やはりお母様には敵いませんでした
「まあ、茶番はこのくらいにして」
「わたくしは茶番の気はこれっぽっちもないのですが。お母様はわたくしを揶揄って、遊んでおられるのですか?」
「揶揄ってはいないわ。けれどへティにはもう優しく包み込んでくれる味方が何人もいるでしょう? 少しくらい意地悪な人がいてもいいじゃない」
「今の発言、なにも変わっていませんからね。結局、楽しんでいるではありませんか」
「あら、うっかり」
言い方的に、テヘペロっていう感じに舌を出している幻覚が見えた。
流石にお母様は淑女なので、やるはずがない。
「わたくしはお母様が一番の相談相手だと思ってましたのに……寂しいですわ」
「……そうね。どうやら今回のことはへティから相談したとかではなく、周りが言葉を引き出したものね。そういう意味では、へティの相談相手はわたくしになるのね」
「そうですね。言われて見れば、自分から相談するのはお母様だけでしたわ」
「ふふっ。へティは幼い頃、急に大人びたものね。パトリシア嬢なんて、どちらかというと気にかける相手、という感じで頼る感じではなかったわ」
「そうでしょうか? ああ。そういえばパトリシア様が素直に言葉を出せるようにと、あれこれやっていましたわ」
「ええ。メアリー嬢も慣れない貴族社会に悪戦苦闘しているからと、手を差し伸べたでしょう?」
「はい。先に行動を起こしたのはパトリシア様でしたが」
「つまり、よ」
お母様は言葉を切る。
「パトリシア嬢はへティのおかげもあって、成長した。特に内面がね。それこそ、へティを見て学んだことも多いでしょう。へティがパトリシア嬢のおかげで淑女の動きができるようになったように」
「はい」
「だから、パトリシア嬢もへティが相談できる相手になったということ。メアリー嬢も、トミーも。皆お互いに自然と助け合っているの。とても素敵だわ」
「はあ」
「けれど、へティは‘’頼る‘’ということを知らないから、周りが痺れを切らしてあれこれ動き出したのね」
「なるほど……?」
わたくし、そんなだったかと思い直す。
「そうでしょうか? わたくしは自分でできないことは、周りに助けてもらっていると思うのですが」
「いいえ。それは違うわ。へティ、確かに貴女は自分のできないことを把握している。けれどそれは、他人の為。悪いことではないけれど、今の場合はへティ自身のことよ」
「わたくし自身……」
「今回の一連のことに関して、へティは周りになにも話さずに自己完結をした。少し周りに確認すれば、わかることも多かったのに。そもそも殿下ともすれ違いが起きなかったでしょう」
「それは……」
「へティは今回のことに関して、軽く見ているわ。例えばこれが家門、強いては国に関わることだったら取り返しのつかないことになる可能性もゼロではないわ」
「あ……」
言われて、気がつく。いや、今までもお母様からヒントは与えられていた。
そのことに今になって気がついたのだ。
お母様に手を握られる。暖かい。
「魔物襲撃事件の時もそうよ。へティは抱え込みすぎなの。少しは変わったかと思えば、また似たようなことをしているのだもの。驚いたわ」
「わたくし……」
「へティ。わたくしの愛しい娘。わたくしたち、貴族に生まれた者は普通より敵が多いわ。だからこそ、信頼できるものに頼ることが大事なのよ。一人でできることは少ないとわかっているでしょう?」
「はい……。申し訳ありません」
「よろしい」
ニコッとお母様は笑う。
わたくしは笑えないけれど。
そんなこともわかっているのだろう。空気を変えるように、手を叩いた。
「さあ、お説教はここまで。改めて殿下とのことを聞かせてくれるわよね?」
「え?」
今? この心境で話せと?
