夏休みが終わります
色々あった夏休みだけれど、終わりが近づくとあっという間だったと感じる。
気がついたら、王都に帰る日になった。
ここの使用人たちとお別れの時間だ。
使用人総出でお見送りをしてくれる。
「皆、今日までありがとう。君たちがこの邸を守ってくれるから、私たちは安心して王都へ向かうことができる」
「とても良い日々を過ごせました。またこちらにくるのが楽しみですわ」
お父様とお母様がそう言うと、使用人たちは嬉しそうにしながら頭を下げている。
本当にお父様とお母様を尊敬しているんだろうな。
「いつでもお帰りをお待ちしております。道中お気をつけて」
侍女長の言葉に皆頷いて、馬車に乗り込んだ。
行きと同じように、男女で分かれて乗り込む。
ゆっくりと馬車が動き出した。
皆に手を振りながら、お母様に言う。
「本当に良い場所でした。次はいつ来れるでしょうか」
「ふふ。ヘティは妃教育が始まるものね。中々難しいかもしれないわ。けれど、滞在日数を調整すれば案外大丈夫かもしれないわね」
「そうですね」
街中に入ると、今度は領民から別れを惜しむ声が聞こえてきた。
「皆様! またいつでも戻って来てください!」
「お気をつけて‼︎」
そんな声が聞こえてくる。
手を振る事で、その声に応えた。
「今回、結局あまり外には行けませんでした。けれど皆様、惜しんでくれて嬉しいですわ」
「ヘティは自分のことと、殿下のことで精一杯だったものね。きっと領民も王家の馬車を見かけたでしょうから、察しているかもしれないわ」
「婚約者候補のお話などは割と機密情報なのではないですか?」
「その通りだけれど、殿下と歳が近いと言うだけで期待するものだわ。歳の差での結婚がないとは言わないけれど、より現実的なのは歳が近い方ではないかしら」
「そうですね。よっぽど歳の近い人が問題ありなら話は別でしょうけれど。あとは歳の差じゃないと受け入れられない方も一定数いるでしょうし、その場合もと言うことになりますね」
「そうねぇ」
「そういえば、お父様とお母様は何度か街に行ったのですよね?」
「ええ。視察がほとんどではあるけれど。アルも頑張っていたわ」
「お兄様は今回、本当に頑張られていましたね」
「そうね。この夏休みで一皮剥けたのではないかしら。予定外のこともあったけれど、概ね予定通りね」
「それはお母様が主導となっていたのです?」
「そこはアレキサンダーの名誉の為に黙っておくわ」
「それ、もう答え言ってますよね」
そんな会話をしながら、街を抜ける。
帰りの馬車は、行きと比べて穏やかだった。
行きは楽しみとお尻の筋肉痛との戦いだったから、騒がしかったと思う。
今回は多少楽になるといいなあと、願った。
◇◇◇
帰りは基本的に行きとほぼ同じ日程だ。
けれど体感的には、早く王都に戻ってくることが出来た。
これはあれだ。道をある程度把握出来ていないと道のりが長く感じてしまい、逆に把握出来ていると思ったより短く感じるのだ。
お尻も少しは痛いけれど、以前のようには辛くならなかったので安心した。
やっぱり慣れって偉大だ。
邸に到着して、見慣れた使用人たちに出迎えられた。
「お帰りなさいませ」
「出迎えご苦労。我々がいない間、邸を守ってくれてありがとう」
「皆にお土産も用意したわ。どうぞ召し上がってくださいな」
「恐縮でございます」
挨拶を済ませて、エマを含めた侍女たちとともに部屋に戻った。荷物を片付けないといけないのだけれど、1ヶ月程度も滞在すれば、結構な荷物だ。
侍女たちと協力して荷解きをしながら、なんともいえない安心感に包まれる。
領地の邸も不思議と安心感があったけれど、また別の安心感だ。
「領地も良かったけれど、こちらも慣れているからかホッとするわ」
「はい。あとは生活感の差もあるのではないでしょうか。やはり向こうは必要最低限の装飾しかなかったですし」
「そうね。厳選されていたけれど、そもそも置いてあるものの量が違うもの。ところで、エマ。自分の荷解きは大丈夫なの?」
「問題ありません。本当に必要最低限しか持たなかったので、寝る前にサッと出来るくらいですよ」
「そう。けれど慣れないことばかりで疲れが溜まっているんじゃない? 今日は早めに休んでも大丈夫よ」
「……お嬢様のお世話が出来ない方が疲れが溜まりますので、遠慮させていただきます」
「待って、どういうこと?」
わたくしからマイナスイオンか何か出てます?
