不思議なことを発見しましたわ
殿下との手紙のやりとりは、意外にもそれなりの頻度で続いている。
元々毎日学園で会うので、世間話はしているのだ。だから何か目新しいことを伝えたいとかは、直接話すことが多い。なので、書く内容に困るかと思えば、そんなことはなかった。
わたくしとしては、学園で話せばいいのでは? と思ってしまっていたけれど、殿下はプライベートなことを聞いてくることが多い。
つまり、大人数で話すようなことではない内容だ。そもそも学園では基本的に、パトリシア様とメアリー様の3人で行動しているし、他人の目も完全に遮断することはできない。
となると、プライベートなことを聞きたいのであれば、手紙は確かに有力なコミュニケーションだった。
手紙のやり取りが始まったのは、魔物襲撃事件の見返りという名目だ。
わたくしが殿下を避けていたので、お互いに知らなさすぎるのだ。意外と始まってから、話題を欠くことはない。
けれど、そこに色はないというか。お互いの性格なのか、何とも事務的な文章になりやすい。
いや、内容はちゃんと読むと淡白でないはずだ。教育のおかげで、字が綺麗だと言うのも問題かもしれない。癖がない字で、読みやすいけれど個性がないとでも言えばいいのか。
ぱっと見、業務連絡の手紙かと思うくらいだ。お互いに。
わたくしも努力しているのだけれど、何だか書き終わると淡白に見えてしまうのだ。難しい。
今回も努力してみたけれど、なぜかあっさり見える。
内容は最近会話ができていなかったので、体調を気遣う内容をまず書いた。その後はパトリシア様と内容が似てしまったが、領地での体験を書いた。
うん、内容はいい。見た目が地味というか。
パトリシア様やメアリー様はそんなことなかったのに、なぜ?
そんなわたくしの様子を見ていたエマが、手紙を覗き込んできた。
「どうされたのです? 内容はとても良いものだと思いますが」
「ええ、内容は変だと思わないわ。けれど、何だか地味というか……個性がないというか? うまく言えないけれど、パトリシア様たちに書いた時とは何かが違う気がするの」
そう言って、何かエマから意見をもらえないかと手紙を見せる。
改めてエマは手紙を読んで、言葉を紡いだ。
「なるほど。おそらくですが、お嬢様は無意識に緊張されているのではないですか?」
「え? 緊張?」
思いもよらないことを言われて驚く。
エマは頷き、続けた。
「はい。先日のディグビー公爵令嬢たちのお手紙と比べると、硬い印象を受けます。何というか、執務で使うような文字と言いますか。ディグビー公爵令嬢たちへのお手紙は、もう少し文字に力強さがあった印象です」
「まあ。本当?」
「私が見る限りですが」
エマの言葉に、手近な自分が書いたものを眺める。手近にあるのが課題だったけれど、殿下の手紙と注意深く見比べてみる。
と、エマがパトリシア様への書き損じの手紙を持ってきてくれた。
「こちらの方がきっとわかりやすいです」
「ありがとう、エマ」
改めて、2つの手紙を見比べる。
そして見比べて分かった。確かに、文字の書き方が違う。
パトリシア様に書いた文字は、筆圧が強く全体的に文字が大きい。それに書いているときは気がつかなったけれど、右にいくにつれて少し下がっている。
一方で殿下に書いた文字は、パトリシア様にあった特徴が消えている。筆圧は強過ぎず、弱過ぎない。文字の大きさも少し小さくなり、横一直線に書かれている。
「まあ……。こんなに違うなんて。逆に自分がすごいわ」
「確かに、意識するとお嬢様は綺麗な字を書きますね。いえ、決して普段の字がよくないと言うことではないのですが」
失言だったと、慌ててエマが弁明するけれどわたくしも同じことを思っているので気にしない。
「分かっているわ。けれど意識したつもりはなかったのよ」
「きっとこの違いが、違和感の正体なのですね」
「気がついたら変えることはできるけれど……。これ、変えない方がいい気がするわ」
「けれどこの手紙のやりとりは私的なものなのですよね? ここで業務的になってしまうのは、味気ない気もしてしまいますが。殿下はどのような癖があるのですか?」
「それが殿下も似たような感じだったのよ」
「それは……」
エマが言いにくそうにしている。
「ここにはわたくししかいないわ。聞かせてくれる?」
「私は殿下のお人柄は伝え聞いているだけなので、あくまで憶測になりますが」
「構わないわ」
「殿下も緊張されている……とか。その、お嬢様と似たところがあるように見受けられるので、可能性はゼロではないかと」
「うぅん」
エマの言葉は、わたくしのことを考えると否定は出来ない。
けれど他の令嬢とも手紙のやりとりはしているだろうに、緊張することはあるのだろうか?
「その、殿下が王都の侯爵邸にいらした時の様子は、お嬢様に並々ならぬ感情を持っているようにも見られましたので」
「ああ……」
あの魔物襲撃事件の後の話か。
確かにあの時の殿下はひどく取り乱していたので、そう見られてもおかしくない。
「あの時はきっと、わたくしが自分を犠牲にしようとしたからショックも大きかったのだと思うわ」
「あ、えっと」
「殿下も素晴らしい方とはいえ、近しい者が傷つく姿は衝撃だったのでしょう」
「……そうですね」
何だろう今の間は。
「とりあえず、お嬢様の手紙の原因はわかったのですし、書き直しますか?」
「そうね。字を意識すれば……」
そう考えて、書き直したのだけれど。
数分後のわたくしは、再び首を傾げることになった。
「おかしいわ。いつも通りを意識すればするほど、逆に綺麗な字になっていくわ」
「お嬢様の字はどんなものでも綺麗ですよ。……しかしむしろ悪化してますね」
「なぜかしら?」
「無意識を意識したから……とかですかね? 1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「お嬢様は殿下をどう思っているのかと思いまして」
「……何だか、最近色々あってよくわからなくなっているの」
半分本当で、半分嘘。
わたくし自身の気持ちは、殿下を好きだと認めている。だけれど、殿下やパトリシア様、トミーと様々な人の考えがわからずに混乱している。
殿下自身の気持ち、パトリシア様の気持ち、トミーの気持ち。何もわからずに、翻弄されている。
「ではシンプルに考えてください。お嬢様自身の気持ちは如何です?」
「……お慕いしているわ。けれど、エマも知っているでしょう? 過去のわたくしの殿下への対応を」
「それでも、今のお嬢様は殿下をお慕いしているのですよね」
「……ええ」
「きっとお嬢様は、今までの行動と現在の心情が混ざって知らずのうちに緊張されているのだと思いますよ」
「そうかしら」
「私の憶測ですが。今までの行動で、好かれていないかもしれないと言う思いが少なからずあって、これ以上嫌われたくないと思っているとか」
「……」
そうなのかしら。
わたくしはそっと胸に語りかける。
しばらくしても、もやもやしていてうまく形にならない。
けれどエマから見たら、わかりやすいようだ。
微笑みながら言われる。
「すぐに答えを出すのは難しいですね。内容が大丈夫であれば、お手紙は出しますがいかがいたしますか?」
「……これ以上、遅くなるのも失礼だし出すわ」
「承知しました。私はしばらく席を外します。何かあればお呼びください」
「ありがとう」
きっと一人で考えた方がいいと判断されたのだろう。
わたくしも避けられる問題ではないので、ゆっくり自分と向き合うことにした。




