わたくしと私
謝られた。‘’私‘’に。
字面だけ見ると、狂ったように感じる。しかし、事実だった。
どう言うわけか、前世の‘’私‘’と今のわたくしが乖離しているらしい。あり得ない。と思うけれど、感覚がそう告げていた。
「……謝らないで欲しい……わ。わたくしは貴女で、貴女はわたくし。貴女がいなければ、今のわたくしはいない。貴女がいたから、異世界転生の可能性を思いついて自分の行動を変えられたの。貴女のおかげよ」
‘’……ありがとう。じゃあ最後に1つだけ。あのクソ野郎なんかを、いつまでも引きずっちゃダメだよ。あれは私の話。今のヘンリエッタには関係ない。‘’
「ええ」
‘’クソ野郎への最高の復讐は、幸せになることよ!‘’
「それ、メアリー様も言っていたけれど、そもそも違う世界にいるのだから復讐も何もないのでは?」
‘’じゃあ、クソ野郎なんて、綺麗さっぱり忘れるの‼︎ そもそも名前も顔も覚えていないのなら、そのまま存在すら忘れることだって出来るよ!‘’
「それはそうね。……ねぇ、せっかくだし、‘’私‘’の名前を知りたいわ」
‘‘……ダメだよ。それは多分、今のヘンリエッタが知ることじゃない。‘’
「どうして?」
‘’仮に私の名前を聞いて、クソ野郎のことまで思い出さないとも限らないし! それに、私は貴女なのでしょう? それで十分だよ。‘’
「……そうね」
そう答えた時、視界がおかしいことに気がつく。
なんだか霧がかかったように、もやもやしている。
‘‘そろそろ時間だね。ねぇ、ヘンリエッタ。きっとパトリシアさんもメアリーさんもトミーくんも殿下も、貴女が素直になると喜ぶはずだよ。貴女はそれだけの関係を今まで築いてきたんだから。‘’
「それを‘’私‘’に言われるのは、なんだか恥ずかしいわ。……待って、時間って? それに目が……」
どんどん視界が白んでくる。
‘‘ゴメンね。まだ話したいことがあったけれど、時間切れだ。幸せになって、ヘンリエッタ。もう一人の私。貴女が幸せなら、私は報われるよ。‘’
「待って、お願い!」
手を伸ばそうとするけれど、体の感覚もない。
遂に、白に覆われた。
◇◇◇
「待って‼︎」
勢いそのままに、飛び起きる。
そこは領地の私室だった。いや、ずっとそこにいたはずだけれど。
「あ、あら? わたくし……。痛っ」
唇付近に痛みを感じる。鏡で確認すると、先ほど拭ったはずの血液で汚れていた。
と言うより、拭う前と全く同じ流れ方をしている。
さらに髪も乱雑にではあるけれど、整えていたはず。
こちらも同じように乱れていた。
違うのは瞳に光があるか、と言うことくらいだ。
「え? あら? どうして……」
混乱のあまり、意味のない言葉が出る。
先ほどのことを思い出す。前世の‘’私‘’と乖離して、会話を……。
そういえば今思えば、この部屋ではなく、王都の私室だった……ような? なんだか不明瞭だわ。
さっきまでのことのはずなのに、記憶があやふやだ。
もしかして。ある仮説に辿り着き、思わず叫び声を上げた。
「まさかの夢オチですの〜〜〜〜⁉︎」
叫び声を上げたことで、また唇が痛んだけれどそんなことはどうでもいい。
わたくしの妄想、都合のいい夢を見ていたのだろうか。
力が抜けて、再びベッドに沈む。
そんなオチがあってたまるか、とどこに向けるのか不明な怒りを覚えた時。
「お嬢様⁉︎ 何があったのですか⁉︎」
エマがバンッと扉を開けて、飛び込んできた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
「お嬢様⁉︎ お怪我をされているではありませんか⁉︎ 何があったのです! 急ぎ旦那様にご報告をしなくては!」
「待って待って待って! 大丈夫! 今話すわ! だからお父様には言わないで‼︎」
クルリと体を180度向きを変えて、部屋を飛び出そうとするエマを必死に止める。
ベッドから飛び降りて、エマに抱き着く。
今お父様に報告されたら、わたくしは羞恥心で死んでしまうわ!
