急展開です
とにかく今からでも殿下へ手紙を書こう。
何を書けばいいか、全く思いつかないけれど。
そんな風に考えながら、課題を片付ける。便箋は部屋にあるので、一旦戻らないと。
その時、書庫の扉が開いた。
「ああ、2人ともここにいたのね」
「お母様、どうされたのですか?」
現れたのはお母様だった。わたくしたちを探していたようだけれど、どうしたのだろう。
「ちょっと2人にお話があったのだけれど、何か急いでいたのではなくて?」
「あ、えっと、大丈夫です」
「そうなの?」
確かに急いだ方がいいことかもしれないけれど、頭を整理するために時間が欲しい。お母様のお話を聞くことは、いい時間稼ぎになるかもしれない。
そう思って、お母様のお話を聞くことを優先する。
「トミーも大丈夫かしら?」
「僕は大丈夫です」
そう言いつつも、こちらに視線を送るトミー。明らかにその視線はジトっとしている。
けれど何もいうことはないので、全力で気がついてないフリをした。
お母様はわたくしたちの様子を見て、笑いながら話をしてくれた。絶対にバレていると思う。
「そう。まあいいわ。実はね、夜会を開こうという話が出ているのよ」
「「え?」」
夜会? いつ? ドレスなんて持ってきていないし、そもそも準備出来るの?
さまざまな疑問が頭を駆け抜ける。
「え? 母上、招待状とかの件もありますよね? いつですか? 間に合うのですか?」
「まあ、一瞬でそこまで考えるなんて流石ね」
「そんなお世辞はいいです」
「ふふ、問題ないわ。このわたくしが開くのですから。それに、何もこの夏休み期間という話ではないの」
「そうなのですか?」
「ええ。流石に夏休み期間だと、この後のスケジュールが詰まってしまうわ。アレキサンダーが仕事を溜め込まなければ、まだ可能性はあったのだけれどね」
「お父様……」
本当、今回に関してはひどくないだろうか。結局、仕事を溜めてしまった理由は何なのだろう。
「それは父上が悪いですね。では本当なら、この夏休み期間に開く予定だったのですか?」
「ええ。けれど、わたくしはトミーの意見を聞きたかったの。夜会と言っても、晩餐会の予定で主に分家の者たちとの交流が目的だったから」
「分家……」
トミーがポツリと呟く。
お母様はトミーが何を考えているか、わかっているようだ。言葉を続けた。
「ええ。分家は多くが王都よりこのスタンホープ侯爵領の近くに邸を持っていることが多いから、ちょうどいい機会なのよね。ええ、今回は無理だけれど。それで、開くならトミーのご両親も招待しようと思っているの」
「!」
トミーが目を見開く。何か言いたげに口を開けるけれど、言葉は紡がれない。
「だからトミーの意見も聞こうと思ったの。トミーが嫌なら、そもそも晩餐会は開かないわ」
「…………」
「急な話で驚いたわよね。すぐに答えを出さなくて大丈夫よ。ごめんなさいね、夏休み前に伝えたかったのだけれど」
「いえ、いろいろありましたし、それはいいのですが……しかし向こうが僕に会いたがるとは思いません」
掠れた声でトミーは言う。
「あら、どうして?」
「……僕の親は父上と母上です。生みの親は、僕の扱いに困っていたようですし、今さら……」
トミーの中ではご両親にわだかまりがあるのか。
そういえば、トミーが引き取られた理由は、魔力のコントロールがうまくできなくてご両親もどうしたらいいかわからなかったからだった。
現在はトミーは魔術の扱いは格段に上手くなっているし、暴走もしていない。
むしろわたくしの方が暴走させているくらいだし。
今はそれはどうでもいい。
お父様はトミーのご両親は、トミーを愛していると言っていた。関わり方を間違えてしまい、離れるしか解決策がなかったのだと。
けれどスタンホープ侯爵家に引き取られてから、トミーのご両親とトミー自身は連絡を取り合っていない。
それはトミーからしたら、愛されていないと思っても当然のことかもしれない。
けれどそのことを知っているわたくしから見ると、とてももどかしく思ってしまう。
何か言おうか悩んだけれど、お母様と目が合った。その目が‘’何も言わなくていい‘’と言っていたので、口をつぐむ。
「トミーが会いたくないというのなら、無理強いはしないわ。1つ覚えていて欲しいのは、ご両親と和解してもわたくしたちとも家族だということよ」
「……考えさせてください」
「ええ。ゆっくり考えてちょうだい。夏休みに無理して答えを出さなくても大丈夫よ。この後もいろいろあるのだし」
「はい」
お母様はトミーを優しく抱きしめた。頭を撫でながら言う。
「些細なことでもいいから、気になることがあったらいつでも聞きなさい。トミーはわたくしの自慢の息子なのだから」
「はい、大丈夫です。母上の気持ちを疑ったことはありません。そこははっきり言えます」
トミーの声に力が戻る。お母様も離れて、微笑んだ。
「それではわたくしは行くわ。突然押しかけてごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です」
「へティもこの後、何かするのかしら?」
「はい」
「そう、頑張ってね」
そう言ってお母様は書庫から出て行った。
残されたわたくしたちは、数分無言になる。
「……まさか生みの親の話をされるとは、夢にも思いませんでした」
ポツリとトミーが言う。
「わたくしも驚きましたわ」
「姉上は、どう思います?」
お母様の先ほどの様子を考えれば、きっとトミーのご両親のことをわたくしがとやかく言わない方がいいのだろう。
これはきっと、第3者から強制されるべきではないことだ。
言葉を慎重に選びながら紡ぐ。
「わたくしは……そうね。いずれは会うべきなのかと思うわ。けれど、トミーが嫌なら無理をする必要もないと思うの。きっとお母様も同じ意見だからこの話をしてきたのだとは思うけれど」
「まあ突然言われて、会いますとはならないですね」
「トミーがこちらにきた経緯を考えるのなら、それは当然だとわたくしも思うわ。きっと学園に入学して世界が広がったことも加味して、そろそろトミーに打診してみようと思ったのだとは思うわ。だってトミーは、この頃とても成長が早いもの。時々、本当に年下か疑うことだってあるのよ?」
少し茶目っ気を含ませて言うと、トミーも笑いながら頷いた
「もしかしたら、周りに年上なのに頼りない人が多かったせいかもしれないですね」
「あらやだ。とても耳が痛いわ」
「安心してください。姉上はマシな方です」
「ふふっ」
トミーに少し元気が戻ったようで、安心する。
それでもわたくしの気持ちを伝えたくて、トミーの手をとり目を合わせた。
「姉上?」
「トミー、わたくしだってトミーは大切な家族よ。トミーがわたくしを守ってくれているように、わたくしだってトミーを守るわ」
「……ふふ。そうですね、ありがとうございます。それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「わたくしに出来ることなら」
「いつか生みの親に会う時、隣にいてください」
「もちろんよ。言われなくても、同席する気だったもの」
「それは頼もしいです」
「きっとお兄様も意地でもついてくるわ」
そういうと、ついにトミーは吹き出した。
「そうですね。絶対ついてきます」
「ええ」
「ありがとうございます。……さあ、そろそろ姉上は殿下に手紙を書いたらいかがですか?」
「あ、そうね。忘れていたわ。お母様のお話で」
「まあ、驚きましたしね」
「それじゃあ書いてくるわ」
「はい」
手を離して、わたくしは自分の部屋に向かった。
トミーはもう少しこのまま課題をするといい、手を振ってくれる。
手を振り替えして、書庫を後にした。




