呼び方を変えてみましょう
「さあ、これから忙しくなりますわね。旦那様、落ち込んでいる暇はありませんわよ」
「アメリア。誰だって君のように強くはないんだ」
「まあ、旦那様。これ以上ヘンリエッタに引かれたくなければ、ここが正念場ですのよ。それに殿下もおられるのです。スタンホープ侯爵家として無様な姿は見せられませんわ」
「私からも頼むよ、侯爵。貴方の大切な宝物を、完璧に見せなければ」
お父様、なんとかやる気になったら良いのだけれど。
しかし、お母様の声も殿下の声も今ひとつ響かないらしい。大丈夫かしら。いろいろな意味で。
と、お母様がこちらを見る。目が合うと、クイっと顎でお父様を指す。下品な仕草のはずなのに、お母様がやるとそれすらも上品なのだから不思議だ。
ではなく。なるほど、わたくしの出番ということか。
納得したわたくしは、椅子から降りて、お父様のそばへ行き、手を握る。
少し角度を意識して中腰になり、上目遣いになるように。
「お父様。わたくし、今までお父様に甘えておりましたわ」
「へティ」
「侯爵令嬢として生を受けたにも関わらず、結婚したくないと駄々をこねました。なのにお父様は怒ることなく、わたくしを見守ってくださいました」
「いや、まあ。私も一緒にいたかったしね……」
少し居心地悪そうに、目を逸らすお父様。しかし、逸らした先に移動して、無理矢理お父様と目を合わせる。
「あの時叱られていたら、わたくしは意固地になって、今も結婚は嫌がっていたかもしれません。ですから、ありがとうございます。わたくしに寄り添ってくれて」
「へティィ」
お父様の目がうるむ。
「わたくし、お父様が何よりも自慢ですわ。そりゃあ、わたくしたちには情けない姿を見せておりますが、それすらお父様の魅力です。だって、完璧な人は近寄り難いですもの。人間味があって、けれど家族のためなら頑張れるお父様が好きですわ」
「へティイイイイっ」
ついにお父様が限界に来たのか、わたくしを思い切り抱きしめる。
苦しいけれど、わたくしも抱きしめ返した。
「ごめんよ。私こそ意固地になっていた。へティは私の大切な宝物だ」
ぎゅうぎゅう抱きしめられながら、わたくしは笑った。
その後ろでお母様と殿下が、話しているのが微かに聞こえる。
「流石我が娘。100点だわ」
「ああ……。久しぶりにみた。そうだった、これは先が思いやられる」
「まあ、殿下。きっと振り回されているくらいがちょうど良いですわ。それに慣れれば、あのくらいの愛情表現が嬉しいものです」
「心臓が持つ気がしない」
「そこは頑張っていただかないと、ヘンリエッタは差し上げられませんわ」
「ぐっ」
そんなことはいいから、そろそろ助けてくれないだろうか。
視界が霞んできている。
「お、おとうさま……もう」
「ヘンリエッタああああ」
あ、これ、聞こえてない。
「ほら、あなた。そろそろ離れないと、へティが倒れます」
「はっ! へティ! しっかり、大丈夫かい?」
「な……なん、とか」
咳き込みながら、返事をする。本当に危なかった。
殿下がわたくしの背中を摩ってくれて、落ち着いてきた。
「さあ、旦那様。覚悟はできましたね?」
「ああ。アメリア、すまなかった」
「では、仕事を始めますよ。やることはたくさんあるのです。まずは陛下に謁見を申し込まないと」
「夫人。そこは私が」
「殿下、ここはお任せくださいな。これからヘンリエッタは妃教育も始まるでしょう。そして婚約発表に向けた準備で、殿下もお忙しくなるはず。将来のためにもまず2人は色々、些細なことも話すべきですわ。ここは大人の我々がなんとかしますので、気になさらず」
「夫人……ありがとう。そこまで言ってくれるのなら、任せよう」
「ええ。お任せください」
「じゃあ、行こうか。ヘンリエッタ嬢」
「え、ええ。お父様、お母様。ありがとうございます」
