お母様に恋愛相談?です
「それはね、とても簡単な話よ。アレキサンダーがわたくしを望んだからなの」
「お父様が?」
お母様は目を細めて、昔を懐かしんでいるようだ。
「ええ。わたくしも最初、そこまでアレキサンダーに興味があった訳でもなかったのだけれど、アレキサンダーはわたくしに一目惚れをしたらしくて。猛アプローチされたのよ」
「猛アプローチですか……。あまり想像がつきませんわ。最近のお父様は特に様子がおかしいので」
「ふふ。けれど仕事のアレキサンダーは、とても有能よ。あの頃も初めの頃は、かっちりしていたもの」
「確かに、仕事でのお父様は別人のようですね。お母様が最終的にお父様を選んだ理由はなんだったのですか?」
「それはね、素の彼があまりにもポン……可愛らしかったからなの」
今、ポンコツと言いかけましたね?
ということはお母様は、少し抜けている殿方が好みだったと。
「なるほど。陛下は確かにそのような姿は想像つきませんわ」
「後は陛下と王妃は幼い頃からお互いに惹かれあってらっしゃったから、入る余地がなかったというのが1番ね」
「そうなのですね。確かに陛下と王妃はとても仲睦まじく、理想の夫婦とも言われていますね」
「ええ。一応慣例として婚約者候補は何人かいたけれど、皆建前だってわかっていたくらいだもの」
「まあ。ではお父様とお母様はその中からお互いを選んだということなのですね」
婚約者候補と側近候補の中からカップルが生まれたということなのか。
婚約者に選ばれなかった場合のために、側近候補とも交流を持つという意味合いもあるのでこれが普通なのだろう。
うんうんと納得していると、お母様が顔を輝かせてわたくしの目を覗き込んできた。
「それで? へティは殿下のどこに惹かれたのかしら?」
「え」
これ、答えないといけないのですか。
拷問にしか感じられない。羞恥心が。
「わたくしだって答えたのだから、へティも教えてくれたっていいでしょう?」
嵌められた! いや、わたくしから話題を振ったのだけれど。
ニコニコ……いや、ニヤニヤしながらお母様がわたくしの言葉を待っている。
顔に熱が集まる。少し汗ばむくらいだ。心臓の音も激しく鳴っている。
「え、えっと……」
「ええ」
「その……」
「なあに?」
「……お母様とは初めの頃は正反対な印象ですが、最終的には似ている気もします。……わたくしは、殿下はいずれこの国の頂点に立つ方として、覚悟を決めていると思い込んでいました。真っ直ぐに、将来の王として責任を持ち、振る舞うその姿に尊敬の念を抱きました。もうその頃から尊敬の情と恋情が混ざっていたのでしょう」
視線を挙げられず、手先をいじりながら続ける。
「しかし……魔物襲撃事件の時に、その考えは間違っていたと知りました。殿下がわたくしに弱音を吐いた。情けない姿を見せたことで、殿下も一人の少年だと理解したのです。わたくしと何も変わらない人間だと。そう思ったら、一気に親近感が湧いてきました。その様子は周りから見たらとてもわかりやすかったのでしょうけれど……。自覚するまで長い時間がかかりました」
「ふふっ。本当に、時間がかかったわね」
「ええ。パトリシア様やメアリー様に、わざとなのかと聞かれました。その後すぐに納得されていたのもなぜなのか、今ならわかります」
「そうねぇ。でもね、パトリシア嬢はかなり前から気がついていたのよ」
「え?」
その言葉に顔を上げる。
「メアリー嬢を初めてお招きした日があったでしょう? あの時、別行動をとった時にお話ししたの。パトリシア嬢はその頃から、ヘティの心が変わっていることに気が付いていてとても悩んでいたわ」
「……そんな」
そんな状況で一切こちらに言うことなく、協力してくれていたのか。
本当に申し訳ない。わたくしのせいでパトリシア様に、心労をかけてしまった。
「へティ。パトリシア嬢はね、貴女を責めるようなことは言わなかったわ。それは貴女が1番わかっているはずよ。彼女はそんな人間ではないと」
「はい。だからこそ、申し訳なく思いますわ。そのお話しをした時もお自分を責めてましたし、きっとお母様と話した時も同じだったのでしょう?」
「ええ。そこまでわかっているのなら、自分が何をすべきかわかるわね?」
「しっかり殿下と向き合うことですね」
「よろしい」
とりあえずお母様から合格をもらえて、安心する。間違っていないといと知れることは、躊躇いがなくなるから。
それにしても。
「お母様、どこからどこまで知っておられるのですか? もしかしてお母様って、人の心読めたりします?」
「まあ、へティったら。わたくしの技術を貴女に教えたのに、本気で言っているの?」
「だって流石におかしく無いですか? 魔術で何かしていると言っても、納得できるくらいに知っておられますもの」
お母様はくすくす笑う。その様はまるで、女神が人間に施しを与えるような慈愛の笑みに見えた。
「ふふっ。そう思うなら、ヘティはまだまだね」
「そうですね」
「まあ、あっさり認めちゃって。そうね、その人本人からの情報だけでなく、周りからの情報も必要よ。今の状態からいうのなら、へティを見るパトリシア嬢のこと。そしてへティから聞くパトリシア嬢のこと。後は、殿下から見たへティのこととか。1つの情報ではなく、複数の情報で予測することも大切よ。ここは経験も必要だから、難しいけれどね」
多角的な視点での情報収集か。確かに思い込みや誤解などで、失敗することもあるだろう。
けれどそれができるようになれば、幅は増大するということか。
「勉強になりますわ。わたくしはまだまだ、視野が狭いのですね」
「自分の気持ちに気が付かなかったのだから、否定はできないわね」
わかっていても、あまりにはっきり言われると少しモヤッとしてしまう。
話題を変えるために、気になっていたことを聞く。
「そういえば、お母様って殿下にお会いする機会があったのですね?」
「ええ。色々機会はあるの。殿下のこと知りたい?」
「いいえ。今までご迷惑をおかけしてしまったので、わたくしから直接聞きますわ」
「そう。では殿下にどのように向き合おうと思っているの?」
「まだ明確には決まっておりませんが……とりあえず、少しずつ距離を縮めていこうと思います。お会いするのはまだ先なので、細かいことはこれから考えることにします」
「あら、そんなに悠長にして大丈夫なのかしら?」
「のんびり構えているわけでは無いのですが、なんというか、やはり気まずいのもあるので時間は欲しいです」
「そう」
ああ、お母様にこんなに赤裸々に喋るなんて、恥ずかしすぎる。
お母様がどのような表情でこちらを見ているのかが、怖くて確認できない。
決して叱られるとか失望されるなんてことはないけれど、微笑ましいという表情をされていたら羞恥心でどうにかなってしまいそう。
「けれどいつ何があるかわからないのだから、早めに答えを出して起きなさいね」
「はい、お母様」
確かに、この後も賓客を迎えなければならないし、これから忙しくなるかもしれない。
考える余裕がなくて答えが出せませんでした、という話ではあまりにもお粗末だ。
ちゃんと考えないと。
相変わらずお母様の顔を見れないまま、内心でそう思う。
この時、お母様の表情をちゃんと見ていれば。
この後あんなに醜態を晒すことはなかったのに。
人間、自分の短所を自覚したところで、簡単に変わることはできないのだ。
だからこそ、お母様がこの話をしたことをもっと考えるべきだったのに。
自覚した自分の視野の狭さを嫌というほど自覚することになるのは、数時間後のことになる。




