けじめをつけましょう
話をした3人とも、その元カレもとい、クソ野郎にいい感情を抱いていないらしい。いや、わたくしももちろんそうなのだけれど。
わたくしより気にしているというか。
「ヘンリエッタ嬢、君がそれほどまでに影響を受けたということは、よっぽど辛い目にあったんだと想像できるんだよ。僕たちだって君の性格は知っているつもりだ。だからこそ、はらわたが煮えくり変えるような思いなんだ」
「殿下……」
「それがなければ、もっと早くヘンリエッタ嬢を落とせていたかもしれないのに」
「台無しですわ」
それを本人に言います? 感動を返していただきたい。
「どちらにしても、初めは同じように逃げたかもしれませんわよ?」
意地悪をしたくなり、そんな風に言う。
「僕、結構優良物件だと思うのだけれど。王族で、顔も割と整っていると思うし」
「どうしました? キャラが変わっていますわ。本当に殿下ですの?」
「いや、客観的事実だね。最初は社交辞令だと思っていたんだけれど、あまりにも令嬢から熱い視線を受けることが多くて」
「ああ、なるほど。流石にそう言ったことが多いと事実として受け止めますわね。わたくしも自分のこと、割と綺麗だと思っていますし」
「そうだろう?」
「ですが正直、周りの顔面偏差値が高すぎるとは思いますの。家族全員とも見惚れることもありますし、パトリシア様もメアリー様も系統の違う美少女ですもの」
「それは確かに。これも君たちの言う“乙女ゲーム“が関係しているのだろうか?」
「そうですね。やはり物語の登場人物は、それなりに顔が整っていた方がいいですもの。観劇も、顔が整っておられる方が多いですし」
「そう思うと少し複雑だな」
「しかし先ほども言ったように、世界観が似ているだけですわ。それに、わたくしなんて侍女たちのおかげでさらに自分を磨けていますし」
「それを言うなら僕も体型は気を遣っているね。うん。努力の結果というものか」
「そういうことです。なんだか結構脱線しましたわね」
この会話だけ切り取れば、ナルシスト同士の会話にしか聞こえない。
「まあ、過去の話はこれくらいにしておいて」
殿下が再びわたくしの手を握る。
「改めて、僕の伴侶になってくれないだろうか?」
「はい。至らないところも多いですが、殿下の支えとなれたら望外の幸せですわ。よろしくお願いします」
今度はお互いに、声は震えていなかった。
思わず笑い合う。
「ハハッここまでとても長かったな」
「そうでしょうね。わたくしは自覚してから期間が短いので、濃密だった、という感想ですわ」
本当にここ数ヶ月、色々あった。けれど、ここで喜びに浸るわけにはいかない。
「殿下、わたくし、けじめをつけとう思います」
「ああ。僕も1発殴られに行こうかな」
「まあ。王族に危害を加えれば、即処罰されてしまいますのに」
「僕が言わなければ、何も問題ではないだろう。相手の出方次第だけれど」
わたくしにも止める権利はないかな。もし本当に処罰されることになったら、わたくしも一緒に受けよう。
「では行こうか」
「はい」
頷いて立ち上がる。
2人とも思いは同じようで、エスコートなどなしに歩き出した。
向かう先はトミーの部屋だ。
◇◇◇
「どうぞ、お入りください」
トミーの部屋の扉をノックすると、誰と問うこともなく入室を許可される。
位置的にわたくしたちのことが見えていただろうし、わかっているのだろう。
「失礼しますわ。トミー」
「失礼」
2人で入室する。
トミーは窓から外を見ていた。けれどゆっくりとこちらに向き直る。
「……その様子だと、ちゃんと話せたようですね」
「ええ。トミーのおかげですわ」
少し言葉に迷いながら言う。
トミーの瞳は髪に隠れて見えない。
「じゃあ僕も区切りをつける時ですね」
そういうと、トミーはわたくしの前まで近づいてくる。隣にいた殿下は数歩後ろに下がった。
