お父様とお母様に報告です
「僕のところに初めにきたのですよね? 本来であれば、父上や母上に先に言うべきだったのでは?」
「今回はトミーに1番迷惑をかけたからね。それにまだ決定ではないのだから、順番が多少前後したところで問題はないだろう」
「決定ではないって……もう陛下から、許可は得ているのに何を言っているんですか」
「そうなのですか?」
初耳な情報に驚く。
考えてみれば、殿下がここに来て当主のであるお父様の許可も得て動いているのなら、陛下が容認していても不思議ではないか。
しかしわたくしの様子を見たトミーは、眼を細めて殿下を見た。
「この様子ですと、全て話している訳ではないのですね」
「とりあえず、気持ちの確認をしたんだ。いや、迷惑をかけたからまずはけじめをつけてから、話そうと思っていたんだよ」
「わかりました。では僕はけじめをつけたので、どうぞ父上と母上のところへ向かってください。まだお2人には話す時間が必要ですし」
トミーはそういうと、殿下の背中をグイグイ押して退室を促す。
殿下は降参とばかりに両手を上げて、苦笑した。
「わかったよ。……ありがとう、トミー」
「僕はお礼を言われるようなことは何もしていません」
「僕がお礼をいいたいんだよ。それじゃ、ヘンリエッタ嬢、行こうか」
「はい。トミー。また」
そう言って、トミーと別れた。
トミーの部屋から離れて、ようやく息を吐く。やはりかなり緊張した。
「大丈夫かい?」
「ええ。ずっと気にしていたことに決着がついたというのは、緊張もかなりのものでしたわ」
「僕もとても緊張したな。この後も行けるかい?」
「ええ。流石に報告をしないといけませんし。しかしお父様はお時間空いているのでしょうか」
「それは問題ないよ。アメリア夫人が“今日は旦那様は使い物にならないはずだから、いつ来ても構わない“と言っていたからね」
「お父様……」
筒抜けなのは諦めたけれど、お父様のその状態はいかがなものか。
特に貴族という性質上、娘の結婚はほぼほぼ切れないものなのに。
もしかして、わたくしの結婚しない宣言のせいでショックが大きくなってしまったとか?
それなら申し訳ない。
「わかりましたわ。では行きましょう。お父様のためにも、早く報告したほうがいいでしょう」
「なんだか急に頼もしくなったね?」
「ええ。こういう時はさっさと終わらせるのが、優しさというものですわ」
「そうだね」
笑いを堪えながら、同意する殿下。
というわけで、さっさと執務室へ向おうとするが。
「今日は私室にいるみたいだよ」
「完全にオフなのですね。まあ、それならそれで良いと思いますわ」
方向転換して、お父様の私室へ向かう。
◇◇◇
「やあ、来たね」
「まあ、あなた。ずっとソワソワしていたのに、今更取り繕わなくても大丈夫ですわ」
「アメリア、それは黙っていてくれ。……ゴホン。さあ、かけてくれ。長くなるだろうし」
「ああ、失礼する」
殿下と並んで座る。ただ、2つあったはずのソファは1つになっていて、そこにお父様とお母様が座っていた。
まあ、今のところ口約束の関係ではあるので、仕方ないのかもしれない。
ということで椅子に腰をかけた。
「では早速本題から入らせて頂く。私、フレディ・イル・ナトゥーラはヘンリエッタ・スタンホープ侯爵令嬢と婚約を結ばせていただきたい。ここに、陛下の許可が降りていることも証明がある」
そう言うと、胸ポケットから封筒を取り出してお父様に渡す。
中を見て、お父様は大きく頷いた。
「確かに。我がスタンホープ侯爵家としても反対する理由はございません。しかし、念のため確認させていただきたい。ヘンリエッタ、決めたのだね?」
「はい、お父様。いえ、侯爵様。どうか、わたくしと殿下の婚約を認めていただきとう存じます」
