どうしてこんな状態に!?
その後どのくらい時間が経ったのかわからないけれど、もうそれはとても気まずい空気が流れていた。
わたくしは口走ってしまった内容を後悔し始めて、メアリー様は言葉が見つからないのだろう、無言だ。
そしてパトリシア様はもう沸騰している状態の赤さで、口をぱくぱくさせている。
目を配る余裕もないけれど、サロンには入ってきた(お茶のおかわりを持ってきてくれたの思う)侍女たちも困惑している。
その空気が動いたのは、その時だった。
パトリシア様の体が揺れる。
(どんな文句を言われる⁉︎ いえ、この状態でも、もしかして教えろと言われる可能性も……‼︎)
身構えていたけれど、その体が椅子から崩れ落ちたのを見た。考えるより先に体が動いて、地面に倒れるのを防いだ。
「パトリシア様っ」
「大丈夫ですか⁉︎」
メアリー様も遅れて、パトリシア様に駆け寄る。
この状態から椅子に乗せるのは厳しい。姿勢を変えてわたくしは地面に座り、膝の上にパトリシア様の頭を乗せる。
2人で確認すると、パトリシア様の目がぐるぐる状態で気絶していた。
(この目って、二次元の比喩表現じゃなくてもあるんだ……ではなく!)
「気絶していますね……」
「ええ……。やはり刺激が強かったのですね。申し訳ありません。濡らしたタオルを用意していただけますか?」
「は、はいっ」
とりあえず侍女に声をかけると、慌てた様子で出ていく。
何人か出て行ったから、家族にも伝えるのだろう。
心配をかけて申し訳ない。
時間を置かずに、濡らしたタオルを持ってきてくれる。
そのタオルをパトリシア様の額に置くと少し身じろぎしたけれど、起きる様子はなさそうだ。
「あの、スタンホープ侯爵令嬢、そのままでは」
「構いませんわ。ここにソファなどはありませんし、部屋に運ぶにも力が足りないでしょう?」
侍女に声をかけられる。多分向こうからしたら、客人が地面に座っているのが心臓に悪いのでしょう。
もし侍女が責められる状況になったなら、わたくしが守ろう。
「キャパオーバーですよね。私が調子に乗ったせいです」
「いいえ、先ほどの様子を考えるとパトリシア様もとても興味を持っていたようなので、結果は大して変わらなかったと思いますわ。それに元を辿れば、この会話の発源はパトリシア様ですし」
「そうかもしれませんが、いえ、本当にこの世界の子作りに対する考えが古いですね」
「ええ。ゲームではどうでしたの?」
「普通にキスありましたね。だから本当に驚きです」
「きっとゲームのメアリー様は元平民ということもあるからでしょうね。ヘンリエッタもきっと初心だったのかもしれませんし」
「確かに」
2人で話していると、パトリシア様から唸り声が聞こえる。
「う、うぅん」
「パトリシア様、わかりますか?」
「あ、ヘンリエッタさま……」
「失礼しますわ」
パトリシア様がわたくしの名前を呼んだ時、第3者の声が割って入った。
声の先に目を向けると、パトリシア様のお母様、ディグビー公爵夫人がやって来ていた。
メアリー様は慌てて立ち上がり、カーテシーをする。
わたくしは立てない。
「パトリシアが倒れたと聞いたのですが、目が覚めたのかしら?」
「おかあさま……」
意識が覚醒したばかりのせいか、舌足らずな声で呼ぶパトリシア様。可愛い。ではなく。
普通であれば、わたくしから夫人には声を掛けられない。学園では免除されているけれど、目上の人にいきなり声をかけるのはマナー違反だ。
メアリー様も話しかけられないので、カーテシーを続けている。
「ああ、スタンホープ侯爵令嬢、お久しぶりですね。キャンベル男爵令嬢も楽にして構いませんわ」
「お久しぶりでございます。このような姿での挨拶、申し訳ありません」
「ありがとうございます」
パトリシア様の状態を確認して、わたくし達に声を掛けてくれた。
「何があったのです?」
「えっと……」
正直に言う方が良いけれど、内容的に言いづらい。
いや、まってヘンリエッタ。ここはわたくしが言わないと。メアリー様に言わせるわけには行かない。
パトリシア様も然り。
「お恥ずかしながら、その、言いづらいことにはなりますが、恋愛の話から子の話になりまして。パトリシア様には刺激が強かったようでございます」
「子の話……?」
あ、言葉選び間違えたな。このサロンの温度が下がった。
もう少しオブラートに包むべきだったか。
淑女として、失格だった。
と考えたが、次の夫人の言葉に虚を突かれることになる。
「つまり、スタンホープ侯爵令嬢はもう、閨教育を受けていると? ……アメリア……貴女は…………」
「ふ、夫人?」
ここでまだ受けていないと言うのは簡単だけれど、じゃあどこでその情報を得たと言われれば答えられない。
あと夫人が震えながら俯いてるの、怖すぎる。
ガバっと夫人が顔を上げた瞬間に、肩が跳ね上がってしまったのは仕方のないことだと思う。
「まさかデビュタントを迎えていない子に、もう教えるだなんて‼︎ くっ……まさかそんな……! いいえ、あり得るわ」
「あ、あの」
「こうしてはいられないわね……! パトリシアへの教育の準備をしなくてはっ」
「へあ⁉︎」
あれ、夫人ってこんな人だったっけ⁉︎
いや、それは今はどうでも良い!
