2人の変化
「朝からみなさん元気ですね」
「あら、ダニエル様。お久しぶりですわ」
「珍しいですわね。殿下と一緒ではないなんて」
声をかけられて振り返ると、少し呆れた表情のダニエル様がいた。
パトリシア様のいう通り、彼が一人だなんて珍しい。
「私も四六時中殿下といませんよ」
「とはいえ、殿下がいないと私たちと話さないではありませんか」
メアリー様のごもっともな意見に、ダニエル様は押し黙る。
ズレていないメガネを押し上げながら、ゴニョゴニョ言っている。
「そ、それは……いえ。殿下に頼まれたのですよ。ヘンリエッタ様の様子を確認してほしいと。殿下ご自身は、集会の直前にくるようですから」
「そうなんですね。ダニエル様がいれば心強いです」
「……ふ」
ここで違和感に気づく。ダニエル様とメアリー様は、夏休み前は普通に会話できるまでになっていた。
すぐに限界突破して気絶するメアリー様と、女性の扱いに慣れていないダニエル様は見ていてとても微笑ましかった。
けれど今は、特にダニエル様の雰囲気が柔らかくなっている。心なしか、メアリー様を見る瞳が暖かい。
なるほどなるほど。
わたくしの知らない間に、2人の距離は縮まっていたのか。
多分だけれど。殿下からの頼まれごとは本人にとってついでだろう。
メアリー様と話したかったに違いない。
込み上げる意地悪い気持ちを押し込んで、ダニエル様に言った。
「ありがとうございます」
「……本当、まさかお2人が拗れるなんて思いもしなかったので、驚きましたよ。あの後の殿下をフォローするのも大変でした」
「まあ……、それは……ご迷惑をおかけしました」
そういえば、ダニエル様も心配するような視線をこちらに送っていた。
危ない。こちらを気遣ってくれていたのに、揶揄ったら台無しになるところだった。
「いいえ。落ち着いてよかったです。……メアリー嬢のおかげでもありますね」
「メアリー様が?」
「だ、ダニエル様」
「はい。落ち込んだ殿下を宥めるのに、助言をいただきました。おかげで私でもうまくたち回ることができました」
「あらぁ」
我慢できずに、メアリー様に暖かい視線を送ってしまう。
メアリー様は顔が真っ赤だ。
「い、いえっ。私なんて、全然。ダニエル様が、殿下に信頼されていたからこそです」
「けれど私にはそう言ったことは得意ではないので。遅くなってしまいましたが、改めてお礼をさせてください」
「そんな。お礼をされるようなことなんてしてません。お気持ちだけで……」
メアリー様は普通に話せるようになったとはいえ、まだ萎縮してしまうんだな。
ここは2人の将来のためにも、助け舟を出した方が良さそうだ。
「メアリー様、殿方がここまで言ってくれているのです。断る方が失礼ですわ」
「ヘンリエッタ様……」
「それに、せっかくのデートに誘われているのです。ダニエル様の勇気を無駄にしてはいけませんわ」
「ヘンリエッタ嬢⁉︎」
顔を真っ赤にして叫ぶダニエル様。いや、ここで照れてはまだまだですわ。
わたくしたちの前で誘うくらいには、度胸が出てきているのに。不思議だ。
「まあ、違いますの?」
「ちっ…………がくは……ない」
よかった。反射的に否定しようとしてたけれど、踏みとどまった。
これで否定したら、からかいコース一直線でしたよ。危ないところでしたね。
「ほら、ダニエル様もこう言ってますわ。メアリー様、答えて差し上げて」
「え、えっと、私は」
難しいか。ダニエル様に視線を送る。
ダニエル様は、さらに顔を赤くする。頑張れ。ここが踏ん張りどころだ。
「……メアリー嬢。私が、君にお礼をしたいんだ。私の自己満足に付き合ってくれると嬉しい」
「は、はい……」
おおっ。良い転換だ。そういえば断れないぞ。
よく頑張った。
心の中で、ダニエル様に拍手を送る。
後でもう少しアドバイスを送ろうかな。経験者としての。
そんなふうに考えていたら、パトリシア様の独り言が聞こえた。
