初心なパトリシア様
「それで、他には? どんなことをしたのですか?」
「どんなと言われましても……あまり時間もなかったので、本当にお互いのことを話しただけですわ。わたくしたちは2人きりで話すということがほとんどなかったものですから」
思い返してもイチャイチャとかいうものではなかったと思う。
「お2人とも真面目ですわね。ここは思う存分触れ合うところではございませんの?」
「メアリー様っ! パトリシア様になんてことを吹き込んでいるのです! わたくしのパトリシア様が!」
「貴女のものではございませんわ⁉︎ ヘンリエッタ様こそ何を言うのです!」
パトリシア様から出た言葉が信じられず、吹き込んだ元であろうメアリー様に詰め寄る。
けれどパトリシア様もわたくしの言葉が信じられなかったらしい。2人でわちゃわちゃしてしまう。
そんなわたくしたちの様子を、メアリー様は楽しそうに見ている。
「いやぁ。つい妄想が進んで、色々パトリシア様にお話ししたんです! こんな取り乱すお2人が見られるなんて、頑張った甲斐があります!」
「メアリー様、何だか性格変わりました?」
絶対に前までなら、こんなことは言わなかった。限界オタク状態にも似ているけれど、明らかにそれとは違う。
何というか、いろいろな意味で強くなった。
「さあ? どうでしょう?」
そう微笑む姿も、前とは違う。気になる。
けれどその機会はまだ来ないらしい。
「さあ、ヘンリエッタ様。誤魔化しは不要です! 1から10まで話してください!」
「メアリー様、わたくしは本当に」
「まさかキスもしていないのですか⁉︎」
「正式な婚約者でもないのにしませんわ!」
「そんな⁉︎ それは殿下がヘタレすぎます! 何年もかけてようやく実った恋なのに、全く手を出さなかったのですか⁉︎」
「いいえ! 全くなんてことはありませんわ!」
「では、何をされたのです?」
「耳元で囁かれたのと髪にキスされたくらい……はっ」
しまった。口車に乗せられた。
バッと2人の顔を見る。メアリー様はニヤニヤしていて、パトリシア様の顔は真っ赤だ。
「やっぱり殿下はやる時はやりますね! ヘタレだけれど、やる時は狼になるそのギャップが人気でしたもん!」
「その情報、もっと前から欲しかったですわ!」
「ということは、夏休み前にも何か⁉︎ まさか、既成事実……」
「そんな訳ないでしょう⁉︎ それは王家の品位も落ちますわ! 壁ドンされただけです!」
「なるほど、壁ドンですか……。ええ。殿下はちゃんと一線引いてますもんね!」
「はっ。まさかわざと大袈裟に……」
「さあ? 私は何も知りません」
「メアリー様っ」
「かべどん?」
再びメアリー様の口車に乗せられてしまい焦っているところ、不思議そうな声に一旦動きが止まる。
パトリシア様には耳慣れない言葉だ。あってたまるか。
「壁ドンというのはですね。こう、相手を壁際に追いやって、腕に閉じ込めるんです! 身長差があるとより“萌えポイント“なんですよ」
言いながらメアリー様がわたくしを引っ張って実演する。
とはいえ、メアリー様は小柄で、わたくしより背が小さいので絵としては微妙というか、伝わりづらい。
けれど距離の近さはわかったのか、顔をさらに赤くするパトリシア様。これ以上赤くなったら、湯気が出そう。
「は、破廉恥な‼︎」
「まあそうですよね。これは2次元でしか許されない行為でしたね。背の大きいかたに詰め寄られるの、圧がすごいですし」
「そういう問題ではありませんわ!」
そうでした。わたくしとメアリー様はさておき、この世界の貴族の子女は貞淑さが大事だと言われている。
未婚の婚約者でもない男女が、くっつくのは破廉恥というものだ。
ここは変わらなくて、ホッとする。
「けれど、パトリシア様はよくヘンリエッタ様とくっついておられたでしょう?」
「それとこれとは別です! 御子ができたらどうするのです!」
「へ?」
「はい?」
パトリシア様の言葉に、メアリー様と2人で首を傾げる。
一瞬遅れて、顔が沸騰しそうな心地になる。
「なっ! そんな! パトリシア様、わたくしまだ清らかな乙女でしてよ! 学園でそんなこと致しませんわ!」
「そこはさすがに、問題になりますよっ」
「だって、男女が近づいたら御子ができてしまうのでしょう⁉︎」
「「はい?」」
そこでパトリシア様との間に認識の齟齬があることに気がつく。
「……パトリシア様、子供を作るために何をするかわかってらっしゃいます?」
「何を言うのです! 思い合う2人が近づいて、キスをするとできるのでしょう⁉︎ 未成年で妊娠することは推奨されていませんわ!」
「「…………」」
何だそれ。コウノトリより非現実的……なのでは?
