久しぶりのドレスアップですわ
「さあ! お嬢様! 腕に寄りをかけて磨きますよっ」
「ああ、スタンホープ侯爵家の至宝の宝石を磨くことができるなんて! 夢のようですわ!」
「それにして美しい御髪ですっ。白の中にうっすら入る青い髪! 翡翠の瞳と合わさって、とても神秘的な美しさですぅ」
「え、えっと、落ち着いて? そんな詰め寄られると……」
「まあまあまずは湯浴みからですよ! そうして全身のケアをしていきましょうっ」
「お願い、聞いて」
エマを筆頭に、侍女が手をわきわきさせながら近づいてくる。
おかしい。いくらなんでも気合が入りすぎだ。エマ以外がここの専属で、誰かを着飾る機会が少ないことを差し引いてもおかしい。
王都の侍女たちもこんな感じだったかしら? いかんせん最近本気で着飾ることがなかったので、わたくしがズレている可能性も……。
しかし圧が強すぎるので、思わず後退りしてしまう。もちろん侍女たちも距離を詰めてくるので、実質的に距離を取ることはできていないけれど。
そして背中に硬いものが当たる感覚。まずい。壁際に追い詰められてしまった。
「さあさあ! お嬢様! このスタンホープ領……いえ、ナトゥーラ王国一、綺麗にして見せます!」
「ただ、私たちに身を委ねてくだされば良いので!」
「だったら、その圧を閉まってちょうだい」
「行きますよ!」
わたくしの訴えが聞き届けられることなく、連行されてしまった。
◇◇◇
「つ……疲れたわ……。こんなに疲れるものだったかしら……」
ドレスアップしているので、もうベッドに寝転ぶなんてことはできない。
お昼を少し過ぎた時間だけれどコルセットを締めていることもあり、あまりお腹は空いていない。
軽い軽食でもつまむのが良いだろう。
本当にここまで飾り立てられたの、どのくらいぶりだろう。学園ではそもそもそういった機会はあまりない。
平民や正装を用意する余裕のない貴族がいることを鑑みてのことらしい。
とはいえ、全くないのは流石に……という考えもあり、落とし所として卒業パーティーなんてものがあるらしい。
なのでまだまだ先の話だ。
うん、最低でも入学してから半年は本気で着飾ることはなかったな。それは感覚もずれるかもしれない。
ちなみにエマたちは、賓客を迎えるお手伝いに行ってもらった。
雰囲気的に結構な地位の方が来ると思ったのだ。ということはお父様のお仕事仲間か……。
もしかしてパトリシア様? そうしたらメアリー様もいらしてくれたらとても嬉しい。
お手紙を出したとはいえ、やはり直接話せることができるのは嬉しいから。
お父様のお仕事仲間であるならば、わたくしがここまで着飾る必要もないと思うし。
サプライズ的なことなのかしら。
賓客が来るのは、もう少し後らしい。わたくしたちも到着した時は、夕方に近い時間だったからそのくらいになるのかも。
「そうだわ。お母様のところへ行きましょう。色々聞きたいし、いつも来ていただいてるから申し訳ないわ」
そう考えて、お母様の部屋へ向かう。
扉をノックして名乗ると、中から入室を促される。
「失礼します。……お母様、とてもお綺麗ですわ」
「ありがとう。へティとても綺麗よ」
そこには女神と見紛うほど、美しいお母様が微笑んでいた。
若草色の髪と翡翠の瞳も相まって、豊穣の女神と言われても信じられる。
娘のわたくしですら見惚れてしまうのだ。これはきっと婚約希望者が殺到していたわね。
「あらあら。流石にそんなにみられると恥ずかしいわ」
「それはそれは、異な事をおっしゃいますのね。お母様はこういった視線は日常茶飯事だったのでは?」
「ふふ、否定はしないわ」
「建前でも否定してください。なんですか、この茶番」
「あら、こういうことも軽くあしらえるようになりなさいな」
「お母様に敵う気はしませんわ」