「本当に……どうして他者には的確にアドバイスできるのに、あそこまで自分が見えていなかったのかしら……」
あ、わたくしのことですね。本当に、すいません。
心の中で謝罪をした。
◇◇◇
集会が滞りなく終わった。この後は自由時間である。
フレディ様とはまだ話せていない。
ダニエル様の言った通り、集会の直前にフレディ様は現れた。
話す時間もなかったけれど、目があった時に微笑まれて口が動いた。
『後で』
そう動いたのがわかって、胸が高鳴った。もちろん、近くにいたパトリシア様とメアリー様、ダニエル様には丸わかりで生暖かい視線があつまってしまったのだけれど。
気にしていないように振る舞うのは、少し大変だった。
そんなこんなで、わたくしはフレディ様が来るのを教室で待つことにした。
そして当然のように、パトリシア様、メアリー様、ダニエル様がいる。そこにお兄様とトミーも加わって、なかなかの大所帯だ。いつものメンバーだけれど。
教室から出ていくクラスメイトが、チラチラ見て、けれどあいさつだけをして帰っていく。
うん、教室以外では基本的に好機の視線に晒されていたから、気遣ってくれているのが分かる。というより、どうしても特進クラスは高位貴族が集まりやすいから、弁えていると言った方が正しいかもしれない。過ぎた好奇心は身を滅ぼすこともあるっていうし。
しばらく話していると、フレディ様が教室に入ってきた。
「やあ、皆揃っているね。待たせたようで申し訳ない」
「気にしておりませんわ。お疲れ様でした」
「あら殿下。わたくしたちがいて、少し残念だったのでは?」
わたくしが殿下を労うと、パトリシア様がそんな意地の悪いことを言う。
「いや、ヘンリエッタ嬢が残るのなら、皆残るだろうと思っていたからむしろ安心したよ」
「安心ですか?」
「ああ。色々あったし、報告をしようと思ってね。ここではなんだし、王城に招待しようと思って」
「まあ」
それは必要なことですが、羞恥心と戦うことになるのでは?
顔が引き攣りそうになるのを堪える。うん、今までのことを考えるのなら、このくらい耐えなければ。
けれど、思わぬところから助け舟が出された。
「殿下! それではダメです!」
「え?」
「メアリー嬢?」
「私たちはこれから恋バナをする予定なんです! 殿方がいては、赤裸々にヘンリエッタ様が語れないではないですか!」
「こいばな?」
「恋のお話です! これは乙女の特権なんですよ!」
「あ、ああ」
メアリー様の勢いに、殿下が押されている。
わたくしは、これは助け舟のようで助け舟ではないと気がついた。
いや、この人数に話すよりはダメージが少ないのか? しかし根掘り葉掘り聞かれるのも……なんて考え込んでしまう。
「申し出はありがたいですが、この後わたくしの邸でそのことについてヘンリエッタ様から聞く予定でしたの。よければ、殿方には殿下からお話しするのが良いのではないでしょうか? 男女では話す内容も変わってしまうと思いますし」
「なるほど、それもそうだな。と言うわけで3人はどうかな?」
「もちろん、大丈夫です。殿下に招待していただけるなんて、光栄です」
「姉上がいない方が聞けることもありますね」
「私も問題ないです」
「では決まりだな」
「ありがとうございます。では、わたくしたちはこれで失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ。わざわざすまなかったね。また明日。ヘンリエッタ嬢も」
名前を呼ばれて、急に意識が自分の中から外に戻る。
「え? あ、はい。殿下、ダニエル様もまた明日」
「それでは行きましょう」
「楽しみです! さあ、ヘンリエッタ様!」
「え、ええ」
よくわからないけれど、この後の予定が決まったらしい。
メアリー様に引っ張られながら、歩き出した。
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