キャンベル男爵
その反応はもしかして?
わたくしたちの視線を受けて、パトリシア様は両手を振る。
「いえ、わたくしもまだ、はっきりとは言えませんわ」
「そうですか」
お兄様と同じこと言ってますね。けれどこの間までフレディ様を追いかけていたのだから、慎重にもなるのかも知れない。
「わたくしよりもメアリー様ではないのですか?」
「へ?」
「確かにそうですね。ダニエル様といい感じになっていましたし」
「そ、それはっ」
パトリシア様の問いかけに、目を大きく開くメアリー様。ブラウンの瞳がこぼれ落ちそうだ。
わたくしも重ねていうと、今度はメアリー様が顔を赤くした。
「そんなっ私は元平民の男爵令嬢ですよ? そもそも身分が釣り合いません」
「……では、どこかの家の養子になるのが手っ取り早いですわね」
「現実的にはそういう話になりますね。ああ、前世で我がスタンホープ家の養子になったのですよね? ふむ、その時と状況はだいぶ違うのでわかりませんが、お父様に相談しても良いですね」
「お2人とも! 私はそんなつもりはありません!」
「あら、あんなにずっと、ダニエル様に熱い視線を送っていたのに?」
「あれは、“推す“という感情です! そんな、ダニエル様に……」
そう言うと、プルプル震え始めるメアリー様。これは自分の本当の気持ちと戦っている……かと思いきや。
「私ごときがダニエル様の伴侶なんて、ダニエル様が穢れてしまいます!」
「はい?」
「ああ……」
パトリシア様が、何言ってるの? と言わんばかりに声をあげる。
メアリー様、夢女ではないと以前言っていたな。
そして推しを神聖視している傾向もあったから、こういう思考になったのだな。
ううん、けれどあのメアリー様の表情は、恋する乙女なんだけれど。
「無理です! 私もダニエル様の眩しさに潰れてしまいます」
わたくしはイマイチ推すという感覚がわからない。
昔はお兄様などを目の保養にしていたけれど、そもそも家族が大前提にあるから神聖視はしていない。
パトリシア様もフレディ様もそう。もうなんというか、友人という括りで見ていたから。
そう考えると、やはりメアリー様は一歩引いたところにいるのかも知れない。
わたくしたちの事は友人という括りで見てくれているようだけれど、ダニエル様にはそのような括りはないのだろう。
フレディ様経由で関わるようになっていたし、自分から行くということはなかったな。
以前より距離は近くなっているけれど、最後の一線を超えていないという感じか。
誰かを推すということは、活力、人生そのものになる人もいたはず。
そう考えると、この状態が一概によくないとは言い切れないだろう。それこそ、人の幸せを他者が決めていいものではないのだし。
メアリー様が後悔しなければ、ということが大前提た。
そこを見極めないと。
「ではメアリー様、話題を変えましょう。キャンベル男爵とはいかがでした? 結構距離が縮まったようですが」
「へ? あ、えっと。おとうさ……父と腹を割ってはなしました。それでその、母のことも知ることが出来ました」
突然の話題転換に驚いたようだけれど、これ幸いと乗ってくれた。
パトリシア様から、若干責めるような視線を感じる気がするが気のせいに違いない。
「母君のことですか?」
「はい、母はあまり話したがらなかったので、知らないことも多かったんです。その中で、母はとある子爵令嬢だったということを知りました」
「まあ。どこの家ですか?」
パトリシア様が質問する。けれどメアリー様は首を横に振った。
「もう没落した家門です。没落した原因は、財政難ということでした。領地を持たない貴族だったらしく、お金を工面できなかったと」
「そうなのですね……」
「実は父と母は幼い頃から婚約をしていたそうです。父の一目惚れで。結婚式も間近に迫ったある日、突然母が、いえ、その子爵家族全員が行方不明になりました」
「……」
軽々しく相槌打てないので、無言で頷く。
パトリシア様も無言だ。
「父が子爵家を訪れた時、既に売却手続きが済んでいたそうです。それでも父は諦めきれず、母の部屋へ忍びこんだそうです。まだ運び出されていない机に、父宛の手紙があったと」
「手紙にはなんと?」
「詳しいことは書いていなかったそうです。ただ、住む世界が違うので、もう会うことはないでしょう。さようならと」
「そうですか……。しかし、今の話はキャンベル男爵からと言うことですよね? もう全て知っているということでしょうか?」
「そうです。父は到底納得できず、あらゆる手を使って調べたそうです。そして知ったのは、子爵家が莫大な借金を抱えたことで爵位を返上したこと。その子爵はギリギリまで家族にすら知らせなかったそうです。だから母の様子も変わらず、失踪の直前まで父も分からなかったということでした。けれど母の所在は掴むことは出来なかった」
「平民になった貴族は基本的に隠れて過ごすことを選びますものね」
それは犯罪に巻き込まれないためだったり、自分達のプライドのためだったりだ。
「はい。子爵家は離散。母は一人で生きる道を選んだということです。しかし、私を妊娠していることがわかって、だいぶ苦労したようです」
「まあ……」
「そして父が見つけた時には遅く、母は亡くなっていました。けれど私を見つけたと。その時は母を完全に失ったショックと、私を見つけた喜びで情緒がおかしくなりそうだったと言っていました」
微笑みながらいうメアリー様。その表情を見て、本当にキャンベル男爵とのわだかまりは無くなったのだと思った。
「父はたくさん話してくれました。母がどれだけ好きか。そして私を見つけた時の喜び。私に幸せになって欲しいと言ってくれました。……私がただ意固地になっていただけと思い知らされました」
「キャンベル男爵はずっと探していた人の忘れ形見。けれどメアリー様にとっては、今までなぜ迎えにこなかったと思うのもある意味普通ですわ。ちゃんと話し合いをして、解決ができたのなら万事解決です」
「父もそう言ってました。“受け入れてくれてありがとう“と。お礼を言われる側でしょうに……」
「それが親の愛というものでしょう」
「……そうですね」
うん、よかった。本当に。
「それで、メアリー様の幸せとはなんでしょう?」
「え? ああ、そうですね……。私は……難しいですね」
「幸せってなかなか難しいですわね」
「そういうヘンリエッタ様はどうなのですか?」
「わたくしは、家族とパトリシア様、メアリー様の幸せを考えることでしたね」
「人のことばかり……」
「振り返るとそうですねぇ。というのも、わたくしは既に幸せなので、周りのことも考える余裕があったのでしょう」
「強い」
「ふふっ」
メアリー様の漏らした言葉に、パトリシア様は吹き出した。まあ、我ながらクサいセリフだとは思いました。
「ではパトリシア様はいかがです?」
「そうですわね……。幸せ、なんて考えたこともありませんでしたね。殿下のために努力をしてきて、とにかく隣に立てる人間になろうとしていました。けれどヘンリエッタ様の気持ちに気がついて、わたくしは何がしたいか考えている時、あの時は幸せと言える時期でしたわ」
「貴族って聖人君子の集まりですか?」
「「そんなわけないでしょう」」
思わずパトリシア様と重なってしまう。
けれど、貴族ほど利己主義なものはいないというのは事実だ。自分の利益のために、相手を蹴落とすことも厭わないというのが一般的のはず。
まあそれでも。
「人による……というのが大きいでしょう。そこは生まれも育ちも関係ないと思いますわ」