けれどエマは何も答えてくれなさそうだ。ついでに周りの侍女も納得している風なのは何故なのか。
「とりあえず、無理はしないでね」
「はい、気をつけます」
そう言うしかなかった。
◇◇◇
王都に帰ってからもあっという間に時間は過ぎ、学園に登校する日になった。
久しぶりに制服に袖を通す。
改めて思うけれど、この制服センスがいい。
あと着心地もバッチリだ。制服とかって硬くて動きづらいとかあるけれど、これはしっかりして見えるのに動くのに邪魔をしない。デザイナー達の努力の結晶だろう。素晴らしい。
スキップするような足取りで廊下を歩く。
「またパトリシア様とメアリー様にお会い出来るのが楽しみだわ」
「おはようございます、姉上」
「おはよう、トミー」
「姉上、今の独り言に殿下が含まれていませんでしたが?」
「やだ、聞かれてたの? 恥ずかしいわ。……夏休み中、お2人に会えなかったのだもの。殿下は領地で会えていたし」
人によっては、想い人に会えるのが何よりも嬉しいとなるのだろうけれど、わたくしはそうではない。
そもそもお2人には色々迷惑をかけたのだ。気にかけるのは当然の事だろう。
そう思いながら首を傾げてトミーを見ると、なんとも言えない表情になった。
「それはそうですが。……いえ、殿下にはざまぁみろと思うのでいいですね」
「本音が漏れているわ。そうね、男心としては、自分が1番が良いのよね」
「それ、男女問わずだと思いますよ。姉上が少し変わっているのかと」
「人それぞれよ。そういうことにしておきましょう」
「はいはい」
そんな会話をしていると、お兄様とも合流した。
「2人ともおはよう」
「「おはようございます」」
「朝から元気だね」
「そういうお兄様も、なんだかウキウキしていますわね?」
「やはり久しぶりの学園となるとね。級友と会うのが楽しみだよ。いつもは夏休み中とかも会っていたりしたから、こんなに会わなかったのは初めてだからね」
「確かにそうですと、とても楽しみですね。わたくしもパトリシア様とメアリー様にお会いするのが楽しみですわ」
「あれ、殿下は?」
「……トミーと同じことを言うのですね。流石に四六時中会っていたいなどは、わたくしは思いませんわ」
「そうなのか」
やはり、世間一般的には想いが通じ合ったら一緒にいたいと思うものか。
まあその気持ちはわかるけれど。今ではない。
「トミーはどうだい?」
「僕も楽しみですよ。まだ殿下を見張るつもりですし」
「うん、ヘティのためによろしくね。僕は学年が違う分、どうしても見てられないこともあるから」
「任せてください」
「ねえ、わたくしってそんなに頼りないのかしら?」
思わず口を挟むと、2人揃って否定された。
「いやいや、そんなことはないよ。ただほら、恋は盲目とも言うだろう? 第3者視点も大事じゃないか」
「僕は私怨も入ってますので、お気になさらず」
「あ、はい……。わかりましたわ」
トミーは見た目吹っ切れたように見えたけれど、やはりそんなに簡単な話ではなかったようだ。
これはフレディ様にも頑張っていただこう。
トミーの為に。