「姉上……いえ、ヘンリエッタ嬢。僕は貴女を愛しています。家族としてではなく、一人の男として」
今までこんなに真剣な眼をしたトミーを見たことがあっただろうか。
前で組んだ両手に力を入れて、声を震えさせないように意識する。
「ごめんなさい、トミー。わたくしにとって貴方は家族以上の感情はないわ」
せめてと、バッサリ、ハッキリ答える。トミーの眼を見つめて。
トミーも眼を逸らすことなく、苦笑した。
「知っていましたよ。全く、僕は完全な当て馬ですか」
「何を言うんだ。僕にとって、トミーは最大のライバルだ」
「勝者のセリフですか」
「僕があのままだったら、勝者は君になっていただろう?」
殿下、トミーにも素を見せているんだな。と場違いなことを考えていた。
なんだろう、この公私で一人称を使い分けるの、いいよね。
あまりにも2人の会話が小気味よく続いているので、わたくしはおいてけぼりだ。
「本当に、あの頃の殿下は情けなかったですね。外堀を埋めるのは大切でしょうが、肝心の姉上に逃げられそうになってしまうなんて」
「わかるだろう? ヘンリエッタ嬢は逃げるのが上手いから、外堀埋めて逃げられないようにしようとしたんだ。あれは予想外だったんだ」
「そもそも行動が軽率でしたよね。婚約者筆頭候補と、2人きりになるところを見られるなんて」
「あれはパトリシア嬢の真意を確かめたくてだな」
「それのせいで姉上の勘違いが決定的になったのではないですか? 殿下といえど、やはり間違えることもあるのですね」
あれ、いつの間にかトミーがネチネチ口撃している。トミーにはわたくしの悩んでいる姿も見せてしまったし……口を出せないな。
「姉上がどれだけ悩んでいたと思うのです? 泣き腫らした目で朝食に現れたかと思えば、触れてくるなオーラ全開にしていますし」
「え」
「嘘⁉︎ 目の腫れは引いてから、家族に会ったはず」
そこから筒抜けなのは予想していたけれど、泣いていたのもバレていた⁉︎
殿下はひどく驚いた表情をして、トミーはさらに追い打ちをかける。
「確かにある程度引いていましたけれど、それでもわかりますよ」
「そ、そんな……。本当に筒抜け……」
「そういうことですね」
崩れ落ちそうになるけれど、殿下の様子に我に帰った。
「で、殿下? 大丈夫ですか?」
「ヘンリエッタ嬢、すまない。僕の軽率な行動で」
「い、いえ。わたくしも、確認しなかったのがいけないのです」
「ヘンリエッタ嬢を泣かせてしまうなんて……」
わたくしの言葉が届いていない。後悔の念に包まれている。
どうしよう。
オロオロしていると、トミーが殿下の前に移動する。
止める間も無く、それは綺麗な手刀を殿下の脳天に叩き込んだ。
「ぐっ!」
「ト、トミー⁉︎ 何を⁉︎」
殴られるなんて言った殿下だけれど、本当に殴られた! この場合は手刀だけれど、大差ない。
「その程度で我を忘れるなら、姉上を任せられませんね」
「トミー……もう少し手加減をだな……」
「8割は私怨が入ったのでつい」
「まあ、ある意味これも目的だったから……。しかし、そこは拳じゃないのか?」
「やられた側が何言ってるんですか……。というか被虐趣味でもお持ちなんですか?」
「そんなことはない。トミーに迷惑をかけたからそのケジメというか」
「殴ったらその分僕も痛いじゃないですか。それに、僕は殿下を認めているんです。でなければ、今も愛している人を渡そうなんて思いません」
「……ああ。トミーに幻滅されないようにしなくてはな」
「厳しい目で見ますからね」
「頼むよ」
そんな会話をした後、トミーは再びわたくしに向き直った。
「姉上。絶対に幸せになってくださいね。姉上の幸せが僕の幸せです」
「ありがとう、トミー」
「殿下の気に入らないところがあれば、僕が矯正しますので、遠慮なく言ってください」
「頼もしいわね」
本当に年下に見えない。
3人で声を出して笑った。




