お客様の正体は?
お母様と気がついたら、随分話し込んでいたらしい。
お客様が到着したことを、執事から伝えられる。
「さあ、行きましょうか」
「はい、お母様」
玄関ホールに行くと、お兄様とトミーがいた。2人ももちろん正装である。
こちらに気がついたトミーが、一度お兄様に目配せして近づいてきた。
「母上、姉上。とても綺麗ですね」
「ありがとう。トミーもとても素敵ね」
「ところで、お父様は?」
「先にお客さまをお出迎えに行ってます。もう少ししたら来ると思います」
ということで、皆で並んで待つ。
それにしても使用人たちも緊張している様子だし、本当に誰が来るのだろう。
そう思っていると、入り口の扉がゆっくり開いた。
「……え?」
そのお父様と共に入ってきた人物を見て、目を見開く。
そんなわたくしを置いてけぼりに、お父様がその人物に言う。
「ようこそ、我がスタンホープ領へ。ゆっくりしていってください。フレディ殿下」
その言葉と同時に、使用人はもちろん、お兄様とトミーも頭を下げる。お母様がカーテシーをして、一瞬遅れてわたくしも習った。
ほぼ反射で動いたので、頭の中は嵐に巻き込まれたような状態だ。
◇◇◇
今までのヘンリエッタとしての人生の中で、1番混乱していると言っても過言ではない。
カーテシーをしながら、頭の中は思考がぐるぐるしていた。
(な、なぜ殿下が……? これは夢……? あり得ないわ。わたくし、どんな顔して殿下にお会いすればいいの? こうして顔を合わせるのは……本当に久しぶりで……まだ覚悟が)
「ありがとう、皆。どうか楽にしてくれ」
その言葉で、お母様たちが顔を上げる。
わたくしは上げたくなかったけれど、わたくしだけ顔を上げないのも明らかにおかしいので恐る恐る顔を上げた。
そしてバッチリという音でもなりそうなくらいに、しっかり目が合ってしまった。
殿下は微笑む。わたくしも微笑みを返したけれど、顔が引き攣っていないか不安だ。
ああ、計算されているのであろう。ちょうど扉の向こうから沈みつつある太陽の光が、ちょうど入り込んでいる。
殿下を後ろから照らすように、光がバッチリ重なっている。
赤い髪が本当に燃えているようだ。
「今日から暫く、お邪魔させてもらうよ。よろしく頼む」
「この滞在が楽しいものになるよう、尽力を尽くしますわ」
お母様はにこやかに答える。
そこで、はたと気がついた。
(お母様‼︎ さっきから何か思わせぶりなことを言っている気がしたのは、これね‼︎ だったらはっきり言って欲しかった……っ!)
そう、お母様は来るのが誰か知っていたのに、あえて黙っていたのだ。
心なしか、表情が面白がっているように感じる。きっとわたくしの偏見もあるけれど。
先ほどお母様にも言った通り、殿下とどのように接するか答えは出ていない。けれどまずは、お父様が邸の案内をするはず。
いいえ。長旅のこともあるし、お休みになられるかも。それならば、少し時間ができるわ。
その間に考えないと。
しかし、それは浅慮だったとすぐに思い知ることになる。
「それでは殿下。お疲れでなければ、このまま邸の中を案内しますがいかがしましょう」
「ああ。大丈夫だから、このまま案内をしてくれると嬉しい」
「承知しました。では、ヘンリエッタ。案内して差し上げなさい」
「っわたくしですか? 恐れながら、わたくしには荷が勝ち過ぎてしまいますわ」
(なぜわたくしに振るのです⁉︎ お父様、やめてください! 本当に、今は無理! 時間をください!)
反射で断ってしまうけれど、許してほしい。何せ今だに混乱の渦の中だ。
「何を言う。学園の時と同じように接して構わないと殿下も考えておられる。問題はないよ」
あああああ。お父様、わかって!そういう問題ではないのです!