先ほどまでの重い雰囲気は何処へやら、ウキウキとしているお母様。
「頼ることすなわち、相手に自分を恥ずかしげなく、晒せるかも大事だわ。恥ずかしいのはわかるけれど、これは訓練よ!」
「また揶揄っている雰囲気になっている気が……」
なんだこの温度差。風邪をひいてしまうわ。
「さあ、へティ。今夜は寝かさないわよ?」
「お、お母さま……」
お母様から逃げられるはずもなく、洗いざらい吐かされることになった。
◇◇◇
次の日。
お母様に寝かさないと言われたけれど、夜が明ける少し前に解放された。
少しは寝れたので、大丈夫だろう。
朝食も終わり、今日は何をしようかと悩みながら、あてもなく邸の中を歩いていると。
「ヘンリエッタ嬢」
振り返ると殿下がいた。
「おはようございます。殿下」
「おはよう」
「昨日はよく眠れましたか?」
「ああ。ヘンリエッタ嬢の用意してくれたお茶のおかげか、よく眠れたよ」
「それは良うございましたわ。しかし殿下はやはり長旅に慣れておられますのね。わたくしたちなんて、到着した次の日はお昼近くまで寝てしまっていましたの」
「へぇ。アルフィーとトミーも?」
「ええ。内緒ですわよ? 2人とも恥ずかしがっていましたから」
「ハハッ。確かにあまり知られたくないことかもね」
「殿下は今日はどうされますの? ゆっくり体を休めますか?」
「そうしたいところではあるんだが、色々事情があってね。やることがあるんだ」
なんと。やることがあるなんて大変だ。
凄い体力で羨ましい。
それにしても公務は減らしてもらっていると言っていたし、内容はなんなのだろう。
「まあ。長旅の直後にだなんて、大変ですわね。何かお手伝いできることがあればおっしゃってください」
「ありがとう。実はヘンリエッタ嬢にはいずれ必ず、手伝ってもらうことがあるんだ」
「今では無いのですか?」
「ああ。けれど、この後必ずヘンリエッタ嬢の力が必要になるんだ」
「承知しましたわ」
詳しいことは話さないということか。
仕方ない。必ずともいっているのだし、気長に待つとしよう。気になるけれど。
「それではわたくしはこの辺りで失礼しますわ。くれぐれも、無理はなさらないでくださいね」
「ああ、ありがとう」
ひとまずその場を離れることにした。目的地なんて決まっていないけれど、立ち去るには充分な広さがある。
ちょっと一回りして自分の部屋に戻るのもいいだろう。
そう思い、適当に歩き出した。
曲がり角でさりげなく後ろを見た時、殿下はまだこちらを見ていた。
一瞬だけ見えたその表情は、何かを決意したものだった。
(わたくしの力も必要だと言っていた……。ということは、やることはわたくしに関連したこと? いえ、流石にそれは自意識過剰だわ。けれど他にというと出てこないわね。……あら? そういえば、夏休み前――)
思考に気を取られて、周りを見ていなかったのがいけなかった。
硬いものにぶつかってしまったのだ。
「きゃっ」
衝撃で倒れそうになる。思わず目をギュッと閉じて、この後の更なる衝撃に備えようとしたけれど、何かに力強く支えられた。
「おっと、すまない。大丈夫かい? ヘティ」
「お父様……」
ぶつかった硬いものはお父様で、支えてくれた力強いものはお父様の腕だった。
「申し訳ありません。考え事をしておりました」
「いいや、こちらもよく見ていなかった。怪我はないかい?」
「支えていただいたのに、怪我をするはずがありませんわ。そこまで柔ではありません」
「そうだね。心配しすぎたようだ」
離れると、お父様はこちらを覗き込んでくる。
その紺碧の瞳に吸い込まれそうになる。
「何か考え事があるなら、相談に乗るよ?」
その言葉に、ほぼ無意識で答えてしまう。
「お父様って相談に乗れるのですか?」
「流石にそれは傷つくよ……」
いえ、今までの経験で思わず……。自分でもストレートだと思いました。




