色々な思惑があるようです
「そう、殿下の指示だったのね。お母様に直前にお会いしたのに、何も教えてくださらなくて。このまま八つ当たりしてしまうところだったわ」
「母上は楽しんでおられるので、八つ当たりしても構わないと思います」
「やめておくわ。どうせ返り討ちに合うだけだもの」
「それもそうですね。家族で母上に勝てる人なんていませんし」
「ところで、この後はどうする? ダイニングでお話の続きをする?」
「そうしましょう。わざわざ部屋に行くのも、時間が微妙ですし」
そういう結論を出し、ダイニングに向かう。
話を続けながらなので、あっという間に到着する。いつもの席に着く。
わたくしとトミーの席は近いので、話すのに特に不便はない。
「それで、姉上は実際に殿下とお会いしてどうでした?」
「……え、それ今聞く?」
「ええ。間近でお2人を見ていたら、明らかに変化があったようなので」
なにその羞恥プレイ。いや、そもそもトミーに対して赤裸々に話すのも、トミーにとって拷問では?
その思考はトミーに筒抜けだったらしい。
「まあ、思うところはありますが。僕の今後の行動も考えたいので、知りたいと言うのもあるんですよ」
「トミー……。ふう、そうね。自惚れかもしれないけれど、わざわざわたくしに会いにきて下さったのでしょう? パトリシア様のお手紙からも、関係が変わることを予感するわ」
「ようやく気がつきましたか。本当に、なぜ拗れてしまったんだか」
「うっ……」
呆れの表情で言われてしまった。ええ。トミーからすれば、恨み言の1つや2つ……いや、もっとかも。言いたくなるのも当然だ。
トミーは珍しくも行儀悪く、背もたれに体を預ける。
「ええ。僕は姉上を応援しております。けれど、今の殿下はヘタレです」
「ちょっ。そんなストレートに」
「ここは信頼できるものしかいません。聞かれたとしても、問題ありません」
「ええっと……」
なにを言えば良いかわからない。
「僕は殿下や母上から、今回自由に動いていいと許可を得ております」
「え、ええ」
一体わたくしの知らないところでなにがあったのだろう?
「なのでそもそも不敬罪で囚われることはありません」
「そうなのね?」
「安心してください。邪魔はしません」
「ええっと。信じるわ……?」
とりあえず、何か目的があって、このような状態になっていると言うことか。
ただこれ以上、詳しく話すことはなさそうなので、具体的にどうするのかわからない。けれど今までのこともあるし踏み込みづらい。
危ないことはしなさそうなので、とりあえずトミーを信じよう。
いつのまにか時間が経っていたらしく、お父様が入ってきた。
「おや、2人とも早いね」
「ええ。早めにここで話をしていたのです」
「そうか。……殿下は?」
「大丈夫ですよ」
お父様もある程度知っていると言うことか。それにしても、今日のお父様は冷静だ。
当主モードといったところかしら。
「お父様、今日はしっかりされていますわね」
「あ、ああ。私も殿下を迎えるにあたって準備していたからね」
「母上に脅されたのですよ」
「トミーっ」
「ああ、はい……」
「そんな目で見ないでくれっ」
やはりお父様だった。
もはやこの光景に安心すら覚える。
「大丈夫ですわ、お父様。わたくしはなにも聞いておりません」
「その言葉すら、今は痛いよ……」
そうですよね。うん、知ってました。意地悪したかったんです。
「あら、揃っているわね」
その時、お母様とお兄様、殿下も入ってきた。
「殿下。先に退席してしまい、申し訳ありませんでした。大丈夫でしたか?」
「ああ、問題ないよ。夫人に来てもらったしね」
(それはなにも安心できません。お母様、余計なことは……いえ、きっと余計ではないはずだけれど、何か言っているはず。とても気になるわ)