「で、ですが……」
「私もヘンリエッタ嬢に案内してもらえたら嬉しいのだけれど」
(ここで殿下からの追い討ち⁉︎ こんなの断れない! どうしよう)
その時、まさに救世主が現れた。
「姉上は緊張しているようです。僕もご一緒してよろしいでしょうか?」
(トミー……‼︎)
もうわたくしにとってのヒーローだ。
ちら、と殿下を見ると、肩をすくめて苦笑している。
「ああ、構わないよ。それならヘンリエッタ嬢も大丈夫かい?」
「え、ええ。大丈夫ですわ」
トミーに目を向けると、微かに微笑んでくれる。
ああ、元々断れないことだったけれど、トミーがいてくれるのならとても心強い。
そして殿下。ごめんなさい。
自分の認識の甘さのせいだけれど、もう少し時間をください。それもダメならお母様に文句を言ってください。
責任転嫁であるけれど、これくらいは許してほしい。
「では邸の中から案内します。こちらにどうぞ」
「ああ」
そこでお兄様が動かないことに気がつく。流石にこの状況でお兄様が来ないのは、色々問題があるのでは。
「待って、トミー。お兄様は?」
殿下に聞かれないように、袖を摘んで耳元に顔を寄せながら小声で問いかける。
トミーは一瞬固まったように見えた後、バッサリ言った。
「兄上はお留守番です」
「ええ?」
「兄上はお留守番です」
「あ、はい」
2回言われてしまったので、もう聞けない。大事なことなのか。
「えっと……では、殿下。行きましょう?」
「……ああ、よろしく」
改めて殿下を呼ぶと、なぜか表情が固い。
先ほどまで王族の鏡のように威厳のある姿だったのに、どうしたのかしら?
気になったけれど聞く勇気もなく、そのまま案内することにした。
◇◇◇
邸の案内は特に問題なく、進んでいく。
邸の中は広いけれど、淡々と説明していくのでスムーズに進んでいくのだ。
そして最後の場所の案内が終わった。
「邸の中はここで最後です。またわからないことがあったら、聞いてください」
「ああ、ありがとう」
案内役はトミーが主導となってしてくれた。わたくしは相槌を打ちながら、着いていくだけだった。
なんだろう。気持ちは楽なはずなのに、気分は沈んでいる。
きっとトミーに対する申し訳なさとか、殿下に対する後ろめたさがあるからだ。
ここで終わりにするのも、多分わたくしにとって後味が悪い。
自分勝手だけれど、提案するだけして断られたら諦めよう。
「邸の中は終わりましたが、庭園をまだご案内していませんわね。もちろん長旅の直後ですし、また後日ということも可能ですがいかがでしょうか?」
「「!」」
2人が驚いたように、こちらを見た。
そんな反応をされると、せっかくの決意が鈍りそうになってしまうからやめてほしい。
しかし、仕方ないことでもあるのでニッコリ笑って誤魔化した。
「殿下、せっかくですし庭園でお茶はいかがですか? 休憩にもぴったりだと思います」
「!」
トミーがまた助け舟を出してくれる。
そして殿下はまた見開いていた目をさらに見開いた。
目ってそんなに開けるんだ。宝石のような瞳がこぼれ落ちないかしら。なんて場違いな感想を抱いた。
少しの間、トミーと殿下は見つめ合う。
と、殿下がこちらを向いた。
「それじゃあお願いしようかな」
嬉しそうに細められた瞳に射抜かれ、心臓が跳ね上がる。表情を取り繕い、笑顔で応じた。
「ありがとうございます。では案内いたしますわ」
近くにいた侍女にお茶の準備を頼み、殿下を庭園に案内する。
案内した場所は、初日にわたくしたちも軽食をとった場所だ。
「さすがだね。王都のスタンホープ侯爵家の庭園も見事だったけれど、こちらもとても素晴らしいよ」
「わたくしも気にいっておりますの。庭師の仕事は見事です。本当であれば、殿下にもぜひご紹介したいのですが職人気質なので」
「そうか。ではヘンリエッタ嬢が今度伝えてくれるかい? とても素晴らしい仕事ぶりだと」
「ええ。しっかり伝えさせていただきますわ」
おおっ。我ながら自然と会話ができている! これもトミーが先導してくれていたおかげだ。
時間を少し置いたおかげで、少し取り繕えるくらいの余裕はできた。
先ほどまでは色々な感情が渦巻いていたけれど、行動したおかげでその感情も落ち着いた。
殿下も色々あるだろうに、こちらを気遣ってくれて嬉しい。
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