そうしてわたくしたちは、お父様たちと別れた。別れ際のお父様が、後ろに炎を背負っていたので、やりすぎたか心配になってしまった。
◇◇◇
わたくし達は空いている客間へ移動した。
「本当にスタンホープ家は愛情深いね」
「否定はしませんわ。ああ、そういえばお兄様だけに報告しておりませんでした」
「アルフィーは今日は出かけている……もとい追い出されたみたいだからね。盗み聞きしたけれど、流石に気の毒に感じてしまったよ」
「まあ……盗み聞きは聞かなかったことにしまして、確かに気の毒ですわ。確かに最近、やらかすことはなくとも様子が変で、わたくしとトミーが何度も問い詰めておりましたけれど」
もしかして後継者として、教育が厳しくなりつつあるのだろうか。
確かにお兄様は甘いところはあるけれど、努力されているのに。
「後でお兄様にフォローを入れておかないと。ところでお兄様に厳しいのはなにか聞いておりますの?」
「そこは上手く聞こえなかったな……。切れ切れに侯爵が"私と同じ道を辿らないように"という風に言っていたと思うけれど」
「ああ、そうですね。その言葉はお父様から聞きましたわ。それで厳しめにしていると……。なんだか複雑ですわ」
「私としては納得できるかな。アルフィーはいずれスタンホープ侯爵家の当主となる。弱みとなるものはない方が良い。今から弱点がわかっているのなら、何かしら対策した方がいいしね」
その通りなのだけれど。
「それはそうなのですが。しかし、わたくしから見るとお父様も大差ありませんでしたし、なのにお兄様だけ厳しいのは棚上げにしか感じられませんわ」
「ああ、なるほど。ヘンリエッタ嬢の言うことがわかった。トミーからそのことについては聞いたよ」
「トミーはなんと?」
「本来なら侯爵もあんまり関わらせたくなかったそうだよ。ここに来たばかりの頃、仕事漬けだったのはせめての罰ということだったらしい」
「溜め込んでいたと言う話でしたが……ああ、そういえばお母様が最初言っていましたわ。そう言うことでしたか。途中までお母様もお兄様も手伝っていなかったですし」
「結局当主であるから、手続きとかの仕事があるから今は関わっているということだろうね」
なるほど。と言うかなぜ殿下の方が詳しいのか。
わたくしに敢えて教えなかった、と言うのがありありと認識させられて、複雑な感情に拍車がかかる。
「ヘンリエッタ嬢、今回のことは私の不手際が招いたことだ。そのことを謝罪させてほしい」
「いいえ、わたくしが思いこんだのも原因ですから。……そうですね、お兄様の心配より今はお互いのことですわ」
「ああ、アルフィーには後で話そう」
とはいえ、何を話せばいいのか。
会話が足りないと言うのは自覚しているけれど、いざ話しましょうとなるとわからない。
「さあ、堅苦しく考える必要はないよ。そうだね、まずは晴れて婚約者となったのだし、呼び方から変えてみようか」
「呼び方……確かに、今のままだと変わらないですわ。形から入るのも良いですね」
「へティ……あ、すまない。まだ無理だ。ヘンリエッタと呼ばせてほしい」
わたくしの愛称を呟くけれど、顔を真っ赤にしてしまう殿下。
その姿に心臓が高鳴る。顔が暑くなるのを感じながら、頷いた。
「僕のことはフレディと呼んでほしい」
「わかりましたわ。でん……フレ、ディさま」
いけない。これはまずい。すごく、すごく恥ずかしい
名前を呼んでいるだけなのに、こんなに恥ずかしいのか。
そしてお互い無言になる。恥ずかしくて、なんといえばいいのかわからない。
「自分で言うのもなんだけれど、これは先が長いな」
「ええ、間違いなく、長くなりますわ」
「が、頑張ろう。まだ話すことは多いから」
「はい」
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