整理しましょう
それより聞かれたことには答えないと。
「わたくしの好きな花ですか。えっと……」
まずい。出てこない。色々花は出てくるのだけれど、好きな花が絞れない。
「お嬢様、不躾な質問をしてしまったようです。お許しください」
庭師が頭を下げる。ああ、そういうことではない。まずい。
「いいえ。ごめんなさい。そういうわけではないの。えっと、そう。わたくしは、この庭園が好きだわ」
「ありがたきお言葉です」
「何が言いたいかというと、花ってそれぞれに個性があるから。どの花もとても綺麗で、けれど比べるものでもないと思ったの。だから1番とか考えると出てこなくて」
慌てて弁明していると、侍女長が笑っている。
「ふふっ。ああ、失礼いたしました。お嬢様も、そのように慌てることがあるのですね」
「ええ。どうしたら伝わるか、さすがに焦ってしまったわ」
「しかし、彼もそのことは十分にわかっています。彼が珍しいことをしたのです」
「はい、慣れないことはするものではないですね」
庭師も目線を逸らしながら言った。
「まあ、そうなの? もし何か目的があるのなら協力するのだけれど」
「それは……」
「?」
なぜか口籠もってしまった。
言いづらいことを質問してしまったか。
「では私から聞きます。お嬢様、誰かに花のプレゼントをするときに、どのようなことを考えますか?」
侍女長の問いに考えた。
「そうね。先ほどはああ言ったけれど、その相手の好みをまず優先するわ。それから、その花に込められた意味も考えるかしら」
「さすがお嬢様です。花言葉までお考えになられるとは」
「もちろん、相手が気がつかない場合もあるだろうけれど、それでもいいと思うの。プレゼントってある意味あげる側の自己満足でもあるわけだし」
「なるほど。けれどそこまで考えられてプレゼントされたものは、相手にも伝わるものです。きっと今までお嬢様がプレゼントを差し上げた方は、とても喜んでおられたでしょう」
「そうね。わたくしも、その反応を見て嬉しかったわ」
自然と笑顔を浮かべながら言うと、庭師に頭を下げられた。
「ありがとうございます。とても良い勉強になりました」
「いいえ。それではこの辺で失礼するわ」
「はい」
そうして今度こそ、庭園から離れたのだった。
◇◇◇
「それにしてもいきなり花の好みを聞かれるなんて、驚いたわ」
部屋に戻り、独り言を呟く。
「そういえば、庭師って結婚しているのかしら? 恋人……伴侶に送るプレゼントで悩んでいたとか?」
少し考えたけれど、まあいいかと思う。
自分のことも整理したいので、また思い出したときに聞いてみよう。先に自分のことを解決しなくては。
そして紙を用意する。頭で色々考えるより、紙に書けば視覚でも確認できてより整理しやすくなる。
とりあえずどうしよう。こう言う時って、本当に頭が色々考えてしまうから何をまとめたいかもわからなくなる。
「とにかく、書いてみましょう。えっと……‘’殿下が好き‘’……」
書いてみたはいいけれど、とても恥ずかしい。ラブレターを書いているようだ。
急に体温が上がる感覚だ。暑い。
「くっ……ヘンリエッタ、ここに耐えないと前に進めないわ。頑張るのよ」
自分で自分を奮い立てさせながら、ペンを握りなおす。
――殿下に好かれている――
「ああっ! 落ち着くのよ、ヘンリエッタっ。これは自意識過剰ではなく、客観的な事実よ! やましいことなどないわ!」
そう叫びながら、手にしていたペンを放り出す。
もう暑すぎて汗をじんわりかいてしまっている。なんとか落ち着こうと、水指から水を注いで一気に煽った。
「そうよ、わたくしの意見ではないわ。トミー、お母様の意見でもあるのよ。そう、パトリシア様とメアリー様も言っていたのよ。自意識過剰ではないわ」
もはや誰に言っているのかわからないが、とにかく口に出さないと落ち着かない。
既に気力がゴリゴリ削られているけれど、序の口だ。これからさらに色々書くのだから。
そう、そのことも書こう。なんでも思いついたことは書こう。
――パトリシア様から殿下のことを好きだろうと言われた――
――メアリー様からも怯えて否定していると言われた――
――パトリシア様は婚約者候補を辞退した。そしてわたくしの味方と言った――
――トミーが殿下の気持ちが変わるなどあり得ないと言った――
――お母様がわたくしは最初から殿下に恋していたと言った――
思いついたことをどんどん書いていく。
殿下のことも書いていく。集中できるようになると、羞恥心は感じなくなっていた。
――殿下は時折わたくしに執着している節があった――
さらに追加で、学園でのやりとり(壁ドンされたこと)やらも付け加える。
――殿下はスタンホープ家のわたくしだけに隠して、邸にやってきた――
――会った時の殿下の言葉に矛盾することがある――
矢印を引っ張りながら、公務で忙しそうだったこと、なのにここでは公務はないと言っていたと書く。
さらに矢印でお父様曰く、公務はある程度コントロールが可能、と付け加える。
ここから導き出される答えは。
「殿下は本来、夏休みにやるはずだった公務を前倒しにしていたのかしら?」
その可能性はある。本人から聞いていないから、たまたまであることも捨てきれないけれど。
ここに滞在するために、時間を作ったのだろうか。
そして大分黒くなってしまった紙を見て、笑ってしまった。
「これ、確認してからになるけれど、わたくしの考えが合っていたとしたら、とんだ茶番だわ。周りの方々はよく私たちに付き合っていたものだわ」
それくらい、はっきりと答えが紙の中に書いてあった。
「とにかく、殿下と話さないと」
じゃないと、また拗れるなんてことになりかねない。ちゃんと腹を割って話す必要があるだろう。
「……トミーのためにもね」
そっと、トミーのことを書いたところを撫でた。
本当にあの子は成長した。一時期、ヤンデレとか疑っていたのが申し訳ない。
今回1番振り回されているのは、トミーだ。しかもそれが想い人が相手となれば、どれだけ辛かっただろう。
わたくしなんて、自覚して失恋した時はボロボロになってしまったと言うのに。
わたくしが願う資格なんて、ないと思うけれど。
「どうか、トミーが幸せになれますように」
わたくしよりもいい人と巡り合って、今までの努力が報われてほしい。
その時、扉がノックされた。
「はい」
「エマです」
「どうぞ」
「失礼します。お嬢様、殿下から明日時間を取るという伝言がありました」
「そう、わかったわ。悪いのだけれど、伝えてくれる? ‘’楽しみにしております‘’と」
「かしこまりました。戻り次第、明日の服装を考えましょう」
「お願いするわ」
退出しようとしたエマだけれど、止まってこちらをみた。
「何かしら?」
「とびっきりの勝負服で行きましょうね!」
「え、ええ。そうね」
「約束ですよ!」
そんなにわかり……やすいか、そうだわ。
これは明日の準備はとても大変だろう。きっと殿下を迎えた日より、大変になるに違いない。
一瞬怯みそうになったけれど、これも迷惑料として粛々と受け止めよう。
エマはとびっきりの笑顔を見せて、出ていった。
「……これは終わった後、皆に根掘り葉掘り聞かれるわね」
気が重いけれど、特にパトリシア様には誠意を見せたい。
気合を入れるように、両手で頬を打った。
……思いのほか、クリティカルヒットしてしまったことで音が外にも漏れたようで、通りかかった侍女が飛び込んでくるのはまた別の話。
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