自分と向き合いましょう
集中するために、ベッドに寝転んだ。矛盾しているかもしれないけれど、思考に集中するには重力に身を任せて体を楽にした方がいい気がするのだ。
こうしてゆっくり自分に向き合うことを決めると、最近本当に色々なことがあったなと思う。
そもそもこの激動の始まりは、それこそわたくしが殿下への気持ちに気がついたことからではないだろうか。
いいえ。大元はやはり魔物襲撃事件か。あれからわたくしも色々変わったと思う。
メアリー様との出会いから始まり、いろいろな方と関わりが増えた。
そういえばわたくしはいつから殿下を慕っていたのだろう。
気がついた時には失恋も同時にしていたので、いつからなんて明確に分かっていなかった。
確か学園に入学してから、殿下のアピールが激しくなった。
そうだわ。そのころに殿下の素の一人称は‘’僕‘’だと知ったのだ。
そこからの殿下の積極性に恐れ慄いて、なるべくパトリシア様とメアリー様と一緒にいるようにしたんだった。2人きりになった瞬間、何されるかわからなかったから。
うわぁ。数ヶ月前のことなのに、とても懐かしく感じる。
まあ避けようとしても、避けられるものではなかったけれど。同じクラスだし。
ああ、それこそ見方が少しずつ変わったのは、魔物襲撃事件に備えて訓練するようになった頃からか。避けられずに、むしろ教えを乞うた頃から変化していたのかもしれない。
素の殿下を何度も見て、好ましいと思っていた。笑う顔も真剣な顔もとても素敵だと思っていたのだ。
光があたると燃えるように見えるダークレッドの髪も、意志の強さを感じさせるカーマインの瞳も。
全てに気がついたら囚われていた。
「ああ。それはパトリシア様が気がつくはずだわ」
囚われていた。その思考にたどり着いて、思わずそんな言葉が漏れる。自嘲の笑いと共に。
両腕で顔を覆う。
一気に変化したわけではないけれど、それでも確かに変化していたのだ。
思い返せば、こんなにもわかりやすい。パトリシア様、メアリー様、そしてトミーが気がついていたのだ。きっと家族にも、そして殿下にもバレていたのだろう。
それを必死に否定して、周りを振り回して。
確かに前世の記憶から恋愛ごとに臆病になって、足枷になっていたのは事実だろうけれど。
だからと言って、周りを巻き込んでいいものではない。わたくしたちの恋愛ごとは、わたくしたちだけで完結しないのだから。
家、強いては王国の未来にも関係があることだったのに。
わたくしは自分のために、周りを巻き込んでいた。
本当に愚か者だ。
泣きたくなったけれど、唇をかみしめて耐える。
泣く権利なんて、わたくしには無いから。
目が痛くなってくる。その痛みを誤魔化すように、唇をさらに強く噛み締めた。
プツという感覚と共に、鉄の味が口の中に広がる。それでも、力を弱めることは出来なかった。
止めてしまえば、今度は発狂したくなってしまう。花瓶を壁に叩きつけたくなってしまう。衝動のまま、暴れたい。
それをしてしまえば、誰かがこの部屋に来てしまう。こんな姿、誰にも見られたくない。
わたくしは、身の内を暴れる狂気に耐えるしかなかった。
◇◇◇
どのくらい時間が経ったのだろう。
口に力を入れすぎて、痺れて感覚が無くなっていた。
けれど、力を弱められるくらいには身の内の狂気は萎んでいた。
ゆっくりベッドから起き上がる。
口だけでなく手にも力を入れていたようで、握り拳を作った手のひらを開くのに苦労した。
うまく動かなくて、自分の手では無いようだった。なんとか手を開くと、くっきり爪の跡が残っている。
流石に皮が厚くて、こちらは破れなかったらしい。
鏡を見ると、まるで幽鬼のような姿が見えた。アリスブルーの髪が今は乱れ、翡翠の瞳がいつもより色が暗い。というか光がない。唇の端から血が少しだけ流れていて、もはや悪霊だ。
髪をかき上げて、体の空気を全て抜く。
近くのハンカチで唇を拭う。自然と力が入ってしまって、切れた部分がジクジク痛む。
「はあ……。振り返ったら、自分の愚かさがよく分かったわ」
少しの刺激で荒波が立ちそうな気持ちを沈めるために、敢えて大きめの独り言を言う。
「なんのために……ああ、そうだ。わたくしの気持ちと向き合うためだった」
一瞬、自分がなぜここまで荒ぶってしまったのか、忘れかけていたけれど思い出す。
というか目的を思い出して、まだ全て終わっていないことに気がつく。
「そう、殿下をどう思っているか、よね。さっきは過去を思い返していたから、現在は……」
あ、また荒ぶりそう。今日はここまでにしておくべきかしら?
