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「申し訳ありません。つい、本音が出てしまいましたわ」
「それ、実質謝っていないよね? 私をさらに追い詰めているよね?」
「気のせいですわ……。ですが、お父様目線でもお話が聞きたいですわ。お時間をいただけますか?」
「愛するへティのためなら。執務室でいいかな?」
「はい。ですが、執務はよろしいのですか?」
「今は休憩時間だよ」
「ではお言葉に甘えて」
お父様が手を差し出す。ここでエスコートですか?
でも確かに最近お父様とコミュニケーションを取れていなかったし、いいか。
手を重ねて歩き出す。
◇◇◇
「それで、何を聞きたいのかな?」
執務室に到着して、早速本題に入る。
「そうですね。殿下のお話がなんだか齟齬がある気がしますの」
「齟齬かい?」
「はい。殿下は夏休み前はとても忙しそうにしておられましたわ。ご公務というお話も聞きました。そのこともあり、あまりお話しできませんでしたの。けれど、今はこの邸にも期間を決めずに、滞在されるとおっしゃっていたことに矛盾を感じましたの」
先ほどはハプニングもあり、思考が中断されてしまったけれど。
学園も休む、もしくは授業が終わると直ぐに退出されるくらいなのは、相当忙しかったはずと思ったのだ。
「ああ。そういうことか」
「お父様は何か知っていらっしゃるのですか?」
「そうだね。けれど詳しい話は、殿下本人から聞いたほうがいい。話のきっかけにもなるし」
「なるほど。……もしかして、これってお母様からの指示ですか?」
「ハハッ。さすがへティは察しがいい。うん。アメリアからこういう話が来るかも、と言われていたよ」
「そうですよね。お父様がそこまで気遣いができるなんて思いませんでしたから」
「ううっ……。へティの言葉が刺さる」
いや、何度でもいうけれど、今までの行いを振り返ってほしい。
「けれど最近お父様は調子が戻ってきたのではありませんか? 以前のように落ち着いていらっしゃいます」
「ああ。アメリアやトミーのおかげだよ。それからアルフィーのことを見て、客観視できたというか」
「お兄様はお父様にそっくりですものね」
「自分自身のことを振り返ると、早くアルには矯正してもらわないとね」
「そこを気にいってもらえるご令嬢と婚約すればいいのでは? お父様のように」
「それもそうだけれどね。振り返ると、私と同じ轍は踏ませたくないというか」
「ああ、なるほど」
親心というやつか。お父様もそこが美点であり、欠点だものなぁ。美点しかなければ、気にしないのだろう。
「そう思うということは、何かあったのですか?」
「ああ。おかげでアメリアとトミーにしこたま怒られたよ」
「トミーって、実際何歳なのでしょうか」
「13歳だ。もうすぐ14歳だね」
「真面目に答えないでください。1番しっかりしてますわね」
「色々過去にあったからこそだろう。早く大人にならざるを得なかった、とも言える」
「なるほど……」
「トミーは大丈夫だよ。あの子はちゃんと助けを求められる。アルとへティのおかげでね」
「そうですわね。……ところで話を戻しますけれど、何があったのです?」
聞きたいことを自ら脱線させて聞けないところだった。危ない。
「……これは口止めされていて……いや、私のプライドの問題もあるけれど。全てが落ち着いたら話せるよ、うん。それまでに覚悟を決めておく」
「え、ええ。承知しました」
目が死んでいるけれど、本当に大丈夫?
