知りたいです
侍女がお茶を用意してくれる。
「ありがとう」
「恐縮でございます」
そうして使用人たちは、わたくしたちの声を聞けないくらいに離れてくれる。
それを確認し、お茶を1口飲む。トミーも同じようにしたのを見届けて、殿下に微笑んだ。
「疲労回復のお茶を用意しましたの。長旅でお疲れでしょう。気休めではありますが」
「ありがとう。……うん、美味しいな」
お茶も飲んで、わたくしの気持ちも平静に戻すことができた。
ここで、殿下はなぜここにきたのだろう、と疑問に思った。
夏休み前も公務で忙しそうにされていたし、もしかしてさらに遠くへ行くための休憩? それなら滞在は長くないだろうし、ここまで案内する必要もなかったきがする。
「…………」
「…………」
(ど、どうしよう。なぜだかとても聞きづらいわ。空気が重くなったのは何故? もしかしてわたくし、何か気に触るようなことでもしてしまったのかしら)
無言の時間が続き、気まずい。特にトミーの方からよくない空気が出ている。
なんだろう、わたくしに訴えかけたいのか。そう思いトミーの方を見たけれど、トミーはわたくしではなく殿下を見ていた。
その眼差しがとても不機嫌というか、怒っている? なぜ?
殿下もトミーの視線に気がついている。大丈夫だろうか、これ。一触即発?
けれど殿下は、誤魔化すように咳払いをしている。それはだいぶ無理があるけれど。
「あーヘンリエッタ嬢」
「はい」
「その……ここで生活はどうだい?」
「はい、とても良いものですわ。自然も美しく、街も活気付いております。リフレッシュには最適だと思われますわ」
「そうか、それはよかった」
「殿下はどのくらい滞在されるおつもりですの?」
「最低でも1週間程度だ。場合によってはもう少し長くなるが」
「そうなのですね」
なんだろう。あまり予定を立てていないのも珍しいのでは? 王族は公務があるし、正直自由時間は少ないと思ったのだけれど。
わたくしの疑問に気がついたのか、殿下が答えてくれた。
「いや、陛下から学生のうちはそこまで公務に力を入れなくて良いと言われていてね。全く、というのは無理だけれど必要最低限にしていただいてるんだ」
「まあ、それは良いですわね。きっと学生のうちしか体験できないこともあるでしょうし」
それは陛下も素晴らしい考えをお持ちだ。まあ、完全にわたくしの感想だけれど。
「しかし、それにしては夏休み前にとても忙しそうにしておられましたわね。遅くなってしまいましたが、領地に帰ることを直接お伝えできなかったこと、謝罪します」
「ああ、それは仕方ない……。いや本音を言うと少し寂しかったけれど、私が話せる雰囲気を作れなかったからね」
「その、そういえばお手紙は届きましたでしょうか?」
「手紙?」
あ、その様子は間に合いませんでしたね。
「はい。領地で落ち着いた後、書いたのですがどうやら入れ違いになってしまったようですわね。申し訳ありません」
「いや、こちらこそすまない。そうか、手紙が……」
何か独り言を言っている。あれですか。本来であれば間に合えば返事で来ることを伝えてくれたとかですか。
いや、お母様は知っていたのだしそう言うことでもない可能性も……。
というかどうしよう。話題がなくなってしまった。
色々聞きたいことはあるけれど、今は聞けない。殿下の気持ちもわからないし。
ここにきた理由が分かればまだ……。あ、聞けばいいのか。
「そ、そういえば殿下はどうしてこちらに? 公務のついでに寄られたのかと思いましたが、違うようですし」
「え⁉︎ あ、えーと……その」
なぜか急にしどろもどろになる殿下。え、聞いてはダメだったかしら。
「あ、いえ。お話しできないことでしたら、大丈夫ですわ」
「いや、違うんだ。けれど、その」
「殿下」
なぜかトミーが殿下を呼び、無言で見つめている。
