フレディ殿下との出会い
見ると、殿下が近くに来ていた様だ。
いや、こちらに来ている。流石に目立ちすぎたのだろうか。
実際に見る殿下は、想像していたよりずっと素敵だ。家族で目が肥えているわたくしも、思わず見惚れてしまう程。
そして、特徴的なダークレッドの髪とカーマインの瞳。やはり人間離れした見た目であるが、それを雰囲気で見事に親しみやすさを抱ける。
殿下は微笑んでこちらに話しかけてきた。
「やあ、楽しんでくれているかな?」
「はい、今日はこの様な場にお招きいただきありがとうございます」
お兄様が挨拶するのに合わせてわたくしたちもカーテシーをする。パトリシア様も習った。
「楽にしてくれていいよ。今日は気楽な場だ」
「ありがとうございます」
そう言われ、顔を上げる。こちらを見る殿下は優しげな表情を浮かべている。一瞬こちらを見た後、パトリシア様の方に向き合った。
「パトリシア嬢もマナーは大事だけれど、私たちはまだ正式なデビュタントの前だし、今日はリラックスしてくれると嬉しい」
にこやかに話す殿下。パトリシア様は少し吃りながら応える。
「も、もったいなきお言葉でございます」
パトリシア様の顔は真っ赤だ。恐らく殿下と会うのは初めてだろうし、緊張しているのかな。
と、殿下がこちらを向く。その眼差しに自然と背筋を伸ばした。
「スタンホープ侯爵家の話は私にも入ってくるよ。とても仲睦まじいとね。それに魔術のコントロールもうまいそうじゃないか」
「ありがたいお言葉です」
お兄様が応える。殿下は頷き、そのまますれ違おうとする。
「君もすごいね。売られた喧嘩を見事に躱したのだから」
その言葉に驚き、振り向くと殿下は何事もなかったように去っていった。
もしかして、ヒソヒソした時の内容も知ってる?
でも他の人たちは気がついていなかったはずだし、殿下はその時離れた場所にいたはず。地獄耳?
いや、流石にそれはないだろう。獣か。無いと信じたい。
冷や汗をかきながら、ふとパトリシア様の方を見る。顔は相変わらず赤い。それに目も心なしか潤んでいて、ぼんやりと殿下が去った方を見てる。
完全に恋する乙女だ。何故か胸がギュンとした。キュンではない。
わたくしにはきついことを言っていたが、こうなるととても可愛い。表情を見ているだけでこちらも幸せになれる。
(悪い子ではないのよね。初対面ということを差し引けば、言ってる事は真っ当だし。なんならきつい言葉で目立たないけれど、こちらを気遣っているものだったし)
その思考に辿り着いた瞬間、パトリシア様が輝いて見えた。好感度が限界突破した瞬間である。
我ながらチョロい気もするが気にしない。これからパトリシア様と仲良くなるために作戦を立てなければ。
「僕、殿下を初めて拝見しましたが、正直兄上よりも威厳がありましたね。なんというか、優しそうなのに強そうというか」
「殿下は幼い頃から教養だけでなく、帝王学も学んでおられる。知識だけでなく、実際に魔物討伐の指揮を取ったりしているそうだから上に立つ者としての立ち振る舞いを知ってるのだろう」
僕も頑張らなくてはな、とお兄様はつぶやく。
「でも兄上だって殿下にしっかり応えていました。僕は緊張でその場にいるのでも精一杯でしたのに」
「ありがとう」
お兄様は嬉しそうに笑う。トミーもニッコニコだ。
緊張したあとのこの光景はまさに癒し。全ての癒しがここに集まっている。
トミーがこちらを見た。
「姉上も、とても素敵でした!」
ぎゅううううん。
気がついたら、再びトミーを抱きしめていた。
「なんて良い子なの! わたくし、トミーのおかげでもっともっと頑張れるわ!」
「ちょ、姉上! だからやめてください!」
その時、後ろから不穏な空気が。
「ちょっと、ヘンリエッタ様‼︎ 公衆の面前で何をしているのです!」
パトリシア様の背後に般若が見える。
しかし、感情が昂っているわたくしは怯まない。
「兄弟の触れ合いは大事なものですわ! それにこんなに可愛い弟を抱きしめずにいられますか⁉︎ いや、いられませんわ!」
思わず反語が出てしまう。パトリシア様はプルプル震えたあと、我慢できないというふうに叫んだ。
「兄弟でも慎みを持ちなさい‼︎」
その言葉は綺麗な青空の元、よく響いた。