そしてお母様と目があって、微笑まれる。
確実に何か殿下と話したな。と確信した。
ここで問い詰めるわけにもいかない。
「では揃ったところで食事にしましょう。殿下はこちらへ」
お父様が自分の席の近くへ案内する。必然的にわたくしとは離れるけれど、立場を考えたら当然である。
ここで疑問が出てきて、近くのトミーに問いかけた。
「そういえば、護衛の方を見ておりませんわ。どちらにいらっしゃるのかしら」
「ああ、基本的には使用人と一緒に食事を取るそうですよ。先ほどは我々の警護もいたので、他の準備をしていたそうです」
「……我がスタンホープ侯爵家の忠誠を信じていただけて何よりですが……。少し心配してしまいますわ」
「だからこそ、だと思いますよ。姉上のような考えであれば、警備も厳重になりますし」
「なるほど」
確かにここで何かあれば、我がスタンホープ侯爵家の落ち度だ。
なにも起こらないように、細心の注意が必要と。
もちろん、信頼関係が大前提だけれどそういった意味合いも、少なからずあると言うことか。
そして食事が運ばれてくる。
お父様が食前酒を掲げて、音頭をとる。
ちなみにわたくしたちは果実水だ。お酒は本格的なデビュタントを迎える、18歳から呑めるようになる。
学園の卒業も18歳。卒業して改めて、貴族の世界で大人と認定されると言うことだ。
平民、特に学園に通えないものはこの限りではないのが現状だけれど。
閑話休題。
「殿下。改めてようこそ、我がスタンホープ侯爵領へ。ぜひ、日々の疲れを癒して、ごゆるりと過ごしていただければ幸いです。それでは乾杯」
「「「乾杯」」」
シェフがいつも以上に力を入れた、食事を楽しみながら会話は進む。
テーブルがいつも以上に大きいので、お父様やお母様、殿下の会話は少し聞き取りづらくなってしまう。
必然的に、お兄様とトミーとの会話が進んだ。
「ところで、お兄様はいつまでお父様のお手伝いをするのですか? 流石に殿下とお話しすることもあるでしょう?」
「……いや、まだしばらくは手伝う予定だよ」
「まあ。わたくしたちの中でも1番殿下のお相手をした方が良いのでは?」
「いやぁ。その……」
「姉上、その辺りは父上の判断ですよ。仕方ありません」
「そうですか……」
なんだろう。絶対に裏があるわ。
流石にわかる。なぜならば、お兄様の様子もおかしかったからね。最近は落ち着いてきたと思うけれど。
お父様の判断なら言えないけれど、それにしてもお兄様の存在感が薄すぎると思う。
侯爵家嫡男ということを考えると、もう少しなんか……大きく出た方がいい気がする。
大きくとは? と思ってしまうけれど。
「えっと……お父様の指示なら仕方ないですわね。けれど今までお兄様は殿下と交流を深めておりますし、大丈夫でしょう」
「ああ……ありがとう……。本当にへティは優しい子だ」
「お兄様、疲れてます?」
このくらいで優しさを感じているの、だいぶ追い詰められていません?
「大丈夫だ。うん、大丈夫」
「目が虚ですが」
「姉上、今はそっとしておきましょう」
「流石にこの状態を放っておくのは心配だわ。お兄様、何かお手伝いできることはありますか?」
「へティ……」
お兄様の顔が輝く。本当に大丈夫かな。
「今の姉上を取り巻く環境が、兄上の失態の巻き添えであると知っても?」
「あ、それでは仕方ありませんわ。お兄様、頑張ってくださいね」
「へティぃぃぃぃぃ」
思わず上げて落としてしまった。まあ、しょうがない。
お兄様の意思ではないとはいえ、色々隠し事されたし。これでおあいこということで。
ふと見るとお父様たちは、少しお堅い空気が流れている。なにかあったのだろうか? それともお仕事のお話しだろうか?
こちらで楽しんでいたことが、少し申し訳なくなってしまった。