「夫人! お待ちください! わたくし、まだ教育を受けておりません!」
このままではパトリシア様に被害が!
現に意識がハッキリしたパトリシア様が、目を見開いている。
まだわたくしの膝に頭を乗せたままだけれど。
「まあ……けれど、知っているのですよね? どのように知ったのです?」
「そ、それは……」
「わ、私です! 元平民なので、そう言う情報も入ってきてたので、ポロっと話してしまったんです!」
メアリー様!
そんなわたくしを庇ってくれるなんて!
「パトリシアには話していないと?」
「そ、そのっ。隠すつもりとかではなく! 見てください! 今でもパトリシア様は赤くなっておられるので、刺激しないようにしておりました!」
「…………」
夫人はパトリシア様を見る。
ここで今まで無言だったパトリシア様が口を開いた。
「お母様、わたくし、勉強しとう存じます」
「「パトリシア様⁉︎」」
「お2人だけ知っているなんて、ズルいですわ! どんな困難があろうと、わたくしは乗り越えて見せます!」
すごい良い言葉に聞こえるけれど、内容が分かっている我々からすればチグハグ過ぎる。
(どうしてこうなった⁉︎)
なんでこんなセンシティブな話題が大きくなってしまっているんだ! しかもこういうことは、他者が知っているから学びたいも違うと思う!
もうパニックになっているわたくし達は、夫人の言葉を待つしか出来ない。
やがて夫人は口を開く。
「そうですね。貴女に婚約者が出来たのなら、教育を早めに始めましょうか」
「承知しました」
「「ええ……」」
まあ妥当な所だろうけれど、怒涛の流れに着いていけなかった。
わたくしとフレディ様のお話からどうしてこんなことになったのかしら。
「スタンホープ侯爵令嬢。いえ、ヘンリエッタ嬢」
「は、はい」
「パトリシアから聞いていましたが、無事問題は解決したようですね」
「……はい。パトリシア様のおかげです」
急な話題転換に驚いたけれど、しっかり答える。
もしかしたら、婚約者候補の家として何か言われるかもしれない。わたくしたちは仲良くしているけれど、普通であればライバルという関係になる。
僻みを言われてもなんら不思議ではない。
「そう。…………昔からパトリシアの話題は常に貴女の事ばかりだった。パトリシアも後悔はないようだし、我が家として悔恨はありません。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「これからも、パトリシアと仲良くしてくださいな。メアリー嬢も、貴女と出会ってパトリシアはさらに変わった。…………ありがとう」
「お母様……」
そして夫人は出て行った。
何がなんだかわからず、呆然とするわたくし達にパトリシア様は言う。
「お母様はお2人を気にかけていらっしゃいましたから……。わたくしに似て天邪鬼なところがあるので、分かりづらいと思います」
「そ、そうなのですね……」
「えっと、とりあえずパトリシア様。婚約者云々って、もう目星ついているのですか?」
メアリー様の言葉に、パトリシア様はほんのり頬を染めた。
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