「あーそうだね。一つ言えるのは、仕事はある程度コントロールできるということだ。これ以上は言えないが」
「ふむ……。わかりましたわ。ありがとうございます」
つまりここからは自分で考える、もしくは殿下と話せということか。
しかし殿下はやることがあると言っていた。
時間を作っていただくよう依頼しておいて、待つしかないか。
お礼を言って、立ち上がる。あまりお父様の邪魔をしてはいけない。
「もう少し、殿下ともお話ししてみますわ。ありがとうございます」
「ああ。頑張ってくれ」
「では失礼します」
カーテシーをして、部屋を後にした。
(この後は……とりあえず、殿下に時間が欲しいとだけ伝えていただきましょう。後は……ああ、今の情報を整理するために紙に書いてみるのもいいかも)
やることが決まった。まずは殿下を探してみよう。邸を1周して見つからなかったら、エマに頼むことにしよう。
なんとなく、探したい気分だったので、歩き出す。
一応誰かに殿下の行き先を知っているか、聞いてみることにする。外に出ていたら、無駄足になってしまう。
1番手っ取り早いのは、殿下と一緒にきた護衛騎士か。けれど、基本的に殿下と一緒にいるだろうし、探すのは難しいかもしれない。
それならば、こちらの使用人。執事長か侍女長か。ある程度は把握しているだろう。けれど彼らも忙しく動き回っているので、捕まるかどうか。
「あ、そこのあなた」
「はい」
そんなふうに考えていたら、侍女の一人が通りかかった。
「急にごめんなさい。侍女長がどこにいるか知っているかしら?」
「侍女長でしたら、今日は庭師と相談することがあると言っていました」
「ありがとう」
「あの、呼びましょうか?」
「気持ちだけもらっておくわ。あなたもお仕事があるでしょう? いつもご苦労様」
「い、いいえ。とんでもありません」
「ふふ。これからもよろしくね」
「はいっ」
そうしてまずは庭園に向かう。
庭園と一口にいっても、結構広い。すぐに見つかるかと不安になったけれど、手前の方に目当ての人物はいた。
熱心に何か庭師と話し込んでいる。これはひと段落するまで待った方がいい。時間を潰しつつ、花を愛でようとすると。
「お嬢様? いかがされましたか?」
庭師の方から話しかけられてしまった。
そうよね。侍女長は背中を向けていたけれど、庭師からは丸見えだもの。
けれど職人気質の彼に話しかけられるなんて思わなかった。
「ごめんなさい。邪魔したかしら?」
「いいえ。そのようなことは」
「気づかなくて申し訳ありません。何か御用でしょうか?」
「ちょっと侍女長に聞きたいことがあったのだけれど、落ち着いてからで大丈夫よ」
「ちょうど区切りがついたので、構いません」
そこまで言うのなら、いいか。
「そう? ありがとう。侍女長は今日の殿下のご予定って知っているかしら?」
「……殿下、ですか」
「ええ。それか護衛騎士の居場所とか」
一瞬の間が気になる。
「私は申し訳ありませんが、存じ上げません。しかし、私は邸中動き回っておりますので、殿下にお会いした時に何か伝言があればお伝え致します」
「まあ、ありがとう。では、わたくしにお時間を作っていただけないか、聞いてもらいたいの。殿下も侍女長も忙しいし、答えは夕食の時で構わないとも伝えてもらいたいわ」
「かしこまりました。ですが、私の手が空いておりましたらお嬢様の方にも返事を伝えにきます」
「ありがとう。けれど無理はしなくて大丈夫よ。それじゃあ、お邪魔したわね。失礼するわ」
そう言って、邸に戻ろうとすると。
「お嬢様」
「はい?」
庭師に呼び止められた。
振り返ると、侍女長の顔が少し顰められている。
あ、侍女長からすれば、邸の主人の家族を呼び止めるって不敬だと考えているのかも。
わたくしはあまり気にしないけれど。
「……」
庭師も侍女長の表情がわかったのか、固まってしまった。
「なにかしら? お邪魔してしまったお詫びに聞くわよ?」
「……ありがとうございます。その、この間はトミー様のお花の好みを聞いたので、お嬢様の好みも知りたいと思ったのです」
「まあ」
この前のクレマチスといい、この庭師は寡黙なだけで気遣いとかそう言うのはしっかりしているのね。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。




