お手紙の返事がきました
またあれから数日。
家族とのんびり過ごしつつ、課題をこなしつつなどとても充実した日を過ごしていた。
また、パトリシア様とメアリー様からお手紙の返事が来た。殿下はお忙しいのか、まだ来ないけれど。
ちょっと勇気が出なくて、まずはメアリー様のお手紙を読んだ。
「ふむふむ……。どうやらキャンベル男爵とちょっとずつ距離を縮めているのね。まだ完全に打ち解けた訳ではない……と。ふふ、きっと時間の問題ね」
メアリー様を我が家に誘って、迎えに行った時のキャンベル男爵を思い出す。
あの時だけを見るなら、キャンベル男爵は誠実そうな印象を受けた。それは仮面だという可能性もゼロではないけれど、メアリー様への待遇もちゃんとしていたと他ならぬ本人が言っていたので、そこは疑いすぎるのも良くないだろう。
きっとメアリー様は絆されるわね。
我がスタンホープ侯爵家の力を持ってすれば、きっとキャンベル男爵の裏、すなわちメアリー様のお母様との関係を調べることは簡単だろう。
けれど、お互いに歩み寄ろうとしている今は、無理して調べる必要はなさそうだ。メアリー様が傷つく恐れがあるのなら躊躇はしないけれど。
きっと機会があれば、男爵がメアリー様に話すのではないかしら。やましいことがなければ、あの感じなら話す感じがする。
「メアリー様も、素直に認めるのが恥ずかしいのね。……わたくしと同じだわ」
結局、人間はそんなものなのかしら。
そして、最後の方はわたくしとパトリシア様のことだった。
「……メアリー様に1番苦労をかけているわね。これ、ストレスすごかった……いえ、今もすごいわね。メアリー様も優しいから……。ご自身のことに集中してもいいのに」
まずは自分が全て言うのは違うので内容は伏せるけれど、パトリシア様がわたくしを嫌うなんてことは絶対にないから思うままに行動してもいいということ。ちなみにわたくしが不安にならないようにか、メアリー様から見たパトリシア様のわたくしへの思いを綴っている。流石に恥ずかしい。
これ、間接的に告白されている気がするわ。顔が熱くなる。
もはや何かの罰ゲームと勘違いしそうになるほどに、恥ずかしい。
そして最後の文を見て、思わず笑ってしまった。
「‘’完璧だと思っていたお2人が拗れている様子は、不謹慎にも親近感と共に嬉しさも感じてしまいました。同じ年頃の少女なんだなと。お2人は私に迷惑をかけたと思うかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ魔物襲撃事件から、ずっと支えてくれたお2人への恩返しができそうで嬉しいです‘‘ふふ。本当に良い子ね。わたくしは本当に周りに恵まれているわ」
また夏休み明けに会うのが楽しみだ。とにかく手紙の返事を書きたい。
けれど、その前に。
「今度はパトリシア様のお手紙ね」
少し緊張するけれど、メアリー様のおかげで読めそうだ。
それでもゆっくりな動きで、手紙を開く。
「…………え?」
そこに書いてあったのは、思いもよらないことだった。
いや、ある意味ではトミーの言葉もあり、予想の1つではあったけれど。それでもわたくし自身が信じきれていなかったこともあり、驚いてしまったのだ。
初めはわたくしが領地についたことへの労い。そして。
「‘’誤解を与えるような言い方をしてしまったことを謝罪させてください。あの時、メアリー様に諭されて、なぜあの言い方をしてしまったのかと後悔しました‘’……誤解、ですか。えっと、‘’殿下に口止めされていたのもあり、湾曲に伝えようとした結果、ヘンリエッタ様に誤解を与えてしまいました。殿下に呼び出されたあの日、最近の行動の意図について聞かれたのです‘’」
あれか、わたくしの気持ちを自覚させようと恋愛漫画のようなシチュエーションを作っていた時の話か。