そういえば、この世界でそう言った話をしたことがない。
わたくしとメアリー様は前世の記憶で知っているけれど、パトリシア様はもしかして知らない?
「パトリシア様、そういえば保健たいい……違う、えっと、ああ、閨教育はまだでしたよね?」
「なななななっ! なんて事言うのです! それは成人してから、デビュタントを迎えてからですわ‼︎」
メアリー様の質問で確定した。わたくしは全く、これっぽちも興味なかったし、そもそも知っていたから誰に聞くものでもなかったのだ。
「……えっと、まず落ち着きましょう。パトリシア様、深呼吸ですわ」
「落ち着いてなど……っ」
「キスだけで御子は出来ません。その話は誰から聞いたのです?」
「くっ……。ヘンリエッタ様はその時席を外しておられましたわね。王家の集まりの時に、婚約者候補の令嬢たちが言っておりましたの」
「そうなのですね。令嬢は将来、家の繁栄のために子をもうけないとならない……。きっと、誰かの話から段々とおかしくなって行ったのでしょう」
どうやったら子が出来るのか、全く知らないからこそ、好奇心で調べたものもいるのかもしれない。
前世より調べるのは難しいだろうから、断片的な情報で繋げていったのだろう。
「へ、ヘンリエッタ様とメアリー様は知っていたのですか?」
「ええ。前世の記憶で」
「私は最近まで平民でしたし。平民はそう言う情報も入ってきますからね。……むしろ驚きです。貴族は愛人を何人も持つと言う話も聞いていましたから、知らないなんてこと想像もしませんでした」
「愛人云々は、数世代前のお話ですわね。今は世情も安定しておりますし、政略での結婚も随分減りました。双方同意のない婚約も同時に」
「そうなんですね。……あれ、ヘンリエッタ様は以前政略での結婚なら希望すると言っていましたが」
「それは結婚から逃げるための方便ですわ。スタンホープ侯爵家は政略結婚を必要としていないくらいには繁栄していましたし。わたくしを溺愛しているお父様がそれを許すような状況にもなるとは思っておりませんでしたし」
「な、なるほど」
メアリー様が少し引いている。
「で、ではどのようにしたら子が出来るのです⁉︎」
そこでパトリシア様が身を乗り出しながら聞いてくる。
わたくしとメアリー様は言葉に詰まってしまう。
「え、どうします? これ、赤裸々に言ったらパトリシア様気絶しちゃうんじゃ」
「そ、そうですわね……。こうなったら」
こちらを見つめてくるパトリシア様に、言い放つ。
「パトリシア様、まだパトリシア様には早いお話でございます」
「な、何ですって!」
「なぜなら! キスごときでそんなに顔を赤くされるほど初心なんですから! 子を作ると言うのは、もっと恥ずかしい事です!」
「⁉︎」
何か言いたげに口をぱくぱくさせるパトリシア様。
「もっと経験値を貯めたら教えて差し上げますわ‼︎」
その前に閨教育が始まってほしいと思いながら、気がついたらそんなことを口走っていた。