「……わかった。2人の気持ちはとても硬いようだ。行った通り、反対する理由はない。ヘンリエッタ、すまないが」
「はい?」
「“お父様“と呼んでくれないか」
「……お父様」
「ありがとう。もう大丈夫だ」
わたくしの侯爵呼びに大ダメージを受けてしまったようだ。
けじめのために言ったけれど、よくなかったかしら。
とお母様が堪えられないとばかりに、笑い声を漏らした。
「ふふっ。旦那様ったら。殿下、お許しくださいね。旦那様は、本当にヘンリエッタが大好きなものですから」
「スタンホープ家の皆が、ヘンリエッタ嬢を愛しているのは、重々承知している。私もヘンリエッタ嬢を幸せにできるように、努力していくつもりだ」
そんな本人の前で言わないでいただきたい。恥ずかしい。
お父様も同じ気持ちなのか、俯いてしまっている。
ただ、これだけは言っておかないと。
「殿下、違いますわ。2人で幸せになるのです。どちらかに負担を強いる生活など、長続きしませんもの。お互いに尊重して、歩み寄っていけたら素晴らしいと思いますわ」
「ヘンリエッタ嬢……」
「まあ、この間まで恋愛への情緒は幼子と同じくらいだったのに、短期間でここまで成長するのね」
「お母様、幼子ではなく、避けていたのです。そこを間違えないでください」
「あら、失礼」
そんなやりとりをしていると、殿下に手を握られる。
突然のことに驚いて殿下を見ると、嬉しそうに微笑む殿下に心臓が跳ねた。
「ありがとう。ヘンリエッタ嬢」
「な、なぜお礼を言うのです。当然のことですわ」
お父様とお母様の前で、ラブラブな雰囲気は出したくない。もう決まったようなものだけれど、ここはわたくしのプライドだ。
必死に平静を装ったせいで、だいぶ返事がぶっきら棒になってしまう。
けれどそんなわたくしの努力も虚しく、お母様が爆弾を落とした。
「まあまあ。こうしているのを見ると、あの時を思い出すわ」
「あの時?」
いつの時? 殿下と手を握るなんて、してこなかったと思うけれど。
特にお父様とお母様の前では。
「ええ。へティが魔力暴走を起こして倒れた時があったでしょう? その時、時間ギリギリまで殿下がそばにおられて、手を握ってくださっていたのよ」
「えっ」
「あら、その様子だとまだ話をしていなかったのですね。殿下、せっかくのアピールポイントでしたのに」
「私としては、みっともなく取り乱してしまったからね。恥ずかして言い出せなかった。それに、自分から言うと価値が半減してしまうだろう」
「そうですわね。こう言うのは他者から聞いてこそ、美談に感じるものですわ」
「え、殿下? 本当に?」
「アメリア夫人の言う通りだよ。パトリシア嬢やトミーから話を聞いて、途中までいたのだけれどどうしても外せない公務があったんだ」
本当なら目が覚めるまでそばにいたかった、なんてぼそっと文句を言っている。
ここであの時感じた疑問を思い出す。
「そういえばお母様は言ってましたわ。気を失っている間手が温かいと感じていたことを話すと、そのうちわかると……」
「ええ。殿下がおられる間は皆席を外していたけれど。少し開いた扉から殿下がへティの手を握ってくださっているのが見えたわ」
「2人きり⁉︎」
「いや、へティ。流石にその時は婚約者でもない、未婚の男女だ。扉は開いていたよ。開いていた」
急にお父様が口を挟んでくる。というかそれ、自分に言い聞かせてません?
「ある意味、あの時の騒動の原因は私、だからね。何かしてあげたくて。ヘンリエッタ嬢が感じてくれていたのならよかった」
「あれは頭の足りない方々の暴走ですわ。殿下は巻き込まれただけです」
そう言いつつも、あの時のことを鮮明に思い出してしまい、顔が熱くなってしまった。