いいえ、もう少しで何か掴めそうな気がする。
深呼吸を繰り返しながら、今の自分と向き合う。語りかけるように。
わたくしは、何を思っているの? ――皆様に申し訳ないわ。
どうして、申し訳なく思っているの? ――わたくしの気持ちで、振り回していること。特に殿下とパトリシア様に。
では、どうしたいの? ――お2人に償いたいわ。
どうすることが、一番の償いになると思う? ――謝罪だけでは意味がないわ。お2人には誠意を見せたいの。
‘’でもそれって、本当に償うべきこと?‘’
「え?」
急に頭に浮かんだことに、呆然とした声が漏れる。
本当に償うべきこと? それはそのはず。だって、2人には、迷惑を……。
‘’2人は迷惑だって、嫌がるそぶりを見せた?‘’
わたくしであって、わたくしでない声が聞こえる。その声は恐怖を煽るようなものではなく、見極めるための道標のように思えた。
「それは……」
‘’罪悪感からの色眼鏡で見てはダメ。それは2人に向き合っているとは言えない。ちゃんと、2人の表情、仕草。思い出して。‘’
‘’あなたなら出来るわ。ヘンリエッタ・スタンホープ。‘’
「お2人の、表情、仕草……」
パトリシア様が本気で嫌がる時の仕草を思い出す。最近、その仕草を目にすることはあっただろうか?
……恐らく、ない。
むしろ思い出されるのは、こちらを心配そうに見つめる眼差しばかり。
殿下は、どうだろう。わたくしより感情を隠すのが上手なのと、そもそも交流が密でなかったせいでパトリシア様ほどない、と言い切れる自信はない。
けれど特に魔物襲撃事件の後の殿下は、ずっと親しみやすさがあった。同志と認められたような、そんな空気があったようにも思う。
‘’ヘンリエッタ。大丈夫だよ。貴女が見たことを信じて大丈夫。確かに私と魂は同じかもしれないけれど、貴女は私じゃない。過去に囚われて、今の大切な人たちを見失わないで‘’
「あ……」
‘’これ‘’はわたくしだ。
前世のわたくしの声。同じであるのに、なぜ別の声として聞こえるのだろう。わたくしの願望も入っているのか?
そんなに精神が不安定なのか。
そんな風に思いながらも‘’声‘’は語り続ける。
‘’ヘンリエッタ。自分の気持ちを素直に認めて大丈夫だよ。怖いと思うのは、普通のことだよ‘’
「怖い?」
何に? ああ、メアリー様も言っていた。何かに怯えているようです、と。
メアリー様はあの時は、恋愛に怯えていると言った。けれど今は恋愛に怯えているような状態ではないと思う。
殿下への気持ちをはっきり自覚できたのは、成長であるだろう。
それ以外に怯えていること?
そこまで考えて、ようやく答えに辿り着く。
先ほどエマに言われた答えだ。
「わたくしは、殿下と……パトリシア様に嫌われるのが怖かった……?」
ストンと胸に落ちる。ここまで色々巻き込んでいたから、愛想を尽かされるのが怖かった?
‘’ゴメンね。私の記憶がなければ、ここまでならなかったかもしれないのに‘’
そう‘’私‘’の声が聞こえた。
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