メアリー様が眩しくて、目が焼かれそうになっていただけですわ」
「それ、大丈夫じゃないですよね⁉︎」
ああ、近づかれると更に眩しい。もしかしてわたくし、穢れているのかしら。
「メアリー様、放っておきなさい。多分放っておけば戻りますわ」
「え」
「パトリシア様、それは傷つきますわ」
「ヘンリエッタ様のその奇行は見慣れていますもの。アルフィー様やトミー様に向けていたものと同じものでしょう」
「もちろんパトリシア様にも向けますっ……ぶっ」
「結構ですわ」
勢いよく抱きつこうとしたら、顔に鞄を押し付けられた。ぐすん。
「メアリーさまぁぁぁ」
「よしよし」
「メアリー様、甘やかしてはなりません」
泣き真似をしてメアリー様に抱きつくと、頭を撫でられる。
パトリシア様は顔を顰めている。母親かな? とも思ったけれど、言えば雷が落ちることが確定するので黙っていた。
……もう何年かすれば、こういうことも無くなってしまうのだろうか。
いずれ、道は別れていく。わたくしとトミーのように。
それでも、なんらかの形で繋がっていきたい。
ふとそんなことを思った。