絶対にエマを逃してはならない! と必死に引き留める。
その様子に、エマは落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「エマ、本当に大丈夫よ。大した傷でもないし、誰かが侵入したなんてこと絶対にないわ」
「……わかりました。とにかく、傷の治療をしましょう。ああ、手のひらにもくっきり爪の跡が……」
「流石に血は出ていないから、これはそのうち消えるわ」
わたくしの全身をさっと確認される。
とりあえず落ち着いてくれたことにホッとした。
救急箱を持ってきて、消毒をしてくれる。染みるけれど、なんとか耐えた。
「申し訳ありません。染みますよね」
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」
きっと、いや確実に、家族から傷のことは聞かれるだろう。目立つ上に隠す手段がない。
どう言い訳をしようか。いえ、先にエマに事情を話さないと。
治療が終わり、片付けたところで話し出す。
「エマ。わたくしね、ちゃんと自分と向き合ったのよ。そうしたらわたくしがどれほど愚かだったのかと、情けなくて気がついたら唇を噛みちぎっていたの」
「そんな……。申し訳ありません。それならば私は離れるべきではありませんでした。お嬢様がそんなに思い悩むとは……」
「いいえ。そうしたら逆にわたくしは、しっかり向き合うことは出来なかったわ。だから間違いではないの」
そう、淑女教育として、感情を素直に出すことは良しとされていない。そもそも初めに表情の作り方を教わるくらいに、当たり前のものだ。
いくらエマとはいえ、無意識に表情を取り繕ってしまうだろう。そうしては、自分の本当の気持ちに気がつくこともできなかったに違いない。
だから、間違いではない。
「私、実はずっと扉の外で待機していたのですが……急に叫ばれたのは……?」
「えっとね。途中から、夢を見ていたみたいなの。その夢の内容が、わたくしに都合が良かったというか。もちろんそのおかげで自分の本当の気持ちに気がつくこともできたのだけれど。その、夢だと気がついたらつい叫んでしまっていたの」
「そうなのですね……」
エマは言葉に悩んでいる。それはそうだろう。きっと心配した方向とは別方向だったはずだから。
「えっと、心配をかけてしまってごめんなさいね」
「いいえ。その、では、心の整理はついたのでしょうか?」
「……そうね。きっと出来たわ。あとはどう行動するか考えていこうと思っているわ」
どう向き合っていくか、明確な答えは出ていない。
けれど、夢のおかげもあってスッキリした感じはするので、なんとかなると思う。
それこそ、対面するのは夏休みが明けてからなので、時間はまだある。
手紙のやりとりもするから、大丈夫のはずだ。
「良かったです。最近のお嬢様は見ていて心配でしたから」
「そうね、そういえばエマには情けない姿をたくさん見せていたわ」
前言撤回だ。むしろ家族より情けない姿を見せていた。自分のことに一杯一杯の状態の時だったからすっかり頭から抜けていた。
「これからのことはまた考えるわ。まだ夏休みが明けるまで時間はあるのだし」
「あ、え、ええ。そうですね。明けるまではまだありますね」
「? 急にどうしたの?」
「いいえ、なんでもありません」
今度はエマの様子がおかしくなった。
聞いても答える気はなさそうだ。
「そう……? 情けない姿ばかり見せて頼りないかもしれないけれど、何かあれば力になるわ。遠慮せずに言ってね」
「有難いお言葉でございます」
エマがこの時、挙動不審になったことをもう少し問い詰めるべきだった。
そうすればこのあと、もっと真剣に考えたのに。
そう後悔するのは、数日後のこと。
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