ああ、そうよね。殿下からすれば、何があったと思って聞いてもおかしくない。
「‘’その時にわたくしは、臣下として殿下を支えたいという旨を伝えました‘’……それは……パトリシア様は……」
自ら婚約者候補から降りた……。衝撃だった。
あのパトリシア様が、そのような決断をするなんて。
「……わたくしとライバルになりたいと……言っていたのに」
寂しさだろうか。心に隙間風が吹き込んでいるような感じだ。
「あ……‘’ヘンリエッタ様とライバルになりたいと言っていたのに、嘘をつくようなことになってしまってごめんなさい。けれど段々とわたくしの気持ちが変わっていきました。誓って、後悔なんてしておりません‘’」
後悔していない。それならば、わたくしはこれ以上口を挟む余地はない。
それこそわたくしの我儘になってしまう。なんというか、モヤモヤするけれど。
「‘’わたくしが他言無用と言ったのは、わたくしが婚約者候補を降りたということは公表するかすら決まっていなかったからです。元々そろそろ婚約者選定の時期が近づいておりましたので、むやみに公表する必要もないかもしれないということもありましたので。その言い方を根本から間違ってしまって、本当にごめんなさい‘’……それは、流石にわからなかったわ」
いくらパトリシア様のことを理解している、1番側にいるという自負があっても婚約者候補を降りるという想像は出来なかったのだから、それは誤解してしまうのは許してほしい。
あの時の言い方は、状況を考えるのなら正反対だった。こんなに違うのもすごい。
けれど後悔していないのは本当なのだろうか。
メアリー様はすぐに信じられたのに、パトリシア様に対しては疑心暗鬼になってしまう。
それは今までのことも関係しているのだろう。
そして最後の文を読む。
「‘’最後に絶対に信じて欲しいことがあります‘’……まるでわたくしの気持ちを理解しているような。‘’わたくしは今まで全力でした。全力で恋をして失恋しました。そこには達成感すらあります。だから満足しています。ヘンリエッタ様にも、後悔しないようにしていただきたいです。わたくしはヘンリエッタ様の味方です。これから先、ずっと。大切な親友ですから‘’」
手紙に水滴が落ちる。
せっかくパトリシア様が書いた手紙が、汚れてしまう。
手紙を置いて、顔を両手で覆う。
段々堪えられなくなって、嗚咽も止まらない。
どこか不安になっていた気持ちが、晴れていくようだ。
夢でも‘’私‘’が言っていた。ああ、本当だ。
ただわたくしは、自分の想像に怖がっていただけだ。
なんだかわたくしだけが置いて行かれているようだ。パトリシア様も、メアリー様もどんどん先に行ってしまうような。
ああ、それこそ過去の‘’私‘’に縛られているからか。
過去ばかり見ていても、成長は期待できない。‘’私‘’だって、言っていたじゃないか。
そうか。わたくしに必要なのは、前世にこれ以上縛られないことなのだ。
そのことを本当の意味で理解することができた。
あのクソ野郎(名前がわからないので、‘’私‘’と同じ呼び名にする)のようなやつが全てな訳がない。
特に周りにいる男性たちは、誠実な人たちだ。(家族はポンコツが多いけれど)
ちゃんと彼らを見ていなかったのだ。どこかフィルターをかけて見ていた。
それがどれだけ失礼なことか、想像もせずに。
涙は止まらない。大粒の涙を流しながら、強く誓う。
(もう、過去に縛られない。本当にヘンリエッタ・スタンホープとして生きていこう。ここにいる人たちに、誠実に向き合いたい)
あれは結局夢だったのだろうか。それでも‘’私‘’のおかげで前を向けるようになったのもある。
(だからありがとう。前世の私。さようなら)
わたくしであり‘’私‘’。いなくなるわけではないけれど、訣別の言葉を。
そんなわたくしを、上空で黒髪の女性が笑って見ていた。




