思わぬ攻撃を受けました
「では、まず観劇の内容から考え直しましょう」
「はい。ただ、私は観劇を見たことがないので、自分も何に興味があるのか分からないのですが」
「ではダニエル様は、本であれば創作物は読みますか?」
「……」
「あ、分かりました。大丈夫ですわ」
「何も言ってません!」
「沈黙が何よりの答えです」
なんとなく想像していたけれど、やはりそういった類の本も読んでいないらしい。
想像もあまりつかないもの。ここで逆に恋愛ものなどを読んでいたら素晴らしいギャップになるとは思うけれど、結局本人の好みの話だし。
「まあ今までと違う世界を知りたいということでもあるのでしょうか?」
「そうですね。私はどうも頭が固いので、父にも言われているんです。今回のことは丁度良い機会かと思いましたし」
「なるほど。それならば、観劇は観るという方向で。今はどの様な観劇があるのでしょうか?」
「今は先にダニエル様が言っていた、恋愛もの。それから陛下の若かりし頃の活躍もの。後はオペラですわね」
サッとこちらの望む情報を提供してくれるパトリシア様。
「流石パトリシア様ですわ」
「ヘンリエッタ様が疎いんですのよ」
少し呆れている。う、確かに興味なかったな。読書はしていたけれど。
「それではダニエル様、この中に気になるものはありますか?」
「そうですね、……陛下のお話が」
「「やっぱり」」
「何故ですか⁉︎」
重なった言葉に、ダニエル様は腑に落ちないという表情をする。けれどわたくしたちはダニエル様のことを考えれば、自ずとどれを選ぶかは簡単に予想できる。
「ええ、正直に申しますと、恋愛ものはお2人にとってハードルが高い、オペラはきっと造詣が深くないであろうと想像すれば、導き出される答えは一つですわ」
「う……」
パトリシア様の言葉に、気まずそうに俯いてしまうダニエル様。
それにしても、パトリシア様も人を見る目が磨かれてきたな。本人も以前に、見る力をつけるようにした様なことを言っていた。
「まあ観劇ですし、お堅いものではなく民衆にも分かりやすいようにアレンジされていると思いますし、良いと思います」
「そ、そうですか」
「念のため聞きますが、まだチケットは取っておられませんよね?」
「はい、貴女方に相談してからにしようと思っていましたので」
「それでは決まりですわね」
パトリシア様が観劇についてまとめる。
「では次はランチですわね」
「ここではメアリー嬢の好みも考えた方が良いということですね」
「その通りですわ。……しかし、メアリー様はなんでも美味しく召し上がっておられますし、好物と言われるとわたくしも断定ができませんわ」
パトリシア様も首を傾げている。わたくしもそこは断定出来ない。であれば。
「ならば、大衆料理店……は流石に、あれですが。色々な料理を取り扱っているお店はいかがでしょう? 高級店はある分野に精通したシェフが多いですし」
「なるほど。そういうことなら知っている店があります。お値段も、先に考えていたお店より下がりますし」
おおっ。逆に何故そこを第一選択にしなかったのだろう。あれか、やはりデートということで、一番良いところを案内したかったのかな。
「それならば、メアリー様も萎縮しすぎることはないでしょう」
「……殿下やアルフィー殿だと、ここまで来るのにももっと時間がかかっていたのですが……お2人とも流石ですね」
ダニエル様の言葉に、わたくしは少し意外に感じてしまう。
「お兄様はまだしも、殿下まで? ……いえ、お忙しくされておられますし、仕方ないかもしれませんね」
「サラッとアルフィー様に辛辣なことを言ってますわよ」
「だってお兄様、わたくしたちと一緒にいることが多くて、女性の噂をとんと聞きませんのよ」
「ああ……」
色々納得することが多かったのか、微妙な表情でパトリシア様は黙り込んでしまった。
ここは話題を変えよう。本当に時間がない。
「まあ、そこは置いときまして。最後にお買い物ですね」
「はい。何かプレゼントもしたいのです」
「素敵ですわ。そうですね、まだお2人は付き合っているわけではないですし、形に残らない方が無難かもしれません」
「つっつきあっ」
「何故ここに来て、その言葉で赤くなるのですか」
呆れてしまう。というより、ダニエル様の線引きが分からない。
「そうなると食べ物ですね。お花も良いですが……意味合いを考えないと後々面倒なことになりますわ」
「お花は内容によっては重くなりますしね」
「女性は花を貰うと喜ぶものかと……」
「間違いではありません。嬉しいですわ。しかし、花言葉や色、本数によっても意味が変わってくるのです。メアリー様もそのことを知っているでしょう。そうすると、ダニエル様にはハードルが高いかと思います」
「そ、そうですか」
ということで、パトリシア様と議論を交わす。
「結局食べ物と考えても、何か違う気がしますね」
「ええ。やはり物が良いでしょう。ううん、ここは実用的な物などいかがでしょう?」
「そうですね。アクセサリーはヘンリエッタ様がわたくしたちとお揃いで買いましたし。そもそも重いですし」
「そうなると、文房具でしょうか? あ、メアリー様、髪が伸びてきましたよね。髪飾りはいかがでしょう?」
「ものによりますわね。けれど、バレッタ程度なら問題ないのではないでしょうか」
「良いですね! わたくしもトミーから貰って、家ではつけているんです。……あら、どうしました?」
途中からパトリシア様の表情が変わる。何かおかしなことを言ったかしら
「ヘンリエッタ様、トミー様からプレゼントを貰ったのですか?」
「はい。領地にいるときに。お2人にも買ったアクセサリー店です。お互いにプレゼントしたんですよ」
「……ヘンリエッタ様は何を?」
「? カフスボタンですわ。ガラスの色がトミーの瞳そっくりで……」
そこまで言って、ようやくパトリシア様の変化の意味に気がつく。
カフスボタンをプレゼントする意味は……。
「……パトリシア様、言いたいことは分かりました。しかし、問題ありません。何故なら、お互いにそう受け取っておりませんので。何せその時の会話は、お互いの瞳とかではなく、トミーはわたくしの瞳の色、わたくしはトミーの瞳の色で選んだのです。おかしいと笑い合いましたわ。しかもその後、殿下の件で相談することになったのです。他意はありませんわ、トミーもわかっています」
“私を抱きしめて“そういう意味だ。けれど、その後の展開を思い出せば、トミーは知っていても行動に移していない。
今となっては、道は完全に分かれているのだ。そう、家族としてのプレゼントにすぎない。
「……まあ、そうでしょうね。特にヘンリエッタ様は昔から、トミー様を弟としてしか見ておりませんでしたし。本当にトミー様はお辛い道を選択されましたね」
「……」
急に気分が重くなりました。そういえばトミーはわたくしのために、あんなに素敵な計画を立ててくれたんだな。
改めて日が経った今だからこそ、その事実が見える。まだ1か月も経っていないのに、遠い出来事のようだ。
「トミー殿は分かっていますよ」
「ダニエル様……」
「まああの時、“失恋したばかりの僕に恋愛相談なんて傷口に塩を塗るつもりですか“なんて言われましたが……。具体的な計画には入ってきませんでしたが、お2人に相談した方が良いと言ったのも彼です。こういうことはデートされた側の意見も聞いた方がいいとアドバイスをくれました。その後殿下にデートの詳細を教えていましたよ。あの時の殿下の顔はなかなか見ない顔でしたね」
「……え、ええ」
「その時のトミー殿の表情はとても晴れ晴れしていたので大丈夫です」
「……ありがとうございます」
ダニエル様の励ましに、元気を貰ったのだった。