なんだろう。この目で語るにもほどがあるだろ状態。すごい目で訴えてる。流石に何を訴えているかまではわからないけれど。
「その……夏休み前に、ヘンリエッタ嬢の様子がおかしかったから……。気になってしまって。あまり話せなかったし」
「まあ……」
確かにあの時はわたくしは殿下を避けていたから、聡い殿下であれば気がついてもなんら不思議ではない。
あの頃は聞かれないように立振る舞っていたから、好都合ではあったけれど今思えば失礼だったと思う。
「申し訳ありません。殿下にご心配をおかけしてしまっていたのですね」
「いや、今日顔を見て、元気になったようだし安心したよ」
しかしそのためにわざわざ何日もかけてくるなんて。なんて優しい……と言うか、普通ここまでするだろうか。
ふと今までのことが蘇る。
トミーをちらと見ると、なぜか険しい顔で殿下を見ている。そういえば、殿下とのことを話した時怒っていたな。それが原因だろうか。トミーは殿下の気持ちが変わるなんてあり得ないと言い切っていたし。
パトリシア様も婚約者候補を辞退された。そしてわたくしの味方と言ってくれた。
殿下の顔を見る。
今までと比べると、不安げな表情が見え隠れしている。隠そうとしているけれど、隠しきれていない。
本当に、殿下の気持ちは変わらない……?
もう少し、確証が欲しい。
「しかしそれこそ、手紙でもよろしかったのでは? わざわざこちらにいらして、大変だったのでは?」
「それは……その」
殿下の頬がほんのり赤い。わたくしも心臓が高鳴っていく。
ここで聞くのは、意地悪だろう。トミーもいるし。けれど、ここで聞かないとわたくしが動けない。
手を握ったり閉じたりしながら、口もモゴモゴさせている。目も潤んできている。
ああ、ここまで見せられて、疑う訳がない。もう殿下の態度が全てを物語っている。
確かに殿下もわかりやすいのだろう。それでもわたくし自身の気持ちで、曇って見えていたんだ。
「申し訳ありません。意地悪が過ぎたようですわ。お許しくださいませ」
「えっ」
こちらを見る殿下は、焦燥感が露わになっている。こんなに感情表現豊かな殿下も珍しいわ。
(かわいい……)
思わずそんな感想を抱く。
にっこり笑いながら、言った。
「そろそろディナーの時間が迫ってきますわ。一度お部屋で休んだ方がよろしいかと思いますので、戻りましょう」
「え……あ……」
「そうですね。姉上、どうぞ」
そう言ってトミーはこちらに手を差し伸べる。
トミーの顔を見ると、嫉妬とかではなさそうだ。何かを見ようとしている。
と言うか、チラリと殿下を見ている。これでどう反応するか、見たいと言ったところかしら。
「ええ、お願い」
「殿下、部屋までの道はわかりますか?」
「だ、大丈夫だ」
「では、僕は姉上を送るので、お願いしますね」
「え、トミー?」
流石に客人を置いていくのは、失礼だと思う。
けれど、トミーの強い視線に何も言えなくなってしまう。きっとこの後話がしたいから、こういう風にしているんだ。
「ヘンリエッタ嬢、私は大丈夫だ。少し頭も冷やしたいから、気にしないでくれ」
「殿下がそう言われるのであれば……。何かあれば、近くの使用人に聞いてください」
「ああ。わかった」
「では、殿下。また後ほど」
トミーが言って、わたくしたちはその場を離れた。
建物に入って、殿下に聞かれる心配がなくなったところで、トミーを止める。
「トミーどうしたの? 何かあった?」
「そう言うわけではないです」
「じゃあ」
「殿下が初手でガツンと言っていれば、僕もこのような態度は取らなかったですよ。殿下もそれがわかっているから、送り出してくれたんです」
「もしかして、トミーは殿下がいらっしゃることを知っていたの?」
「はい。姉上以外は全員知ってます。これは殿下の指示でもあります」
「そう」
殿下の考えだったのか。どうしてそうしたのか、今はなんとなくわかるような気がする。自惚とも言えるけれど。




