邸の中の様子が変わりました
パトリシア様もメアリー様も、本当に優しい方達だ。
満たされた気持ちでお手紙の返事を書く。
今、無性にお2人に会いたいけれど、物理的に無理なので諦めるしかない。だからこそ手紙にありったけの思いを込める。
これからのわたくしの行動も伝えよう。夏休みが明けたら、もう少し殿下に歩み寄ってみようと思う。
今までの態度もあるので、一気に距離を縮めようとは思わない。殿下の対応を見て、また考えよう。
わたくしやパトリシア様以外にも、婚約者候補となる人はいるのだから。最近顔合わせていないけれど。
それにしても、と思う。
(殿下の婚約者候補って、辞退することできたんだ……)
わたくしからすれば、衝撃だった。
記憶が定かではないけれど、わたくしが辞退したい旨をお父様に伝えたら断られた気がするのだけれど。
ううん、仔細が思い出せない。いいえ、辞退したいと断言はしていなかったかしら?
殿下の婚約者になりたくないとは言ったけれど。殿下、というより結婚の意思はないということだったかしら。
ああそういえば、気持ちが変わるかもしれないということも言われた気がする。そしてわたくしは否定しなかった。
それか。それがわたくしが辞退にならなかった理由かもしれない。
当時、12歳だったことを考えても、ここで辞退するというのも時期尚早とお父様が判断してもおかしくない。
少し前のわたくしなら、辞退できるものならさっさと辞退したいと言っていただろう。
今はそんな行動を起こさなかった自分に感謝したい。
数ヶ月でこんなに変わるのだから、面白いものだ。
前回と違い、筆の進みが早い。あっという間にお2人への手紙を書き終えた。
「よし、これで良いでしょう」
エマを呼ぶ。
部屋に来たエマは、わたくしの表情を見て安心したように頬を緩めた。
「こちら、お手紙の返事を書いたわ。お願いできる?」
「もちろんでございます。……本当に、よう御座いました」
「エマには情けない姿しか見せていなかったものね。心配かけてごめんなさい」
「とんでもないことでございます。……私ではお嬢様の心を晴れさせることはできませんでしたから」
「まあ、そんなことは絶対に無いわ。だってエマがいなければ、わたくしは自分と向き合うことができなかったもの。そうしたらお2人の手紙だって読むことができなかったと思うの」
「お嬢様……」
そっとエマの手を握る。
「ねぇ、エマ。わたくしは家族にはこのような情けない姿を見せられなかったわ。きっとそれはプライドもあったと思うの。けれどエマにはそんな姿を何度も見せているわ。それでもエマはわたくしに真摯に向き合ってくれた。だからとても感謝しているの。貴女がわたくしの専属侍女になってくれて、本当に嬉しいわ」
「……もったいなき、お言葉で御座います」
エマは言葉を振るわせ、目を潤ませている。
手を離すと、今度はエマから力強く手を握られる。その強さに驚いていると、エマがグイッと顔を近づけてきた。
「お嬢様っ」
「は、はい?」
「私、私こそお嬢様にお仕えできて幸せです! この身が果てるまで、たとえ火の中水の中! どこまでもお供いたします」
「え、ええ。ありがとう」
そこまでついてこなくても……。自分第一で考えても良いと言おうとしたけれど、多分言ったら良くない気がしたのでやめておく。
なんというか、エマの中でわたくしの株が上がったらしい。
元々エマとはすごく親密でもない頃から、わたくしを慕っていてくれていことは気がついていたけれど、今そのボルテージが限界突破したように見えた。
勢いに押されたような感じにはなってしまったけれど、嬉しくて笑顔になった。
◇◇◇
そして夏休み後半に突入する。
暑さはピークを過ぎているけれど、それでも暑いことには変わりない。
邸の中は魔術で一定の温度を保っているので快適ではあるけれど、外は少し庭を歩くだけで汗が滲む。
なので日中のお出かけというよりは早朝や、夕方にお出かけすることが多い。
今日は何をしようかなぁ、と考えながら朝食を食べるためにダイニングへ向かう。
課題は無事に終わったので、この後の時間は比較的自由に使える。ああ、そうだ。帰る時のことを考えて、お尻を重点的に筋トレでもしようかしら。あんなに痛い思いは正直したくない。
そんな風に考えていたけれど、ふと邸の中の空気がピリピリしていることに気がつく。
よく観察すると、その空気は使用人たちから出ていた。なんというか走り回ったりは流石にしていないけれど、バタバタと何かの準備に追われているようだ。
そして、その空気は隣にいるエマからも出ていた。
「なんだか皆忙しそうだけれど、何かあったの?」
「い、いいえ。何もありません」
「……目が泳いでいるわよ」
「えっ⁉︎」
指摘すると、グリンと顔を背けるエマ。うん、とても素直だ。
「一応聞くけれど、何か問題があるわけではないのね?」
「は、はい……」
「わかったわ」
使用人の仕事は、わたくしはわからないことが多い。無理して聞いても仕方がない。というより、最近家族の様子のことも考えて、ここでエマを問い詰めても仕方ないだろうと判断する。
そう、ここで問い詰めるべきは。
「今日はお父様も朝食を一緒に摂られるのよね?」
「はい。その予定です」
「では、お父様に詳しく聞くことにしましょう」
「……はい」
先ほどより少し、歩くスピードを上げる。
ダイニングに到着すれば、すでに家族全員揃っていた。
「おはよう、へティ」
「おはようございます」
お父様から始まり、皆と挨拶を交わす。
注意深く見ても、特にお父様やお兄様に変わった様子はない。
この2人が挙動不審であれば、問い詰めようとも思ったけれど2人は落ち着いている。
もう少し様子を見よう。
そう思い、観察を続けながら朝食を摂る。
ふと気がつく。周りにいる使用人たちがソワソワしている。先ほどと違い、ピリピリしているわけではないけれど浮き足立っているような。
再び家族に目を向ける。
お父様は相変わらずだ。けれど、お兄様を見たときにばっちり目があった。目があった瞬間にお兄様は、パッと目を逸らす。
「お兄様? どうかしまして?」
「なんでもないよ」
「ではなぜあからさまに目を逸らすのです?」
「いや、たまたまだよ」
お兄様、どうしてそんなに下手なのです。どう見てもその仕草は、何かありますと言っている。
学園でのお兄様はそんなことないのに、謎だ。
「まあ、へティ。そのくらいにしなさい」
「では、お父様。今日はなんだか、使用人がソワソワしていますがなんですか?」
「今日は訪問者がいるんだ。その準備に追われているんだよ」
「訪問者? どなたです?」
「それは来てからのお楽しみだね」
「ええ……?」
なんで勿体ぶるのだ。
お兄様は相変わらず視線を逸らしている。トミーに目を向けると、首を横に振られた。
わたくしたちに関係あるのかしら?
考えられるとするならば、数日前にお母様が言っていた分家の誰かかもしれない。
流石にトミーの生みの親ではないだろう。トミーはまだ答えを出していない。
けれど分家が来るとして、わたくしたちに隠す必要はあるのだろうか?
首を傾げつつお母様に目を向ける。そして後悔した。
なぜならとても良い笑顔だったからだ。この状態でその笑顔は裏を感じてしまう。
そしてその予感は外れることはなかった。
「へティ、お客様に失礼のないように、この後準備をするわよ」
「え」
それはあれですね。湯浴みして着替えて化粧して……ってことですね。
久しぶりにそんなことをするので思わず目が遠くなってしまったわたくしを、お母様は楽しげに見ていた。
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