噂が広まるのは早いです
3人そろって、学園に向かう。
馬車から降りて教室に向かって歩いていると、そこかしこから視線を感じる。
「気のせいでしょうか? 何だか見られている気がするのですが」
「気のせいではないね。もしかして、へティのことがもう噂で流れているのかもしれないね」
「貴族社会は本当に噂が好きですわね。まあそう言われると人の口に門は立てられませんし、どこからか情報が漏れるのは仕方のないことかもしれませんわ」
「姉上、もしうるさいようなら一言言ってきますが」
「大丈夫よ、トミー。覚悟はしていたわ」
流石に初日から噂になっているのは予想外だったけれど。
王子妃になるのなら、注目は絶対に浴びてしまう。
正式に婚約者となるのはもう少し先とは言え、噂好きの貴族が放っておくわけがない。
「それに、トミーがそういうことはしない方がいいかもね」
お兄様が言う。
トミーもお兄様が言いたいことが分かるのか、少し顔を顰めた。
「トミーは戸籍上はスタンホープ家の養子になっているけれど、学園でのトミーの行動を見ている者も多いだろう。隠していなかったしね。それを踏まえると、噂が膨れ上がって2人や殿下に不利になる可能性が高い」
「……そうですね。僕は今、姉上と一緒にいるべきではないのかもしれません」
「トミー……」
「けれど、全く一緒にいないというのも寂しいからね。お昼とか今のままで、後は殿下やパトリシア嬢、メアリー嬢といる時なら問題ないだろう。家族ではあるのだから、このことで仲違いしたと勘違いされても面倒臭いからね」
「なるほど、こういったこともあるのですね」
お兄様、領地での教育のおかげなのか、以前より堂々としている。
トミーも複雑そうではあるけれど、納得はしているようだ。
「そうですね。姉上を守るのは殿下の役目です。僕は裏方に徹しましょう。後は1番近いところにいる、パトリシア嬢とメアリー嬢にも協力を……」
「流石にお2人にこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「きっと2人とも、言われる前にやると思うよ?」
トミーを止めようとしたけれど、お兄様に言われてしまった。全く否定できないのが恐ろしい。
その時。
「おはようございます。皆さま、お久しぶりですわ」
「おはようございます」
パトリシア様とメアリー様が後ろにいた。
向こうから話しかけてくれたおかげで、緊張することなく挨拶を返す。
「おはようございます。本当にお久しぶりですわ。お手紙で連絡は取り合っていましたが、全てお話しできませんでしたし」
「ええ。時間を作って、色々聞かせていただいたいですわ」
「ヘンリエッタ様、良かったです」
「メアリー様……ありがとうございます。メアリー様のお話も行きたいですわ」
「えへへ。多分、ヘンリエッタ様のお話が落ち着いてからですね」
「ところで、わたくしたちの名前が聞こえた気がしたのですが、何かあったのですか?」
聞こえていたのか。
わたくしが答える前に、お兄様が話してくれた。
「この夏休みの間に色々あっただろう? へティの噂がもう出回っているから、対処をしないとねって話をしていたんだ」
「なるほど。もちろん、教室などの場合はわたくしとメアリー様がヘンリエッタ様を守りますわ。むしろ噂話で絡んでくるお方は、わたくしたちの得意分野ですからお2人は安心してくださいませ」
「私たちで対処できないことは、相談しますので」
皆まで言っていないのに、スラスラと答えるパトリシア様とメアリー様。
驚くわたくしに、お兄様は微笑んだ。
「ほら、言った通りだろう?」
「あはは……」
「もう、ヘンリエッタ様は遠慮しすぎですよ。当たり前ではないですか」
「ヘンリエッタ様だけでも対処はできそうですが、守り手は多いに越したことはありません。当然です」
わたくしが思わず苦笑いで返すと、お2人が胸を張って言った。本当に頼もしい。
「ありがとうございます。頼もしい限りですわ」
「僕からもよろしくお願いします」
「ええ。トミー様も心配かと思われますが、お任せを。家でヘンリエッタ様と仲良くしてくださいね」
「そうします」
トミーのことまで気にしてくれるなんて。
「さて、そろそろ注目がすごいし、そろそろ教室に行こうか」
「はい、お兄様。また後で」
「アルフィー様、また」
わたくしとパトリシア様が声をかけて、お兄様と離れた。
4人で教室へ向かい、トミーはわたくしたちを見送ってから自身の教室へ向かった。
教室に入ると、いつもの風景だった。さすが、わたくしたちと多少の交流があるせいか、表立って騒ぐ生徒はいない。
今日は学園は半日の日程だ。
集会があるので、時間まで待つことになる。
3人で固まり、いつものように話す。
「ヘンリエッタ様、領地は如何でした?」
メアリー様の質問に、その時のことを思い出しながら答えた。
「とても良いところでしたわ。自然が多くて、とても癒されました。それに、ガラスで作った綺麗なアクセサリーもありましたの。安価ではありますが、とても質の良い物でしたわ。そう、お2人にもお土産として買ってきたのです。どうぞ」
「わあ、ありがとうございます!」
「本当に綺麗ですわね。パッと見た感じでは、宝石と遜色ありませんわ」
実はこれ、帰る数時間前に買った物である。お店の人に無理を言って、買わせてもらった。早朝の営業時間外に傍迷惑なことをしてしまったので、定価より多めに払わせてもらい、購入したのだ。
帰るための荷造りの確認で気が付いたのは、不幸中の幸いか。もう夜が更けていたところで確認したら、帰る日の早朝に店を開けてくれた。
本人たちにいうつもりは毛頭ないけれど、お土産を買うのをすっかり忘れていたのだ。
長期の旅行に行ったことが、前世以来とはいえ不覚だ。
時間が差し迫っている中、今までの一番の集中で2人に似合うものを選んだ。正直、魔物襲撃事件より集中していたかもしれない。
閑話休題。
パトリシア様には黄色のガラスが主体のブレスレット。ちなみにトミーに選んだカフスボタンより、色は淡いものだ。プラチナブロンドの輝くような髪にの色を連想して選んだ。
メアリー様には、ピンクのガラスが主体のブレスレット。こちらも髪を連想している。
ここで、少し恥ずかしさも感じながら、手首を見せた。
そこには淡い水色のブレスレットが着いている。2人に髪の色を連想して買ったので、自分の髪の色を買ってみた。
「実は3人でお揃いにしたくて……。だめ、でしょうか?」
2人は固まっている。
と、思ったらメアリー様が、顔を両手で覆って「尊い……」と呟いた。限界突破してしまったらしい。
パトリシア様は、無言でブレスレットを着ける。
そしてこちらをみて言った。
「……悪くありませんわね」
顔が赤い。可愛い。
言葉にださずに、内心悶えていると。
「あああっ! この世界の楽園はここだったのですね!」
メアリー様は、我慢できずに全身で悶えていた。
それで終わらずに、いそいそと着けてくれたので嬉しい。
「メアリー様っ、少し声が大きいですわっ」
そうは言いつつも、パトリシア様がブレスレットを笑顔で撫でてくれたので今度はわたくしが限界突破してしまった。
「パトリシア様っ! 嬉しいですわ! ありがとうございます!」
勢いそのままに、2人に飛びついた。
メアリー様は嬉しそうに抱きしめ返してくれたけれど
「ちょっと、ヘンリエッタ様! 離れなさい! ここをどこだと思っているのです!」
パトリシア様の制裁が飛んだのは、言うまでもなかった。
そして、その一部始終を見ていたクラスメイトは、いつもの風景だと妙に安心したという。