お母様も着飾っているというとは、やはりパトリシア様という線は薄そうだ。
もちろん、パトリシア様と会う時も着飾るけれど、その時とアクセサリーやドレスの質が違う。
ソファに座って、質問した。
「今日いらっしゃる方は、そんなに大切な方なのですか?」
「そうね。とても大切だわ。わたくしたちの立ち位置も、大きく変わる可能性があるわね」
「まあ……」
それはあれか。お父様のお仕事相手だとして、商談が成功するかで立ち位置が変わるのか。
それでお母様はともかく、わたくしまで出る理由はなんなのだろう。
もしかして。
「……お母様、一応わたくし、殿下の婚約者候補なのですが。流石にお見合いとかは……」
「なるほど、そう考えるのね。ふふっこれは面白くなるわ」
「違うのですか?」
「違うわ。安心しなさい。婚約者候補であるのに、お見合いなんてしたら陛下の不興を買うもの。そこまで愚かではないわ」
「申し訳ありません。そうですよね。ただ、わたくしまで出迎えるという理由がわからなくて」
「あらあら。へティは聡い子だと思っていたけれど、そうでもないわねぇ。いえ、自分に対してかしら」
「それ、最近よく言われますわ。……あ」
「本当、鈍感ね」
お母様の笑みが深まったのを見て、墓穴を掘ったことに気がつく。
お母様の前で、何かありましたと公言したようなものだ。バレていたとは思うけれど、墓穴を掘ることは違う。
「わたくし、寂しかったのよ? へティったら、こういう時はお母様に相談するべきではなくて? なのにトミーやエマだけにいうなんて……」
「……お母様に知られたくなかったといいますか、本当ならトミーにも言うつもりはなかったのですが……」
「まあ、せっかくへティが自分の思いを自覚したと言うのに、わたくしが気がつかないはずがないでしょう? なのにへティったら、どんどんおかしな方向に行くのにわたくしに何も言わないのだもの」
「待ってください。い、いつから」
「学園に入学して少ししたら貴女、ぼんやりしていることがあったもの。その瞳が完全に恋する乙女だったから、ああ、これは殿下と何かあったのね、と」
「ぼんやりしてましたっけ⁉︎」
「ええ。メアリー嬢に親身になっていたけれど、その合間にぼーっとしていることがあったもの。一瞬だから、へティ自身も気がついていなかったのね」
「嘘……って、なんで相手が殿下だと」
「あら、わたくしはへティと殿下が初めて会った時から予想していたわよ? なのに、帰ってから結婚する気はないなんて……びっくりしたんだから」
「え、ええっ?」
あの頃こそ、アウトオブ眼中だったはずなんですけれども⁉︎
なんで⁉︎
「母親の勘……といえばそうかもしれないわね。その頃のへティは確かに明確に恋しているわけではなかったけれど、将来的には……って思ったのよ」
「お母様、それは予想という範囲を超えていませんか?」
怖すぎる。なんだか特別な魔術……。呪いレベルな何かを使っているのでは……。
もう、初手からお母様に色々見透かされていた事実に、全身の力が抜けた。行儀悪く、ソファに体を預ける。
「うふふ。そんなへティを見ていたのだから、婚約者候補から下さなかったのよ」
「怖い」
「ふふっ」
もうそれしか言えない。お母様が本気になれば、国すら動かせそう。
「……お母様も十分王妃の器にふさわしいと思いますが……。その、陛下が王妃を選んだ理由はなんなのでしょう」
「まあ、どうしたの突然」
「いえ、年齢的にも釣り合いが取れていて、ここまで素晴らしい方ならば王妃になっても不思議ではないと思ったのです」
今の王妃様に不満があるとかでは決してない。
そもそもお母様が王妃であったならば、わたくしたちはこの世に生まれていないのだし。
ただ、なんとなく疑問に思ってしまったのだ。




